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いよいよ当日。
隊長さんに連れられて行った先で、私は目を疑った。
そこは、厩舎。
目の前に居るのは、黒毛と栗毛の馬2頭。
黒毛の馬は隊長さんの顔を見ると、準備万端とばかりにいなないた。
何を隠そう、私は馬には乗れません…
茫然自失な私を見兼ねたのか、隊長さんが笑いながら教えてくれた。
「そんなに心配そうな顔をするな。元から1人で乗れるなんで思ってない。同乗するから安心しろ。」
そんな事を言われても、はいそーですかなんて頷けない。
「む、無理です。隊長さん!私、歩いて行きます。」
だって、想像してみて。
狭い鞍の上で前に乗ったら、これでもかってくらい密着。
後ろに乗っても、これでもかってくらい密着。
今までにないくらい密着するんだよ。男性免疫0の私にはハードルが高すぎる。
まあ以前、隊長さんの腕の中で大泣きしたのは誰だって言われたら、わたしですって答えるしかないんだけど…それでも、あの時はまともな精神状態じゃなかったんだよ。
「そんなに怖がらなくても大丈夫だ。あいつは俺の言うことは必ず聞く。暴れるような事はない。」
ー落ちないように支えるから大丈夫だ。
隊長さん、すっかり勘違いをされているようです。私は馬が怖い訳ではなく、なくてですね。密着が心臓に悪いと…
なんて、顔を赤くしておたおたしていたら、厩舎番の人が2頭を連れて来てしまった。
「ほら、来たぞ。だいたい歩いて行ったら何時間かかると思ってるんだ?往復で1日が終わる。」
隊長さんは馬を引き取りに行ってしまった。
二人の会話が聞こえてくる。
「隊長。ご指示通り、ハヤテには2人用の鞍、カゲロウには荷を積めるようにしておきました。」
厩舎番の人には事前に連絡済だったようです。
「ああ、ご苦労だった。下がっていいぞ。」
隊長さんは、厩舎番の人から手綱を受け取ると、2頭を私の前に連れてくる。
初めて間近で見たけれど、大きい。
「聞こえていたとは思うが、黒毛が疾風で、栗毛が陽炎だ。2頭共良い馬だから安心していい。」
手近に居た、鞍の付いた馬、黒毛の疾風を見る。
その視線に気が付いたのか、疾風が顔を下げた。これで、目線が私と同じになる。
そして、気がついた。
「隊長さんと同じ瞳だね。」
初めてなのに、全然怖くない。
手を伸ばすと鼻を触らせてくれた。
…にんじん持ってくればよかった。
「今日は宜しくね。疾風。」
私の言葉に、ぶるるっと答えてくれる。
栗毛の陽炎にも同じ様に挨拶すると、陽炎は、ヒンッとないただけで、触れさせてはくれなかった。
あれあれ?馬にも個性があるんだね。
「挨拶が済んだ所で、行くぞ。早く行けばその分ゆっくり出来る。」
隊長さんは、ひらりと疾風に跨った。
それだけで、とっても素敵です。
「ほら、惚けてないで、手を出せ。」
口があいてました…恥ずかしい…
隊長さんの手を掴み、あぶみに右足をかける。あれ?足をかけるのも一苦労なんだけど?
やっと足をかけた所で、頭上の笑い声に気が付いた。
「?」
「それじゃあ、俺に抱きつく事になるぞ。まあ、もともと横抱きにするつもりだったから、あまり関係ないが…」
後半は私の耳には入ってません。
なぜなら、シミュレーション中だから。
右足かけるでしょ、えいって左足で地面を蹴って乗り上げるでしょ、左足は馬の首の上を通って逆側へ。そして、目の前には………隊長さんじゃない!
「気付いていたなら、先に教えてくださいっ。恥ずかしい。」
半泣きで隊長さんを睨み付けてしまいました。
「まあ、そんな顔で睨むな。ますますイジメたくなる。」
今日の隊長さんは、よく笑います。
それすらも恨めしいです。
「ほら、そのままでいいから。体を持ち上げてみろ。抱え上げてやる。」
膨れながらも、隊長さんの言葉に『せーの』と掛け声をかけてから、左足で地面を蹴った。
腰を抱きかかえられたと思ったら、私の体はすんなり馬上へ。 すとんと隊長さんの前に落ち着いた。
「すごい。乗れた。」
感動に、思わず声がもれる。
私の体重なんか、片手でも、ものともしない。やっぱり鍛えてるんだなぁって感心してしまう。
「慣れるまでは走らせないから安心しろ。鞍の前を持つといい。」
鞍を見ると、持てるように少し出っ張っている部分があった。
落ちない様に、しっかり持たないとね。
「俺が常に支えているから、そんなに強く持たなくても大丈夫だ。」
やんわりと手を緩められる。
隊長さんの前に横抱きに座る私の腰には、隊長さんの左腕がしっかり絡みついていて、既に私の心臓が壊れそうな程、早鐘を打っている。
「左手で、陽炎の手綱を持ってくれ。基本は何もしなくても付いては来るが、念のためにな。」
陽炎の手綱を受け取る。陽炎と目が合った。…とても不満そうです。
「よし、行くぞ。疾風、陽炎。」
隊長さんが、疾風のお腹を軽く蹴るとゆったり歩き始めた。
私が手綱を引かなくても、陽炎も大人しく隣を歩いている。お利口だなって見ていたら、またヒンッて言われてしまった。
「大丈夫か?」
苦笑いしていると、真上から声が降ってきた。やっと収まりかけていた心臓がドキンと跳ねる。
「はい。大丈夫です。陽炎は不満そうですけど…」
隣を歩く陽炎は、ツンと鼻を上に向けて澄まし顔で歩いている。
あんたなんかが私の手綱を持つなんて…って言われているみたい。
「陽炎は少し気難しいところがあるからな。でも、主人と認めれば尽くしてくれる。」
隊長の言葉を聞いてか、今度は陽炎がぶるるといなないた。
陽炎はとっても隊長さんの事が好きなんだね。
暫くすると、私にも景色を楽しむ余裕が出てきた。来る時は馬車の中だったし、馬上から見る景色はそれだけで違う。
「そろそろ慣れたな。走らせるぞ。喋ると舌を噛むから、怖くなったら腕を叩いて知らせてくれ。」
腰に回っている腕の力が少し強められる。
「わかりました。」
私も、鞍を持つ手に力を込めた。
それを見て、隊長さんは疾風を駆けさせる。
世界が変わった。
流れる景色、頬を撫でる風、すべてが初めての経験。
力強く駆ける疾風の振動と、私の鼓動が同調する。
何処までも走って行きたい。
いつしか、そう考える様になっていた。




