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【本編】振り向けばいつだって怪物がいた

 僕の人生は、背後にいる怪物にずっと憑かれて続けていた。

 始まりが何時の事だったかは憶えていない。

 ただ確実に言えることは、物心がついた頃には、ソイツは既に僕の後ろにいた。

 振り向けばいつだって怪物がいた。

 体長は1.6メートル。

 消し炭の様に光沢の無い真っ黒な塊という表現がしっくりくる見た目。

 目は三箇所。複眼で、一つの目玉の中には数えきれない数の眼球が詰まっている。

 顎は無く、円筒状に広がる口の内部には、どんなのでも突っ込めばミンチにされそうな鋭く尖った無数の乱杭歯。

 手も無く、足も無い。でも代わりに、体の一部を隆起させて自由に動かせ、それが手足の役目を果たしている。

 話せば話すほど不気味さが目立つ怪物だが、見た目に反して危害を加えてくることはななかった。

 こんな化物が僕の背後にいると世間には騒がれそうなものだけど、幸いなことに僕以外の目に映ることはないようだ。

 僕自身が、怪物を脅える素振りは隠し、後は黙っていれば、何の問題も起きなかった。


  *  *  *  *  *  *


 そうやって人知れぬ秘密を抱えて人生を過ごし、僕がそれなりに大人と呼ばれる年齢になったある日の事。僕は運命の出会いをした。

 その日、近所のコンビニへと足を運んでいると、一人の女性とすれ違う。

 一度目は目を疑って瞬きした。

 二度目は信じられなくて目をこすった。

 そして三度目には、その女性へ声をかけるべく身体が勝手に動いていた。

 その女性には僕と同じく、背後に怪物が憑いていた。

 彼女となら僕の抱えている秘密を共有できる。そう思えたから、繋がりが欲しくてそうした。


「「もしかして、僕(私)と同じなんですか?」」


 彼女も僕と思考は同様だったようで、僕と彼女はお互いがお互いで同じ言葉を掛け、同じくその後がうまく出て来ず、逡巡した。

 とりあえず、僕は目的だったコンビニへ向かう事を提案してみると、彼女も同じくコンビニへと向かう途中だったらしく、この提案を快諾してくれた。

 二人でコンビニに入り、二人分の缶ジュースを買って、コンビニ隅に設けられた飲食コーナーに二人で座る。

 最初は自己紹介の簡単な話から、好きな言葉、好きな食べ物、趣味、友人のこと。

 僕と彼女の好みは驚くことにことごとくが一致。話に挙げた友人も気が合いそうな人ばかりで話は盛り上がった。

 ある程度話したところで、二人で自分の知っている怪物の情報を交換。

 だけど、知っていることばかり新しいことは分からなかった。

 僕と彼女はまた会う約束をして連絡先を交換し、その日は別れることになった。

 その日の晩、僕は考え事をしていた。内容は今日出会った彼女のこと。

 初対面ながら意気投合して、会話につい熱が入った。

 異性の人と話していて、こんなにも楽しい時間を過ごしたのは初めてだ。

 この年になって恥ずかしいことだけど、未だ本気の恋というものをしたことがない。人を好きになる感覚がどうにも分からないの。

 昔はよく級友から、「お前は枯れている」なんて、からかわれていた。

 彼女の事を思い浮かべると、見るだけでもいいから早く会いたいと心が急かす。

 もしかしたら、今日彼女に湧いたこの感情が恋というものなのかも知れないと思った。

 翌日、前日に約束したとおり僕たちは自分の時間を使って会いに行く。

 話の内容は昨日とそんなに変わりはない。でも、不思議と楽しかった。

 次の日も僕らは会って、その次の日も、そのまた次の日も。

 会う度に怪物の話題は減っていき、それよりもっと相手の事が知りたいとお互いの事を話すようになっていた。

 何時の間にか、お互いの会う理由が怪物のことではなくなっていた。

 そして僕と彼女は距離を縮めていき、どちらともなくお互いを好きになり、恋人になり、やがて結婚して夫婦になった。

 僕らが結婚してしばらく経つと怪物は姿を消していた。

 今は彼女――妻との間に子供も生まれ、順風満帆の生活を送っている。

 後ろを見ても怪物はもう居ない。

 僕にも、彼女の背後にも。

 結局、あの怪物が何だったのかは分からず仕舞いだ。もう知りようもない。

 それでも正体を、勝手な推測だけで決めてもいいのだとしたら。

 あの怪物がいたから、僕らは知り合えた、知り合おうとした。

 もしかしたらあの不気味だった怪物は、見た目は悪いが僕らの恋のキューピッドだったのかもしれないなんて思っている。


  *  *  *  *  *


「あら、これってなんなのかしら? ゴミでも引っ付いたのかしらね」

 眠っているまだ生後間もない我が子を抱く妻は、子供の首につく黒いものを指さして言った。

 その黒いものとは小指の先と同じくらいの大きさがあった。

 この子と一緒にお風呂に入った昨日は、こんなもの見当たらなかった。ゴミでも付いたのだろうか。

 僕が黒いものを取り除こうと子供に指を伸ばすと、その黒いものほんの微かだが動いた。

「これ、ゴミじゃない!」

 僕と妻は驚いた。そして、今度は触れようとはせずに注意深く観察する。

 拡大鏡を持ってきて夫婦そろって顔を寄せながら、赤ん坊の首についた黒いものを見つめる。

「これは……!?」

 黒いものの正体に気づいて見ていると、何故か愛おしさが込み上げる。

 あの怪物がそこにはいた。

 あなたは一回目? それとも二回目?

 皆さんの目に、この話はどう映ったでしょうか。


 一回目の方は次話にあるネタバレ「ほんとはこわいぞ、うらせってー」を読んでいただいたら、また違った視点でお楽しみいただけると思います。

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