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十六

 突然照明が落ち、地下訓練場は真っ暗になった。

「あっ」

「停電かな?」

 まもなくオレンジ色の非常用照明がつき、機器のいくつかも復旧した。

「ああ良かった」

「何だろうね」

「朝まで真っ暗だったら洒落にならないですね。伊藤さんたちにバレちゃうところだった」

「いや、伊藤さんにバレるならまだいいよ。愛ちゃんに知られたら……あ?」

 休憩室にある監視カメラのモニターに、何か動いているものが映ったのを森が目ざとく見つけたのである。三人はモニターを覗き込んだ。

 地下訓練場の外の駐車場に、特殊部隊のスーツを着た隊員が大勢いて、入り口のドアをこじ開けようとしているところだった。

「こ、これは……」

 森が絶句した。

「空き巣ですかねえ」

「そんなわけないだろ中村くん。明らかに侵入者だ」

「な、何者ですかね……テロリスト?」

「わからないが、ここに武装して侵入しようとする以上、ドールの奪取か……破壊だろう」

 森が言うのを聞いて、丸子は青ざめた。その傍らで和彦が、

「まあ、ドールの本当の性能を知って、悔しくて破壊したくなる国は幾つかあるでしょうねえ」と、のほほんと言った。

「となると、外国の工作員か……ああっ!」

 森の目は侵入者の連れている子牛のようなロボットを捉えたのである。

「ブラックドッグだ。ロシアの四足歩行ロボット……!」

「てことは、ロシア軍か……おそロシア」

「中村くん、余裕だね」

 そういう丸子の歯はがちがち音を立てている。


「奴らがドアを破って、この広間に入ってくるのも時間の問題だ……かと言って、出口は連中のいるドアしかない」

「俺たち、袋のネズミかあ……」

「と、とりあえず、この休憩室の窓を塞ごう。バリケードだ」

「僕は武器も集めてきます!」と丸子が言った。

「俺も何か、武器になりそうなものを探してこようかな」と和彦が言った。

 そうして集めたのはアサルトライフル五丁と、緊急脱出用の鉄のハンマー、後は競技用の槍投げの槍、砲丸だけだった。

「後は夜食を作るときのフライパン」

 和彦が言うのを聞いて、森はがっくり肩を落とした。

「銃は五丁ある。だが肝心の実弾があまりない。グレネードにいたっては一発しかない……これでどうしろと……」

「ドアがこじ開けられそうだ!」

 丸子が叫んだ。

「とりあえず、この休憩室の照明を消せ!」

 森が言った。


 ドアが破られ、工作員達が静かに広間に入ってきた。

 ドアから和彦らのいる休憩室まで広間を挟んで百メートルほどの距離があった。

「れ、れ、連中は、まだ俺たちに気付いていない。ある程度引きつけたら、俺が合図を出す。そ、そうしたらドールに撃たせるんだ」

 そう言った森もライフルを手にしている。

 工作員たちはゆっくりと近づいてきた。

 森が小声で「今だ」と言った。

「みんな、撃て」

 和彦の命令で、四体のドールがバリケードやドアの隙間から一斉にライフルを撃った。何人かの工作員が倒れ、他の者はコンクリートの柱に身を隠した。森は安全装置を外すのを忘れていたので撃てなかった。


 工作員たちも柱の陰から反撃してきた。弾丸の雨あられが襲ってきた。窓ガラスが割れた。発砲音と壁に着弾する音が立て続けにした。

 ハナエはバリケードの隙間から工作員を丁寧に狙って撃ち倒していったが、じきに弾を撃ちつくした。

 すると、工作員の間から、子牛のようなロボット……ブラックドッグが、のしのしと歩いて休憩室に向かってきた。

「や、やばい、被弾覚悟で突っ込んでくる」と森が言った。

「僕らがドールでよく使う手か……」

 森がたった一発のグレネードを使うよう指示した。

「よく引きつけて……絶対に外すな!」

 子牛の頭部に該当する部分には重機関銃の砲身が伸びている。その砲身が火を噴いた。ドドドという重い発砲音がし、着弾しコンクリートの壁がえぐられる音がした。和彦ら全員が思わず身を伏せ、ドールも壁の影に身を隠した。銃撃が一旦止んだところでノゾミがグレネードランチャーで子牛を撃った。弾が命中し、子牛は横倒れになって動かなくなった。

「よし!」

 森は額の汗を拭った。工作員たちはグレネードを警戒し、もう一機の子牛を前に出すのをやめ、コンクリートの柱の陰から射撃させた。

「実際には、もう弾切れなんだけどね」と和彦が言った。

 ヒカルも実弾が尽きて、いま撃っているのはゴム弾だった。サキコにいたっては空砲である。

「このままじゃヤバい」

 森がうめいた。

「ああ、こんなことならパソコンのハードディスクの中のエロ画像を消去しておくべきだったなあ」

「ははは、丸子さん、余裕じゃないですか」

「中村くんといると、死ぬような気がしないんだよ」

 そんなやりとりをしながら、先ほどから和彦は、この地下訓練場の構造を思い返していた。


 バリケードも穴だらけになり、敵の弾丸が部屋に飛び込んでくる。

「せめて連中が人間だけなら……乱戦にしてしまえば、こっちのものなんだが」

「どういうことですか?」

 森のつぶやくのを聞いて和彦が問うた。

「敵とドールが入り混じってしまえば、敵は銃を使えない。敵が自分の味方を撃ってしまうかもしれないからだ。そうすれば多少の被弾なら構わないドールはその中で銃を乱射して敵を倒せる」

「ナイフもドールには通用しないでしょうしね」

 森と丸子が言うのを聞いて、和彦は、

「なるほど、分かりました」と言うと、床に倒れたホワイトボードに、地下訓練場の図を描きはじめた。


「この休憩室の奥の通路は二つに分かれていて、一方はぐるっと回って、今、連中がいる辺りの左斜め後ろに出ますよね。で、もう一方は右斜め後ろに出ます」

「うん」

「そこで……おい、ハナエ、ノゾミ、ヒカル、サキコ。ちょっと説明するから、ホワイトボードを見て」

 そう言うと、和彦は森と丸子とドールたちに、自らの作戦を話し始めた。



「国立競技場付近で銃声が聞こえてるそうです」

 部下からの報告を受け、トランク職員高橋が女に地下訓練場の場所を話してしまったことと、謎の盗難トラックが東京に向かって走っていたことが、初めて馬絹の頭の中で結びついた。

「いかん! 軍の出動を要請しろ!」

 部下に指示すると、馬絹自身も国立競技場へ向かった。



 和彦が扉をそっと開けると、十メートル程先で休憩室に向かって射撃している工作員たちの姿を横から見ることができた。彼らは彼らの左手のドアから和彦たちが覗いてることに気付いていない。

「よし、ヒカル。やれ!」和彦は小声で命じた。

 ドアを開けると、メイド服姿のヒカルは槍投げの槍を工作員に向かって次々に投げた。一人の工作員の足に突き刺さり、工作員は悲鳴をあげて崩れ落ちた。

 工作員たちの間に動揺が走った。ヒカルは立て続けに槍を投げた。敵の混乱の最中へフライパンを手にした制服姿のノゾミが突っ込んでいった。一人の工作員が自動小銃を撃ったが、ノゾミは放たれた銃弾をフライパンで受けると、工作員の顔面をそのフライパンで殴りつけた。ヒカルは槍も砲丸も投げつくすと、ノゾミのもとへ走り、倒れている工作員の銃を拾って乱射した。

 工作員たちは大混乱に陥った。一人の工作員が子牛に何か命じると、子牛は方向転換しノゾミとヒカルを撃とうとしたが、敵味方入り乱れていて、工作員も子牛に「撃て」の命令を下せなかった。

 その躊躇した一瞬の間に、工作員の右手のドアが開き、ハンマーを持ったサッカーのユニフォーム姿のハナエが駆け出してきた。ハナエはハンマーを大きく振りかぶりながら子牛に駆け寄ると、砲身めがけてハンマーを振り下ろした。ガンという音とともに子牛の重機関銃の砲身が曲がり、真下を向いてしまった。これでは撃っても地面に穴を掘るだけである。

 ハナエはそのままハンマーで工作員に襲い掛かった。制服姿のノゾミも今は敵から奪った銃で戦っている。ハナエの出て行った右のドアから様子を見ていた丸子は、様々な衣装で戦うドールの織り成す非現実暦な光景に見とれていた。

 数人の工作員が目的を果すのを最優先とばかり、乱戦の場から抜け出して休憩室へ殺到した。サキコと森はそれをライフルで撃った。

 撃って撃って撃って……

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