十三
目覚めた谷口はベッドの中で伸びをした。太陽は既に高く上っているらしい。何時だろうと思って横を向くと、隣に和彦が眠っている。
「!」
和彦に驚いたのと、自分が何も着ていないのに驚いたのが全く同時だった。谷口は酷く狼狽した。覚えていないが、この状況は、そういうことがあったに間違いなかった。
そうしているうちに和彦も目を覚ました。
「あれ……誰? 谷口さん?」
谷口が眼鏡をかけていなかったので、一瞬誰だか分からなかったようだった。
「わ、見ないで! あっち向いてて!」
「な、なんで谷口さんが俺の隣に寝てるんです」
谷口はまず眼鏡を探し、ついで着ていたものを探した。
「わ、私も全然覚えてなくて……ああ、もう何やってんだろう!」
谷口は不思議と自分の婚約者にではなく、マユミに申し訳ないと思った。
「とにかく、このことは……わ、見ちゃだめって言ってるでしょ! なんで凝視してるの! とにかく……寺田さんには言ってはいけません……分かった?」
「え……はい」
「中村さんも着替えて……早く出て行って」
和彦は部屋を見渡して、
「谷口さん……ここ、俺の家です」と言った。
「え!? あ、ほんとだ、うちじゃない……」
週が明けて月曜日、地下訓練場に谷口は来ず、中澤が来た。
「急な話で申し訳ないが、谷口は辞めることになりました。もう、ここへは来ません」
「な、なんだってー!?」
森と丸子が驚きおののいた。
「もともと辞めるという話だったのが、婚約者の異動の都合で予定より早くなってしまいました。皆さんには挨拶できずに申し訳ないとのことです」
あのことが影響してるのは間違いないと、和彦は沈痛な気持ちになった。
和彦は谷口に対して策略を用いたわけではない。何の下心もなかった。全く、たまたまこうなってしまったのである。しかし和彦は罪悪感に苛まれた。
傍目には森と丸子と同じように、和彦まで落ち込んでいるように見えるので、マユミは「なによ中村くんまで」と思った。
「明日、代わりの者を連れて参ります」と中澤は言った。
森と丸子と和彦は居酒屋に来ている。去っていった谷口を思って、しみじみと飲んでいるのである。
「ああ、つらいなあ……」と森が言った。
「仕事にくる楽しみの三十パーセントくらいは失った気分ですよ」と丸子。
「俺は四十パーセントくらいはあったぞ」
「張り合ってどうするんですか。はぁ……」
和彦は谷口と関係を持ってしまったなどとは、口が裂けても言えなかった。二人に対して申し訳ないと思った。
そしてマユミにも。和彦はマユミに対して罪悪感を感じる意味について考えた。
次の日。
マユミが地下訓練場に来ると、三人の男が黙ったまま、うつむいてソファに座っていた。彼らの背から、黒いモヤのようなものがどんより漂っているのがマユミには見えた気がした。
「おはよう……」
三人の顔は土気色になって、表情はなく、まるで埴輪のようだった。
「だ、大丈夫? みなさん」
「はははだいじょうぶだよ……」
とても大丈夫そうではない。
そこへ伊藤と中澤が入ってきた。
「十時に現地集合という約束なのに、毎回毎回しょうがないなあ、あいつは」
「中澤くん、新しい人は遅刻魔なのかい?」
「沖縄人ですからね……あ、きた」
遅れてすみませーんと言って入ってきた女を見て、森と丸子は雷に打たれたようになった。南国の極彩色の大輪の花のような美人がそこにいた。
「我那覇愛と申しますっ。よろしくお願いしまーす!」
「……」
和彦は森と丸子を見た。二人とも金縛りにあったように動けずにいた。
ある漫画家の言葉を借りれば「人が恋に落ちる瞬間を初めて見てしまった」のであり、またある音楽家の詩を借りれば「恋に落ちる音がした」のだった。
「よ、よろしく……」
二人は喘ぐようにして、やっとのことで言葉を搾り出した。その様子をみて、我那覇はニコニコと笑顔を振りまいていた。
完全に呆けきった二人を見てマユミは「男ってしょうがないなあ」と思った。
和彦の方を見れば、相変わらず複雑な顔をしている。まあ、二人のように鼻が伸びていないだけでも良しとするかとマユミは思った。




