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十一

 夕方、男たちは投降した。連行されていく男たちが意気揚々としているのを見て、和彦らは複雑な気分だった。

「ああ、片付いた。早く帰ろう」

 丸子が言った。

「中井戸には温泉はないのか? 今から帰っても深夜になりそうだから泊まっていきたいものだ」

「ないですよ森さん。温泉なんて、ないない。早く帰りますよ」

 丸子が皆を急かした。

 そこへ、

「トランクの丸子さんという方はこちらですか?」と、地元の警察官が来た。

 車に乗ろうとしていた丸子は「はい、僕ですけど?」と言った。

「ああ、丸子さん。先ほど強盗被害にあった農協職員で、ぜひお会いしたいという人がおりまして」

 そう言って連れてこられたのは丸子の見知らぬ若い女だった。

「伸兄ちゃん」

 かつての呼び名で呼ばれた瞬間、丸子はその女が誰であるのか分かった。

「あ……マリンちゃん?」

 ガソリンスタンドで会った旧友平山大海の妹、海であった。

「さっきはバタバタしてたから、声をかけれなくて」

 海は山田の押し入った現場にいたのだったが、山田束縛の最中、丸子は海を探すどころではなかったし、そもそもどの女が海だか分からなかっただろう。

「ありがとうございました。伸兄ちゃんが助けにきてくれるなんて……あの、もう帰っちゃうの?」

「え……う、うん」

「お礼もゆっくり言えないなんて……あ、あの、メールアドレス教えてもらってもいい?」



 暮れゆく農村の道を和彦らを乗せた車は東京に向かって走った。

「丸子さん、中井戸には嫌な思い出しかないみたいなことを言ってたけど……」

 和彦が言った。

「案外、いい思い出もあったんじゃないの?」

「うーん、そうだったのかもなあ……」

 丸子は窓の外の、どこまでも広がる田んぼを見ながら言った。



「で、どうだ?」と和彦の叔父が聞いた。

 赤坂にあるレストランである。高級な部類の店で、叔父が和彦にご馳走するときには、大抵ここを使った。

「楽しいですよ」

 トランクで働く日々について問うた叔父に、和彦は単純明快にそう答えた。

「本心なのか? 命の危険に晒されたことがあったそうじゃないか」

 叔父にとっては全てが誤算だったのである。叔父の想定では、和彦は暇な職場で日がな一日デスクに座っていればよかったはずだった。

「叔父さん、何でそれを知ってるんですか」

 トランクの任務の内容は国家機密である。国防省ならともかく、財務官僚である叔父が知っているというのは、和彦には不思議だった。

「伊藤さんから聞いたんですか?」

「伊藤くんだって守秘義務があるだろうから、友達の俺が聞いたってペラペラ喋ったりはしないよ」

「そうなんだ。ふーん」

 和彦は訝しがった。

「叔父さん、財務官僚は表向きの顔で、幕府の隠密みたいな仕事をしてるんじゃないですか?」

「そんなことあるか、マンガじゃあるまいし。財務官僚ってのは、専門外のことであろうと何でも知ってるものなんだよ。二十八式戦車の砲身の長さとか、キャタピラの枚数だって空で言えるよ」

「へー」

 料理が来た。いつ来ても、ここの料理は美味いと和彦は思う。値段は相当高いらしい。

「しかし自重しろよ。危険な任務に自分から飛び込んで行くな。おまえが死んだら、うちの家は誰もいなくなる。早く結婚して子供を作れ」

 この叔父の家には、望んだものの子供ができなかった。

「そんなこと言ったって俺はニートから社会人になったばかりですよ。結婚なんてまだまだ……」

「大昔の人は、半人前のやつを結婚させ家庭を持たせることで責任感を身につけさせて、一人前に仕立てあげたんだ。明治の文学とか読んでると、そんな話がちらほら出てくるよ。一人前になったら結婚するという考え方は普遍的なわけじゃない。それはさておき、ほら、職場にも女の子がいるだろ?」

 マユミのことを言っているのだと思った。そこまで知っているのだろう。そう思った和彦は変化球を投げてみた。

「実は、俺は国防省の谷口さんという人が好きなのです」

 もちろん嘘である。

 すると叔父は言った。

「あの子は駄目だよ。駄目駄目。あの子は……」

 ……叔父の話をすっかり聞いた和彦は驚いた。


 店を出るときに、別のテーブルに座っている知った顔を和彦は見つけた。トランクが麻布十番にあったときに、オフィスにいたオッサンの一人だった。立場上は伊藤の上役であったと思う。そのオッサンが若い女と楽しげに話している。

 和彦は娘かなと思った。いや、浮気かな……それなら見ないふりをした方がいい。トランクでも互いに話したこともなかったので、和彦は声をかけなかった。オッサンも和彦に気付かなかった。

「どうした?」

 叔父が和彦に聞いた。

 和彦は見たままを叔父に話した。

「ふーん」と関心なさそうにしておきながらも、名前や肩書きを和彦に聞いた。


「じゃあな」と別れ際に叔父は言った。

「ごちそうさまでした」

 叔父は手を振りながら去っていったが、立ち止まって振り返ると、

「もう少し俺を頼りにしてくれてもいいんだぞ」と言った。



 谷口は試験に臨むときのような緊張感に襲われていた。

 丸子と森が、谷口とデートした結果、自分たちばかりが無様なことになったので、和彦ともデートすべきであると言い出したのである。

 本当にガキみたいな連中だと谷口は思う。断ってもよかったのだが、どうにも食えなく侮れない和彦を屈服させてみたいという欲求も谷口の中にはあった。迷った結果、彼らの要求に応じた。今日はそのデートの日なのである。


「というわけで、行って来ます」

 和彦は伊藤に言った。

「寺田さんには言うんじゃないぞ」

「どうしてですか」

「どうしてって……いいから言うな」

 鈍感な男だなあと伊藤は呆れた。


 夕方、二人は待ち合わせて合流した。

「では参りましょう、中村さん」

「はい」

 二人とも、どうもぎこちない。


 

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