十
四人は車の窓の外に広がる長閑な中井戸の風景を眺めていた。
ふと、和彦が「あ」と言った。
「なに、中村くん」
「ちょっと気になることが」
和彦だけ全然別のことを考えていたのである。
「さっき、マリンが農協がどうの、月末だから忙しいって、おばさんが言ってましたよね」
「海というのは、大海くんの妹だよ。農協銀行で働いてるのかな」
「なんで山田が農家の独身男の肩を持つのかなって」
「中村くん、全然話が見えないよ」と森が言った。
「うん。山田が農家の独身男の肩を持って一緒に蜂起するのはおかしい。本当は違う目的があるんじゃないかって思ったんですよ」
「違う目的って?」マユミが聞いた。
「今、市役所の立てこもり事件で、警察の目は市役所に向いてるんだよ。警察が総動員されてるから、市内の他の場所は手薄だよね」
「うん」
「農協を始め金融機関は給料日前日なので金がある」
「……」
「山田は、たまに金をくれる小笠原の秘書が捕まって金に困ってる」
そこまで聞いて全員、はたと気がついた。
「金か。山田は市役所で騒ぎを起して警察の目を引き付けておいて、自分は銀行かどこかを襲って金を奪うつもりか」
森が言った。
「でも山田も市役所に一緒に立てこもってるんじゃないの? どうやって抜け出すの? 周りは警察に囲まれてるんだよ?」
「寺田さん、それは俺たちの思い込みだよ」
和彦は言った。
「山田は始めから市役所に立てこもってないんだよ」
丸子は情報端末を取り出し、画面に地図を表示させた。
「渡海に農協や銀行は十件あるけど、中井戸には農協銀行が一件だけ。それも市役所からずいぶん離れたところにあるよ」
「中村くんの仮説が正しければ、ここを襲うに違いない」
そこへ馬絹から電話があった。和彦が出た。
「市役所で動きがありそうなんです。ぼちぼち戻ってきてくれませんか?」
「ああ、ということは、もうすぐなんだ」
「何がですか?」
和彦は自分の仮説を説明した。
「今、十二時五十分でしょ? きっと午後一時ぴったりに、市役所で彼らは大暴れするように言われてるんですよ。それによって警察の注意が市役所一点に釘付けになったとき、山田はおそらく中井戸の農協を襲撃するんです」
「そ、それは困った」
「いいですよ馬絹さん。俺らが行ってみて、山田が強盗してるところに出くわしたら、俺らでとっ捕まえますよ」
決行の時間が近づいていた。市役所の市長室に立てこもっていた津山修三は、山田が来た日のことを思い出していた。
「彼らの願望は僕らの目指す社会とは真逆のはずです」
中井戸の男たちと蜂起して、彼らの前時代的な男尊女卑の要求の数々を訴えるという山田の計画を聞いたとき、津山は戸惑った。
「津山くん、これはあくまで大義のための種火にすぎない。彼らの要求の内容はなんでもいいのさ。私がちょっと席を外している間に派手に騒いでくれさえすれば……」
その「席を外している間」に何をするのか津山が聞いても、
「君たちは計画の全てを知らない方がいい。君のことは誰よりも信用しているが、何かの間違いで、話が漏れてしまっては困るからねえ」と、はぐらかされたのだが、それよりも山田に信用されてると言われたのが嬉しくて、そのとき津山はそれ以上追及しなかった。
後から考えればやはり違和感が残るが、田舎の良家の子息である津山は、狼のような山田には逆らえなかった。
午後一時になった。
「修三さん、おっ始めるじゃ」と青年の一人に言わた津山は「あ、ああ。お願いします」と言った。
市役所に立てこもった男たちは窓から空に向かって銃を乱射した。にわかに現場が騒然としだした。
その十数分後、中井戸の農協の店内に入ってきた男が懐から拳銃を取り出し、天井に向けて一発撃った。天井の蛍光灯が粉々に砕け散った。
「きゃあ」と女性職員が悲鳴をあげた。
「騒がずに金を出せ。これがおもちゃじゃないことは見てわかっただろう」
職員達はおろおろしながら金を集めた。
「このトランクに入るだけ入れ……」
そのとき山田の後ろで自動ドアが開いた。振り返った山田は驚愕した。「子供のようなやつ」がそこにいた。
「おま……」
山田が言い終わらぬうちにドールが地面に転がした閃光弾が強烈な光と轟音を放ち、山田は前後不覚に陥った。
いつの間にか、もう一体のドールが山田の後ろにいた。そいつにライフルの銃座で殴りつけられ、山田をその場にあっけなく伸びてしまった。
山田は目を覚ました。
手足が縛り上げられている。見えないが、農協の職員が「警察のかたですか?」と、山田の近くに立っている男に聞いている。
「まあ、そんなようなものです。本物は後から来ると思うけど」
その男はそう答えてヘラヘラ笑っている。
山田はこの声に聞き覚えがあった。体を捻ってその男を見上げた。
「おはよう山田くん」
「……中村和彦だな?」
「そうだよ。それにしても泥棒とは、落ちぶれたもんだねえ山田くん」
和彦は哀れむような目で山田を見ながら嫌味たっぷりに言った。
「……革命には金がいる」
「山田くんの言う革命なんて、中学生的暴力衝動に取って付けた言い訳だよ」
「なんだと」
そこへ農協の向かいにあるコンビニエンスストアから、丸子が何かを買って持ってきた。
「店員に言ってレンジにかけてもらったよ。どうするのこれ」
と言って和彦に差し出したのは加熱された「おでん」だった。
和彦はそれを受け取ると、
「これから山田くんに対する私、中村和彦による私刑を執り行う」と厳かに告げた。
そして煮えたぎったおでんのカップから、はんぺんを箸でつまみ出すと、
「これは刺された伊藤さんの分……はんぺんだ!」
そう言って、山田の口元へ持っていった。
「や、やめろ」と言った山田の口の中に、もうもうと湯気をあげるはんぺんを、和彦は容赦なく押し込んだ。
「うわああちちちち!」
「そしてこれは寺田さんの分……こんにゃくだ!」
「あちちちちち!」
農協職員も森も丸子も、唖然として和彦の行為を見ていた。一人の職員が「あの……警察の関係の人なんですよね?」と聞いた。
「そしてこれは俺の分……俺の大好物、ちくわぶだ!」
「待て、お前には何もしていな……あちちちちち!」
まもなく馬絹と警察が二台のパトカーでやってきた。
山田は引き渡され、警官に両脇をつかまれてパトカーに引っ張っていかれた。
森から話を聞いた馬絹は山田の赤くただれた唇を見て、
「中村さん……もみ消すのも、いろいろ面倒なんですよ」と苦笑いしながら言った。
連行されていく山田は、ちらっと和彦の方を見た。こんなふざけた男に、二度にわたり計画を見破られたことが未だに信じられなかった。
「中村……おまえ、一体、何者なんだ」
山田は和彦に問うた。
「俺か?」
和彦が答えた。
「俺はニートの法王……ヨハネ・パウロ・ニート三世だ!」
あまりのくだらなさに、誰一人笑いも吹き出しもしなかった。
山田はがっくりと肩を落として「こんな阿房に二度も負けるなんて……」と呟いた。そして隙間風がたてるような「ひぃ」という声を喉から出し、終いには小学生のように泣きじゃくった。
和彦たちは車に戻った。マユミは車には残っていて、窓から一部始終を見ていたのだった。マユミの隣のシートに座りながら和彦は、
「寺田さん、仇は取ったよ」と満足そうに言った。
「まあ、中村くんらしい復讐だったね……」
マユミは顔を引きつらせながら笑い顔を作った。
市役所では男たちが威嚇射撃を繰り返していたが、警察がメガホンで津山修三に向けて山田が捕まったことを告げ、投降するよう呼びかけた。
「みなさん済みません。僕は山田に騙されていたんです」
憔悴しきった様子で津山は言った。
騙されていたというのは正確ではない。津山自身は山田の計画の胡散臭さにうすうす気付いていた。騙したというなら、津山が中井戸の青年を騙したという方が合っている。そう思いながらも山田に騙されたと言い訳をする自分を、津山は激しく嫌悪した。
津山のまわりを蜂起した中井戸の青年たちが囲んでいた。
「修さん、何を言ってるじゃが」
一人の青年が言った。
「わしらがこうして蜂起して、渡海のやつらにわしらの思いを主張できたのは、修さんのおかげだじゃ」
「そうだじゃ。修さんが、こういう機会を作ってくれたおかげだじゃ」
「え?」
津山は戸惑った。
「わしらが男らしいところを見せたから、きっと全国から嫁にきたいという女が、わんさか来るぞ。ははは」
そう言った「青年」はもう五十近いのではなかったか。
津山は泣きたくなった。自分の行動を強く後悔した。そして、この人たちは自分には救えないと思った。
「ちょっとトイレに行ってきます」と言って、津山はフラフラと男たちの元を離れた。そして個室に篭ると懐から拳銃を取り出し「お父さん、ごめんなさい」と言って、銃口をくわえて引き金を引いた。




