七
地下訓練場では、また和彦たちとドールたちがサッカーの練習をしている。今度はご丁寧に全員サッカー日本代表のユニホームを着ている。
「なにやってんの、もう」とマユミが呆れる。
「さすがに2012年モデルのユニホームは手に入らなかったよ」
和彦がボールを蹴りながら言う。
「これってドールの戦闘訓練の向上に関係あるの?」
「うむ、主に反射神経、咄嗟の判断能力の向上……」
「森さん、嘘なんでしょ」
「ははは、嘘だよ」
「ごめん寺田さん、僕ら遊んでるだけだよ」と丸子が言う。
「寺田さんも参加するといいよ。ダイエットになるよ」
また汗だくになっている和彦を見てマユミは、
「馬鹿じゃないの? また風邪ひくよ?」と言って、さっさと休憩室に入っていった。
その日の夜。
和彦と丸子と森は、男三人だけで居酒屋に来ている。
この店で呑みながら、彼らはある計画について話し合い、それを実行する日取りを決定したのだった。
和彦は酒を呑まない。丸子はビールだけを呑む。森はもっぱら日本酒である。
呑んでいる二人がいい塩梅になってきたころ、ふと丸子が真面目な顔で、
「実は告白しなきゃいけないことがあるんだ」と言った。
「何ですか。丸子さんが童貞なのは知ってますよ」
和彦がヘラヘラ笑いながら言う。
「違うんだよ。実は、僕は自宅にイラン人から買った拳銃を隠し持っていたんだ」
「え!?」
和彦と森が驚いた。
「でも、この前の事件で考えさせられて……道で拾いましたって嘘を言って、交番に届けてきた」
「そうか。よく考え直したな」と森が言った。
「あのとき谷口さんが言ったとおりですよ。僕は手元に銃を置いておくことによって、自分が強くなったような気分になっていたんだ。でもなんでそんな気分が必要だったかというと……それは僕が昔、いじめられてたからなんです」
そう言って丸子は自分の過去を話し出した。
丸子は小学四年生から六年生までの二年、父親の仕事の都合で中井戸町という地方の町に住んだ。
「すごい田舎なんだよ。田んぼと畑ばっかりで。美しい田園風景と聞いて想像する風景そのものだと思うよ。とにかく風景は美しいんだ。風景は」
しかし、都会からやってきた丸子にとって、そこに住む人間が最悪だった。
「引越して、すぐ、いじめられるようになったんだよ。なんでだか分かる? その理由は僕が標準語を話すからなんだよ」
それが子供の間だけで行われるのならば、所詮子供の世界のこと、仕方ないと思うかもしれない。
「ところが、同じ理由で、親まで近所の人に避けられるんだよ。いい大人がそんななんだよ」
「そんなの、テレビの向こうの世界だと思ってたなあ……」
和彦はかつてマユミと似たような話をしたのを思い出した。
「それでも僕の母は、なんとか近所の農家の同年代の主婦と仲良くなろうと必死に努力して、やっと四人くらいは付き合ってくれる人ができた」
「うん」
「僕の母がね、ある農家の奥さんの作ったお米と町特産の胡桃を使って作ったアイスクリームを食べて、あまりの美味しさに感激してね……」
丸子の母親は、農家の奥さんたちでこのアイスを作って、ネットで販売したり近くの道の駅で売ってみないかと提案した。
「それからは楽しかったみたい。誰々の家の台所を厨房に決めて、容器を選定して、ラベルをデザインして……そろそろ商品として形になりかけたときに、奥さんたちの家の舅や姑がどかどか乗り込んできて『おまえたちは家の仕事をおろそかにして何をやっている』『嫁が内職だなんて恥ずかしい』なんて言ったあげく、僕の母に向かって『都会者が純朴な田舎の嫁をたぶらかすな』『本当に都会の女は性悪だ』なんて罵ったんだ」
「ひでえ……」
それだけ言って森も和彦も絶句した。
「それでアイス作りは頓挫ですよ。奥さんたちの集まりも解散。母はショックで一週間も寝込んだよ」
「今の日本にそんな話が……」
「僕が子供の頃だから、昔の話だよ。でもあの町はきっと変わってないんだろうな」
「……」
「もっと酷いのは、僕には二歳上の姉がいるんだけどさ。もう五十近いオッサンが七十近い母親を連れて、うちに来るんだよ」
「何しにくるんですか」と和彦が聞いた。
「それが、おまえの娘をうちの嫁にもらってやるっていうんだ。そのとき姉さんは小六とか中一なんだよ?」
「えー!?」
驚いた拍子に和彦はグラスを倒してウーロン茶をこぼし、森は酒が変なところに入ってゲホゲホとむせた。
「まだ結婚できる歳じゃないって父が言っても、うちに慣れさせるために今すぐ来てもらって十六になったら籍をいれればいいって、ババアが言うんですよ」
「狂ってる……」
「そうやって勝手に押しかけてきて、それでいて結納金はいくら出せるかなんて父に聞くんだよ。父も怒っちゃってさ。そんなのがしょっちゅう来るんで、先のアイスの件で参っちゃった母と一緒に、姉を東京に戻したんだ。あのときは僕も東京に帰りたかったよ」
和彦も森も言葉を失った。
山田孝太郎は困窮していた。
ドールの奪取に失敗した数日後、小笠原みどり議員の秘書の鈴木が電車内で女子大生に痴漢を働き、逮捕されたと山田はニュースで知った。
「一体、何をやってるんだ」
山田は呆れたが、ふと自分と連絡を取っていたのを警察に嗅ぎつけられたではないかと思った。繰り返し考えるうち、それは確信にかわった。おそらく痴漢は警察のでっち上げだろう。
鈴木とは持ちつ持たれつの関係で、たまに鈴木から活動資金と称した金を山田は受け取っていた。その鈴木が逮捕されて、山田は金蔓を失った。
手持ちの金も、あと一ヶ月もすれば底を尽きるだろう。
仕方ない、また津山にたかるか……山田は思った。
津山修三は山田の信奉者である。しかし活動には加えていない。そのかわり、たびたびカンパと称して山田は津山から小金を巻き上げていた。
津山は田舎の名士の次男坊で、東京で研修医をしている。一人前の医者になったら故郷に帰るつもりでいる。
津山は貧困や経済格差に強い関心を持ち、これを是正し、弱者に優しい社会を作るべきだと思っていたが、彼自身はその生活弱者から羨まれたり憎まれたりするブルジョア出身だった。津山はそれにコンプレックスを感じていた。山田はそれにつけこんだ。
「君は僕らの活動を支援することによって、その葛藤を浄化できるのだ」
そう言って、たびたび津山から金を巻き上げてきたのである。
もっとも、山田自身も貧しい家の出でも無学な弱者でもない。だいたい、こういう扇動者が虐げられた弱者だったためしはない。小林多喜二だって実際に蟹工船に乗っていたわけではない。
よし、津山のところへ行こうと山田が思ったとき、ふと津山から聞いた彼の故郷の町の話を思い出した。そのとき、バラバラの部品同士が組み合わさって一つの機械になるように、ある筋書きが山田の頭の中に生まれた。
「天啓だ」
山田は薄気味悪い笑みを浮かべて、津山の家へと向かった。




