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 マユミは馬絹に電話をかけた。まもなく喫茶店に馬絹が来た。

「すぐそこの場外馬券売り場にいたもんでね」

 マユミは亜奈瑠の話をした。それを聞いて馬絹の顔がみるみる険しくなった。

「木村さんって言ったね。全部とは言わないが、直近のメールを十から二十、それと暗号の変換プログラムを持ってこれませんか?」

「実は持ってきてるんです」

 亜奈瑠はメモリーカードを鞄から出した。

「全部のメールが入ってます。このメモリーカードを持って、何度交番に駆け込もうと思ったか分かりません」

「すごい。助かります。あなたの勇気で何人もの人間の命が救えます」

 そう言われても亜奈瑠には勝一を裏切ったという罪悪感と、幸せをなくす喪失感は埋め合わせようがなかった。

「彼はどうなるんですか?」

 亜奈瑠は聞いた。

「メールでは、金田勝一に取引現場に行くように書いてありましたか?」

「いえ、彼は仲介してるだけで、自身は行かないようです」

「では取引当日までは泳がすことになる。木村さんは一旦帰って、地方の親戚が危篤で何日か留守にすると偽って家を出てください。今日一日だけポーカーフェイスでお願いします」

「そんな……できるかな」

 亜奈瑠は心配そうに言った。

「そこをなんとかお願いします」

 馬絹は懇願した。

「木村さんは、家を出てどこに行けばいいんですか?」

 マユミが聞いた。

「こちらでホテルを用意しておきます」

 馬絹が答えた。


 馬絹は本庁に戻って緊急会議を招集し、対策を練った。

 

 家に帰った亜奈瑠は、暫く呆然とした後、荷物をまとめはじめた。

 そのうち金田勝一が帰ってきた。

「ナルミ、どうしたんだい?」

 勝一は亜奈瑠をいつもナルミと呼んでいた。

「青森のおばあちゃんが倒れたって電話があって……もうダメかもしれないって」

「なんだって?」

 勝一が隣に座り、亜奈瑠の顔を覗き込むようにした。

「最後だから顔を見せてやれって言われて」

「うん、すぐ行った方がいい」

 勝一は亜奈瑠の手の上に自分の手を重ねて、そう言った。亜奈瑠には勝一の優しさが偽りであるとはどうしても思えなかった。

 勝一は普段、あからさまな、歯の浮くようなことは言わない。しかし不器用でそっけない態度でありながら、亜奈瑠のことを大事に思っている様子は垣間見えた。亜奈瑠にはそれが心地よかった。

「何日か帰れないと思うの。ご飯とか大丈夫?」

「大丈夫だよ。まあ洗濯と掃除がちょっとおろそかになるかもしれないけどね」

「ははは」

 笑いながら亜奈瑠は泣きたくなった。

 ブスでデブで男に縁のなかった自分が、一端の悪女のように男を騙している……亜奈瑠は女は誰しも生まれつき上手に嘘がつけるのではないかと思った。

 そして自分を嫌悪した。


 明けて月曜日、馬絹は地下訓練場にやってきて、亜奈瑠からもたらされた北朝鮮による銃の大量密輸について皆に一通り説明した。

「銃取引の相手は白鳥組というヤクザです。連中は銃を積んだ偽装漁船で福井の那賀竿なかさお漁港に入り、そこでトラックに荷物を移し変えます。その現場を押さえます」

 ヤクザと聞いてマユミは震え上がった。以前の鈴木爆輝亜夢の事件での吹田組の襲撃を思い出した。

「……取引の現場には、当然武装した見張りだとか用心棒みたいなのがいると思われますんで、お嬢ちゃんたちを最前線に置かせてもらって、警察の特殊部隊が後方支援します」

「本当に手伝ってくれるんだろうね?」と伊藤が言った。

「今回はご心配なく」

「やっぱりドールは四体しか使えないんですかねえ、谷口さん」と和彦が聞いた。

 マユミの誘拐事件の際に、新たに四体のドールが和彦の支配下に入っていたが、それ以後国防省はその四体を引き続き和彦に訓練させることはしなかった。プロテクトの解除方法が解明できなかった場合を懸念していたためだ。もっともその場合、和彦は一生国防省に尽くすと約束はしていたはずだった。しかし強力な力を和彦というたった一人の男が独占するのを国防省は恐れた。

「上に掛け合います」と谷口が言った。


 マユミは亜奈瑠のいるホテルの部屋を訪ねた。

「大丈夫? 退屈してない?」

 マユミは土産に持ってきたケーキの箱を開けながら言った。

「うん。外にいる刑事さんに言えば、何でも持ってきてくれるから……でも欲を言えばネットが繋がるパソコンが欲しいかな」

 亜奈瑠には警備がついていた。警察に密告したことが発覚すると、金田に命を狙われる危険があるためである。

 警備担当の刑事は常に亜奈瑠の部屋の外にいて、亜奈瑠が望むものを持ってきてくれた。しかし外部との通信は禁止された。亜奈瑠が心変わりして金田に連絡して金田の逃走を促してしまうことを防ぐためだった。

「寺田さん……」

 ケーキを食べる手をとめ、亜奈瑠が聞いた。

「なに?」

「寺田さんって、何の仕事してるの?」

「え? う、うん……何て言ったらいいのか……やってることは、ただの事務というか」

 国防省と機密保持契約を結んでいるマユミは自分の仕事を言えなかった。

「はは……勝さんにも、寺田さんにも、何の仕事をしてるのか隠されちゃう」

「ごめん。 人に言っちゃいけないって約束なの。馬絹さんみたいな人と知り合いなのから察してほしいんだ」

「うん、私もごめん」



 その日が来た。

 深夜、寝静まった那賀竿漁港に一隻の中型漁船が入ってきた。港にはトラックが二台、黒塗りの外国車が三台停まっており、その周りには十数人の暴力団組員がいた。白鳥組である。

 小さな漁港である。異変に気づいて通報する住人がいても不思議でないが、皆、沈黙を守っていた。白鳥組に買収されていたのである。

 漁船が接岸し、板が渡され、スウェットの上下を着た若い組員の手で積荷が次々とトラックに移された。中には長く大きな木箱もあった。ライフル銃や対戦車ロケット砲であろう。

 この様子を馬絹たち警察は、現場から北に一キロほど離れた小学校の校庭に設営されたテントの中で見ていた。五日前に電気工事を装い、港の数ヶ所に監視カメラを設置していた。そのカメラの映像を見ているのである。

 荷が半分ほど移し終わったところで、馬絹は伊藤に電話した。

「お嬢ちゃんたちをお願いします」

 港から南に一キロ離れたガソリンスタンドに停められたトランクの偽装トラックの中で伊藤が電話を受けた。

「わかりました。中村くん、作戦開始」

「よし、みんな。そこから飛び出せ」


 荷を移しかえている男たちの後方に、電気工事を行った業者が置いていったトラックがあった。業者から、作業が済むまでそのまま停めさせておいてくれと言われていたトラックである。

 その荷室の扉が開き、中から四体のドールが飛び出した。白鳥組の男達は背後で起きた異変にまだ気づいていない。

「そこにいる連中を全員倒せ」

 和彦の命令を受けて、ドールたちがアサルトライフルで殺傷能力の低いゴム弾を乱射した。乾いた射撃音が深夜の港町に鳴り響いた。外国車の脇に立っていた何人かの男がもんどりうって倒れた。

 それを見て、荷を運んでいた男たちは車に戻って銃を取った。作業を監督していたスーツ姿の組員も懐から拳銃を取り出して応戦した。

「何者だ。警察か?」

 車の陰に身を隠した一人の組員が言った。

「警察の特殊部隊みたいですが……なんだあ? 相手は四人くらいしかいませんぜ」

「なんだと? なめやがって。おいてめえら、あいつらをぶっ殺せ!」

 ここで白鳥組の男たちはミスを犯した。彼らは強行突破して逃走べきだったのに、攻撃してきた相手がたったの四人だったので返り討ちにできると判断してしまったのである。

 しかし組員が一人倒れ、また一人倒れ、撃っても撃っても全く怯まない相手を見ているうちに、白鳥組の幹部は判断を誤ったことを悟った。

「おい、ずらかるぞ」と言い終わらぬうち、二台のトラックの前方部、運転席辺りが立て続けに爆発した。グレネードランチャーで撃たれたのである。

「畜生、トラックに積んだ分はあきらめて船に乗り込め。海から逃げるぞ」

 その時海上に白い船が現れた。海上保安庁の船だった。そして切り立った山を背にしているため漁港に入る道が南北一本づつしかない、その両方の道から警察が港に押し寄せた。

 こうなるともう白鳥組の男たちは白旗を揚げざると得なかった。


「今回は随分気持ちよく終わったものだ」

「そうは言いますけどねえ森さん。モニターでみてると、あの子たち、また随分被弾してますよ」と丸子が心配そうに言った。

「結局四体しか出せませんでしたねえ。まあ勝ちましたけど」

「中村さん、一応私も上には掛け合ったのですよ」

 緊張から解き放たれて、皆、口が軽くなった。

「今回は寺田さんの大手柄だったな」と伊藤が言った。

「あたしはただ友達から相談を受けただけで……」

 マユミは困惑した。

「何はともあれ、史上最大級の銃器取引を水際で防げたのはよかった」

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