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 次の日から和彦は訓練場に出てきた。

「いやあ、すみませんでした」

 和彦は皆に頭を下げた。

「中村くんがいないと、訓練できないからさあ。僕らも日がな一日、のんびりしていたよ」と丸子が言った。

「中村くん一人動けないとこの有様だ。中村くん以外の者がドールを使えるようにするための国防省のドールのプログラム解析は進んでいるのかい?」

 伊藤の問いに谷口はいつものように「さあ?」としか答えなかった。

 

 訓練が終わり、休憩室で昼食を取っていると、テレビのニュースが銃の発砲事件を伝えていた。

「ここ数年、銃犯罪が多いな」と森が茶をすすりながら言う。

「拳銃だと、今は買えるところでは一万円くらいで買えちゃうんですよ。ネットでの闇取引なんかもあって、入手が簡単なんです」と丸子が言った。

「えー、こわい」と言うマユミの傍らで、和彦は極左テロリストの山田の手下たちが、皆、銃を持っていたことを思い出していた。

「昔のアメリカみたいに、銃乱射事件や子供が誤って親を射殺したりする事件が日本で起こるのも時間の問題だな」

 伊藤が言った。

「何で銃なんて買うんですかね」

 マユミが誰にとなく聞いた。

「銃を持つことで自分が強くなったような気分に浸れるからじゃないですか。だいたい、銃を持ちたがるのは、その人が弱い人間だからなのでしょう」と谷口が答えた。それを聞いた丸子が複雑な表情を浮かべた。



 マユミは亜奈瑠に呼び出され、新宿のある喫茶店に来た。

 店を指定したのは亜奈瑠だったが、遅れてきたのは彼女のほうだった。

「ごめんなさい。新宿まで出てきたのが久しぶりで。ネットの地図で見るのと実際に歩くのとでは勝手が違うんだね。待ったでしょ?」

「ううん、ぜんぜん大丈夫だよ」

「ホント、ごめんね。誰に相談していいのか分からなくて。2ちゃんねるに書き込んで、嘘だと決め付けられて叩かれるのも、書き込みから私の身元が暴かれちゃうのも怖かったから……」

 それを聞いたマユミは、普通の相談事ではなさそうだと思った。

「ええと、回りくどいかもしれないけど、順番に話すね」

「うん」

「私ね、今、男の人と一緒に暮らしててね」

「ホントに!?」

 驚いてから、マユミは我ながら失礼なことをしたと後悔した。

「ごめん」

「いいの。ふふ、意外だったでしょ? 私もそう思うもん」

 そして、亜奈瑠はその男との出会いを話し始めた。


 アルバイト中の亜奈瑠が本棚の本を整理をしていると「すみません」と声をかけられた。

「はい」と振り向くと、朴訥な中年の男が立っていた。

「これ……後で読んでください」と茶封筒をにゅっと突き出す。

 びっくりした亜奈瑠は、そのまま素直に受け取ってしまった。男は逃げるように去っていった。

 部屋に帰ってから開けてみると中身は便箋に書かれた手紙で、あなたの働く本屋によく通っていて、あなたのこともずっと前から見ていたのだが、好きになってしまった。どうか私と付き合ってほしいという内容だった。

 亜奈瑠は狼狽した。


「だって、人から好きですなんて告白されたことなんて無かったから」と話す亜奈瑠の顔には照れ笑いと寂しさの色が混在していた。

 これが見た目の良い若い男なら即座に性質の悪い悪戯だと思うところだが、あのぱっとしない中年の男なら自分と釣り合いが取れなくもないと亜奈瑠は思った。悩んだあげく承諾しようと思った。


「次の日にまた彼が来て、読んでもらえましたかって聞くんで、私で良かったらと答えたの。それで付き合うことになったんだ」

「へえー」

 そういう他人が幸せになる話は気持ちがいい。しかし、このままだと亜奈瑠の相談事は男女間のもつれとか、そんなありふれたものにしかならないのではないかとマユミは思った。

「何回かデートしたあと、彼が私のアパートに一緒に住むことになったの。でもヒモなんかじゃないんだよ。ちゃんと家賃も食費も折半して払ってくれるの」

「ちゃんとしている人なんだね」

 マユミにはどうも話の先が見えない。

「でも彼は仕事だっていって毎日出かけるんだけど、何の仕事をしているのかは教えてくれないの。家にいるときにパソコンで何かしていることがあるけど、私が近くにいくと隠すんだよ」

 亜奈瑠は話すのに必死でコーヒーに手を付けていない。おそらくもう冷め切っているだろう。

「嫌われて捨てられちゃうんじゃないかと思うと、あんまりしつこく聞けなくて……捨てたくないんだよ今の暮らし。好きな人と一緒に暮らせるなんて思っても見なかったから」


 しかし亜奈瑠の好奇心が勝ってしまった。亜奈瑠は四日で彼……金田勝一のパソコンのログインパスワードを解明した。

「え!? どうやって?」

「いろいろね。彼の好きなものとか……あとキーボードを叩く音とか」

 マユミは舌を巻いた。

「それでメールを見ちゃったんだ」

「何か分かったの?」

「分かったっていうか……開いたら、メールの文章が全部数字なんだよ」

「え!?」

「04 8473 01 95……みたいに」

「なにそれ、こわい」

 マユミはぞっとした。

 しかし、初めてメールを見たときの亜奈瑠は冷静だった。

「暗号だって思ったの。乱数票だなって」

「え?」

「例えば、04は『あ』、56は『い』とか、決まってるんだよ。で、その数字を照らし合わせて文字に変換する表を彼が持ってるのかなと思ったんだけど、もしかしたら変換のアプリケーションがパソコンの中に隠してあるんじゃないかと思って」

 マユミは、一見何の取柄もなさそうな亜奈瑠の、隠れた技能に驚きっぱなしだった。

「三日くらい探したら、怪しいファイルを見つけたの。偽装したアプリケーションファイルだったのね。で、数字が羅列してるあのメールをそのアプリケーションに読ませたら、韓国の文字が出てきたの」

 ハングルである。

 聞いているマユミの全身に鳥肌が立った。

「それを翻訳サイトにかけてみたら、ちゃんと文章になったの」

 ここまで話した亜奈瑠の顔は苦痛に歪んだ。

「なんて書いてあったの?」

「来週、北朝鮮から何百丁も拳銃や武器が、船で運ばれてくるって……」

「ええっ!?」

 マユミはつい声をあげた。しかしこの店には他の客が殆どいなかった。亜奈瑠は事前にそういう不人気店を探していたのである。仮にマユミの驚きの声を聞いたところで、彼女たちが銃の密輸の話をしているとは誰も思うまい。

「本当に……誰に相談したらいいのか……それとも誰にも言わない方がいいのかな」

「いや、そのままにしておいたら良くないよ。その銃で撃たれて死ぬ人がいるんだよ」

「だよね……でも、この話を警察にしたら、彼、逮捕されちゃうよね」

「それは……そうなるよね」

 亜奈瑠は押し黙った。せっかく掴んだ小さな幸せを失いたくないと亜奈瑠が思っているのはマユミにも痛いほど分かる。

 しかし安易に銃が手に入れられるようになれば社会は混乱する。かの国が狙っているのがその混乱なのだというのはマユミにも想像できた。

「あたし、知り合いに警察の人がいるの。その人に聞いてもらおうよ」

「でも……」

「彼は……スパイとか工作員だと思う。こんなこと言いたくないけど、身元がはっきりしてないから家が借りられなくて、かくまってもらう目的で木村さんに近づいたんだと思う」

 みるみるうちに木村亜奈瑠の顔が曇った。それはメールの文面を解読したときから亜奈瑠自身にも想像がついていたが、改めて他人から指摘されるのは辛かった、

「だよね。こんなブスで頭の悪い女なんかを好きになってくれる男の人なんているわけなかったんだ」

 言い切らないうちに亜奈瑠の目からポロポロと涙がこぼれた。それを見てマユミも涙ぐんだ。マユミにもそういう経験がなくもないので亜奈瑠の気持ちは良く分かる。


 亜奈瑠が落ち着くとマユミが言った。

「やっぱり、あたしの知り合いに相談しよ?」

「でも……」

「あたしね、この前、誘拐されたの」

「え!?」

「そのとき、銃を突きつけられて……すごく怖かったよ。やっぱり社会に銃があふれていて、誰でも簡単に手に入れられるっていうのはダメなんだよ」

「……」

「ね?」

 亜奈瑠は小さく頷いた。


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