二
明くる日。
さっさと東京に帰ろうとおもっていたマユミだったが、気が変わって、駅へ行くのとは逆の方へ歩いていた。大学入学以後は自宅と駅の間だけを往復するようになったので、町のこちら側は殆ど足を踏み入れていなかった。それを思い出して、この辺りが変わったのか変わらないのか、見てみようと思ったのである。
しかしマユミにとって興味深いものは何もなかった。かつて畑道だった車一台がかろうじて通れるほどの狭い道が迷路のように入り組み、畑だったところには無理やり新しい家が建っている。区画整理が行われていなく秩序に欠けている。
家と家の間に残る畑には腐った野菜が積み上げられ、秋には熟れた実をそこらに落として汚すのであろう曲がりくねった柿の木が生えている。その枝に大きなカラスが留まって曇った空に向かってカアと鳴いた。
なにやら町全体が呪われているような錯覚をマユミは覚えた。もう帰ろうと思った。
マユミは来た道ではなく、違う道を使って家に向かった。町の中で唯一の二車線道路に出ると、かつてガソリンスタンドがあった場所に新しい本屋が建っていた。マユミは帰りの電車で読む本でも買おうと思い、本屋に入った。
本を物色していると「寺田さん?」と声をかけられた。店のエプロンをかけた太った女の店員が立っている。
「あ、木村さん?」
顔と言うより体型で思い出した。中学校のときに同じグループにいた木村亜奈瑠であった。
「ああ、やっぱり寺田さんだった」
「久しぶりだね。元気?」
「うん。寺田さん、きれいでびっくりした」
「うそ? そんなことないでしょ」
木村とは特に仲が良い友達というわけではなかった。お互い別々の高校に進学してからは疎遠になり、地元の町でも顔を合わすことがなかった。
「木村さん、ここで働いてるの?」
「うん、バイト。寺田さんは?」
「東京で働いてるよ。実家も出ちゃった。今は中野で独り暮らし」
「へえー、いいなあ」
東京から電車でたった一時間と少しの距離のこの町であっても、いっぱしの地方都市のように、生活や文化において東京と隔たりがある。たった一時間と少しであるにもかかわらずである。しかしそれでも、その町に留まる、出て東京に住む、いずれにも決心や覚悟が必要だったり、東京へ出た者に対する残った者の羨望があったりする。
「そうだ。あの……メールアドレス教えてもらってもいい? ちょっと相談したいことがあって。私、友達いないから……」
マユミは亜奈瑠とアドレスを交換した。
帰りの電車で、友達がいないという亜奈瑠の言葉を思い出してマユミは切なくなった。
週が明けて、マユミが出社すると和彦が風邪で休みだという。
「ドールとサッカーやって、汗をかいたままでしたからね。自業自得ですよ」
マユミは手厳しい。
「その間に出動要請があったら、どうするんですか」
「ははは。寺田さん、厳しいなあ」と丸子が笑う。
「その時は中村くんの自宅から、電話でドールに指示を出させるんだな」と森が言ったので皆笑った。
次の日も、和彦から休むという連絡があった。
さらに次の日にも和彦は姿を見なかった。連絡すらなかった。
「寺田さん、悪いけど様子を見てきてくれないか?」
マユミは伊藤に言われた。
「あたしがですか? 行ったら中村くんが孤独死してた……なんていうのは困ります」
「あいつは死なないでしょ。何も食ってなさそうだったら、何か食わせてやってよ」




