一
今更ですが縦書きの方が読みやすいかも……
マユミが伊藤から言いつかった用事を済ませて地下の訓練施設に戻ってくると、和彦と丸子と森、そして体操着姿の四体の戦闘用少女型ロボット『ドール』が、輪になってサッカーボールを蹴りあっていた。
「ちょっと何やってるんですか」
マユミは呆れた。
「見ればわかるでしょ。サッカーを教えてるんだよ」と和彦が言った。元ニートである。
「いやあ、僕はスポーツ全般ダメなんだ。さっきから、もう足がだるくて」と言ったのはドールの整備主任技師の丸子である。
「俺は空手や柔道はやっていたが、球技はさっぱりで……」
筋骨隆々で格闘家のようなような森が言った。陸軍の軍事教官である。
「もう昼休みも終わりますよ。谷口さんたちも帰ってきますよ」とマユミが言うと、
「じゃあ、終りにしよう。いやあ、いい汗をかいた」と和彦がすっきりした顔で言った。
「これでわかったのは、やはりドールには戦闘の技能が始めから仕込んであったこと。つまり訓練で覚えたんじゃなく、思い出してるにすぎないんですよ。準備運動して体がほぐれるみたいに」
「教えた以上のことをドールは実行できる。訓練は思い出すためのきっかけになっているにすぎないことは俺も同意だ」
一体何事かとマユミは思った。休憩室に戻ってきた男たちが突然、会議のようにドールについての意見を交換し始めたからだ。
「でも、仕込んである戦闘技能以外のことも覚える余地はあるんだということは、サッカーをやらせてみてわかりました。ただ、そのためには、ちゃんと技術、技能を持った人に教わる必要があるように思えます」
「だから、サッカーがヘタクソな俺らが教えても、ドールはそれ以上にはうまくならないんだ。うーん、なるほど」
この男たちは遊んでいるようで、ドールの能力を探っていたのだった。
車を改造して、どれだけ速く走れるようになるのか突き詰めるのに夢中になるように、彼らはドールの能力を突き詰めることに夢中になっているのである。その有様は、小学生が携帯ゲーム機を持ち寄ってたむろし、こんなアイテムを見つけたとか、こんな攻略法を見つけたとか、このモンスターにはこんな能力があったと報告しあっているみたいにマユミには見えた。
男っていうのはしょうがないなあとマユミは思う。
室内が若干寒かった。先ほどのサッカーで汗をかいたままでいる和彦をマユミは注意した。
「中村くん、汗かいてるけど着替えないの? 風邪ひくよ」
「大丈夫、大丈夫」
「臭くなるってば。汚いなあ」
「俺の汗はシャネルのNo5でできてるんだよ寺田さん。嗅いでみる?」
「うわ、最悪」
木村亜奈瑠は悩んでいた。「あなる」という常人には信じがたい自分の名前についてではない。それはもう昔に散々悩みぬいた。彼女は、出かけている金田勝一が部屋に置いていったノート型のパソコンを開いてみるかどうか悩んでいるのである。
勝一は亜奈瑠の借りている1DKのアパートに同居している男である。しかし所謂ヒモではない。どこで何をしているのか亜奈瑠にはよくわからなかったが、毎日仕事に出かけ、月末には家賃や食費の折半分をきっちり亜奈瑠に支払っている。
勝一は部屋にいるときに、ときたまノートパソコンで何かをしていたが、亜奈瑠が近づくと今までしていた作業を別の画面にさりげなく切り替えたり、閉じたりして隠した。亜奈瑠は勝一がアダルト映像や画像を見ているのではないかと疑った。
しかしそれを咎めるつもりはなかった。亜奈瑠はとても美しいとはいえない……いや、はっきり言ってしまえば醜い部類の顔の持ち主で、樽のような体型の女だったが、勝一は優しくしてくれるし、たまには抱いてもくれる。だから、こんな自分に満足できずにアダルトビデオを見たところで、亜奈瑠は勝一を責めるような権利を持ち合わせていないと思っているのである。
しかし、それでも気になるのは、この女の性だった。勝一がパソコンで何をしているのかという興味もあるにはあったが、それよりも彼のパスワードを解明したいという欲求の方が強かったのである。
亜奈瑠は子供の頃からパズルや謎解きが好きな女の子だったが、高校を卒業する頃には、インターネット上に違法にアップロードされたアプリケーションソフトウエアやアダルト動画をダウンロードするのに夢中になった。
こういうものは二重三重にパスワードがかけられている。アップロードした者はインターネット掲示板等に、そのパスワードを解くためのヒントを提示する。他の者は、そのヒントをもとにパスワードを解明し、ファイルをダウンロードするのである。
亜奈瑠はこのパスワード解きが好きなのであって、ファイルの中身には興味がなかった。ダウンロードできて、圧縮されたファイルが解凍できたら、掲示板に「中身は何々だったよ」と書き込み、アップロードした者からの「すごいな、よく解けたな」という賞賛を得て満足するのである。なのでファイルの中身は、その都度捨てていた。
この日、亜奈瑠は我慢できずに勝一のパソコンの電源を入れた。
今は昼である。勝一は夜まで帰ってこない。
ログイン画面が表示された。勝一のユーザー名は既に入っていて、パスワードの入力を待っている状態である。亜奈瑠はそれまでにあたりをつけていたパスワードを入れた。勝一を裏切っているような気がして、指が震えた。
マユミは週末を利用して実家に帰ってきた。一泊するつもりである。
久しぶりに降り立った生まれ育った町の駅は小さく貧相に見えた。駅前は町で一番の繁華街だったが、東京を見慣れてしまうと全てがセンスに欠けて貧乏臭く見えた。マユミは自分の町について「こんなところだったっけ?」と訝しく思った。
同じ建物が何棟か並ぶ県営住宅の一室がマユミの実家だった。玄関を開けて「ただいま」と言おうとして、「ただいま」はちょっと違う、「こんにちは」がいいのかな、と戸惑った。
結局ただいまと言うと、母親がそっけなく「おかえり、マミ」と言った。マユミの本名である繭美姫を縮めてマミというのが、母親と父親の使うマユミの通称だった。マユミ自身は、このマミという呼び名が好きではなかった。繭美と美姫、どちらの名前を付けるかで両親は揉めた結果、双方が妥協して「繭美姫」という名前になったわけだが、普段マミと呼ぶのなら、はじめからマミとつければよかったではないか。
母親が、お菓子と一緒に炭酸入りの甘ったるい飲み物を出したので、マユミは「お茶か何かがいいな」と言ったが、あいにく寺田家にはなかった。母親はスナックを摘みながら、マユミが一人暮らしをするために家を出てから後に地元で起こったことを話した。甘木さんの家の娘が万引きで捕まったとか、何樫さんの夫婦が生活保護の不正受給目的で偽装離婚したとか……しかしマユミにとってそれは遠い外国の出来事のような、どうでもいいことに聞こえた。
やがて夜になって父親が帰ってきて夕食になった。
「おまえはどんな仕事をしているんだ?」
食べながら父親が聞いた。
「普通の事務だよ。書類作ったり……」
守秘義務があるので、仕事内容はおろかトランクに勤めていることもマユミは言えなかった。
「ふうん。お父さん、仕事やめておまえに養ってもらおうかな。ははは」
職が定まらず、いつも働くのが嫌だと言っているこの父がいうと冗談に聞こえない。働いている者の先輩として尊敬に値する態度でいてほしいのに……。マユミはげんなりした。
遅くまでテレビを観ている両親に「もう寝るね。おやすみ」と声をかけて、マユミは早々にかつての自分の部屋に下がった。自分の実家であるにもかかわらず、どこか居心地が悪かった。明日は早々に帰ろうと思った。




