零
「暖かいなあ」
目を覚ました和彦はぽつりと言った。
草原に寝転がっているのである。
視界に映るは雲ひとつない一面の青空。
草の臭い。鳥の声。爽やかな風……。
「!!」
和彦はがばっと起き上がった。
自分は交差点で車に轢かれたのではなかったか。
なぜ、こんなところで寝ているのか。
辺りを見渡す。
なだらかな丘の連なる草原であり、まばらに木が生えている。
しかし和彦は自分が何故ここにいるのかということの他、見えている景色そのものに違和感を感じた。
色が違うのである。
湿度のせいなのか、風景の色彩が違って見える。
よく見れば、生えている草、木も見慣れたものと違う。
写真で見た外国の風景のようだった。
「どこだ、ここ」
必死で考えて導き出した答えは、どうやら自分は死んで別世界に転生したらしいということだった。
「こういうことって、あるもんなんだなあ」
胡坐をかいて座り、わき腹をぽりぽりかきながら和彦は独りごちた。
転生したとなると、きっと自分は特別な使命、特別な能力を持って、ここにいるに違いなかった。
他の者より強いとか、魔法が使えるとか。
これは面白そうだと思っていると、向こうから二人連れの男がやってくる。
日本人ではない。白人である。
昔の西洋の服のようなものを着て、あたまにとんがり帽子を被っている。腰には短剣が下がっていた。
「ははん。きっと俺を召還した王様の使いか何かが迎えにきたんだな」
そう思って、和彦は「おおい、こっち、こっち」と声をかけた。それを聞いて二人連れは小走りで和彦のもとにきた。
二人連れは和彦を上から下まで嘗め回すように見る。
「○×△××!?」
一人が話しかけてきたが、何を言ってるのか分からない。
こういうものって、普通は転生したときに言語能力も授かるものではないのか?
和彦も「俺は別の世界から転生したみたいで」云々と説明するが、全く噛み合わない。
そのうち二人はお互い何かの言葉を交わし、突然、和彦を地面に突き倒した。
「うわ、俺は勇者候補だぞ、ひどいなあ」
男たちはニヤニヤ笑いながら短剣を抜いた。一人が和彦の頭を掴んで喉もとに剣をあてた。この男たちは王の使いでもなんでもない。単なる追い剥ぎなのである。
これはまずい。
そう思っても和彦は硬直して動けなかった。
男が短剣を高々と振り上げた。
……そして日本語でこう言った。
「ドールがいなければ、おまえなど、ただの人だ」
そうして和彦の胸に深々と短剣を……
「わっ」
和彦はがばっと跳ね起きた。自分の部屋の自分のベッドの上だった。静寂の中、目覚まし時計の針の音だけが聞こえた。まだ暗い。
「夢かあ」
和彦は安堵した。それにしても酷い夢だった。
しかし男に言われた「ドールがいなければ……」という言葉は、何か天啓のような気がした。
今まで様々な事件を乗り越えてきたが、自分がすごいわけではない。ドールがすごいのだ。
要は謙虚になれってことだろう。うん、ありがたいお告げだ、肝に銘じておこうと思い、再びまどろんだ。
しかし大半の夢がそうであるように、次の日の午後までには、和彦はこのありがたい夢をすっかり忘れてしまった。




