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二十六

 和彦の携帯が鳴った。寝ていた和彦は今が何時なのかわからなかった。

「はい」

「中村くん?」

 馬絹の声である

「伊藤さんが刺されて、寺田さんが誘拐された」

「え?」

 一瞬で目が覚めた。

 馬絹は状況を説明し、何かあったら連絡するから今夜は自宅にいて、朝、早い時間にトランクのオフィスにくるよう言って電話を切った。

 電話を手に和彦は呆然とした。

 しばらくそうした後、和彦は今後のことを考えると朝まで睡眠をとっておくべきだと思ったが、眠れるはずもなく、馬絹の言ったとおり早い時間にトランクのオフィスに来た。


 オフィスには馬絹と谷口、国防省の中澤の他、刑事らしき男たちが何人かいた。

「伊藤さんは現在、病院の集中治療室にいるということです」

 馬絹は皆に報告した。一方でマユミはどうなっているのか分からなかった。

「犯人は何者で何の目的があるんです」

 中澤は馬絹に聞いた。

「まず、トランクを標的にしたのに違いないでしょうな。ということはお嬢ちゃん……ドール絡みでしょう」

「ああ、あれじゃないですか。前に犯人に逃げられた事件がありましたよね」

 和彦が言った。

「東アジア解放同盟の山田孝太郎ですな。実は我々もその線を考えておりまして。アジトを襲われて仲間と武器を失ったことに対する報復なのではないかと」

「だとすると、ドールの存在や、ドールがトランクに所属していることなど、よく嗅ぎつけたものだ」と中澤が言った。


 そのとき電話が鳴った。

 いつもはマユミが取るのだが、そのマユミがいない。他の職員が取ると、しばらくして和彦たちのいる応接スペースの電話の内線呼び出し音が鳴った。

「刺された職員の件で話があると……」

 中澤が私が、と言って受話器を取った。

「もしもし?」

「あんたは誰だ?」

 電話の向こう側の声が言った。

「刺された職員の上司にあたる榎本という」

 中澤は身元を偽った。

 相手が無言になった。中澤は「もしもし?」と言った。

「おい、そっちに榎本なんてやつはいないと、うちのお客さんが言ってるんだけどね」

 中澤は苦い顔をした。相手はマユミに榎本という人物が実在するのか確認したのだ。

「申し訳なかった。私は国防省の中澤という。トランクは国防省の外郭団体だから、刺された伊藤は実質上、私の部下と言ってもいい」

 相手はまた無言になった。マユミに中澤を知っているか確認しているのであろう。しばらくして「交渉の相手はあなたでいいだろう」と言った。

「ちなみに、警察もそこにいるんだろう? 警察の手先になって働いていたあんたらだからな。いないわけがない」

「確かにいる」

「うん。それはどうでもいい。では、またかける」

「あ、ちょっと待て」

 電話が切れた。

 馬絹の携帯がなった。

「電話番号xxx-xxxx-xxxxで、大田区からの発信でした」

 電話会社からであった。逆探知を依頼していたのである。

「その番号って……ああ、寺田さんの携帯だ」と和彦は自分の携帯電話の電話帳を見ながら言った。

「とにかく、基地局を絞り込んでください」と馬絹は電話会社に伝えた。

 中澤は国防省の上司に状況を電話で報告した。


 それから一時間程が過ぎた。

 再び電話がかかってきた。中澤が出た。

「中澤さん、人質解放の条件を言う。我々のアジトを襲ったそちら所有の戦闘用ロボットを、こちらに渡してもらいたい」

「何に使うつもりだ」

「我々は仲間と武器を失ったんでね。その代替だよ。ロボットに革命戦士になってもらう」

 何が革命戦士だ、中学生かこいつらはと中澤は嫌悪で反吐が出そうだった。

 しかし、ドールは基本動作の他は、和彦の命令しか聞かないのである。電話の相手はそれを知らないように思えた。中澤はどうしたものかと考えた。

 そのとき中澤の手から和彦が受話器をひったくった。

「!?」

「寺田さんは!? 寺田さんは無事なんだろうな? ああ、頼むから寺田さんを無事に返してくれ! なんでも言うこと聞くから!」

 わめきちらす和彦の手から中澤は受話器を取り戻すと、

「すまなかった。話の続きを……」と言った。

「検討しておけ。おっと、一体とかケチなことを言うなよ? 二体ともだ」

 電話が切れた。

 中澤は受話器を置くと、和彦に「何を考えている!」と語気を荒めたが、当の和彦は涼しい顔をして座っている。

「いや、中村さんの熱演で、連中は自分たちの方が有利な立場だと思ったでしょうな」と馬絹が言った。

「なに?」

「こういう言い方はどうかと思いますが」と、それまで黙っていた谷口が口を開いた。

「一機五十億円もするドールと、一事務員の寺田さんでは釣り合いません。彼らがドールの保持者である日本政府に要求を飲ますなら、それこそハイジャックでもしない限り政府を動かすのは不可能です。寺田さんが人質として無価値だと彼らが気づいてしまったら、寺田さんの身が危なくなります」

「だから、人質がこちらにとって大事な人間であるとアピールしたわけか」

 納得はしたが、どうも中澤は和彦が気に食わない。

 中澤は今の電話の内容を国防省に報告し、馬絹は電話会社からの報告を受けた。

「今度は豊島区だって?」


「あいつらはドールが二体しかいないと思ってるんですね」と和彦が言った。

「なんで二体だと思ったんだろ」

「確か、国防省の報告書では、作ったドールは四体で、うち二体が破壊され、二体が残ったと書かれていたと思います」と谷口が言った。

「山田はその報告書を読んだのか。あれは一般人が簡単に見られるものではないぞ」

「見たか、見れる立場の人から聞いたかしたんでしょう」と和彦が言った。

「それと、あいつが何故伊藤さんと寺田さんに目をつけたのか。どこで彼らがドールに関わっている人間だと知ったのか……」と馬絹が言った。

 しばらく全員が黙り込んだ。

「そうだ中澤さん」と和彦が言った。

「この前、朝霞フェスタに、ドールと伊藤さんだけで出ましたよね」

「む……」

「山田は、きっとそれを見てたんですよ。そこで伊藤さんは顔を覚えられた。多分、最初は伊藤さんを誘拐しようと思ったところ、たまたま寺田さんが一緒だったから、連れ去りやすい寺田さんを拉致して、伊藤さんは刺された……」

「いやまて、朝霞フェスタじゃドールはただ手を振ってただけだ。あれを見て山田が、自分たちのアジトを襲撃したのがドールだと思うはずがないし、そこで伊藤さんの顔を見ただけじゃ、伊藤さんがトランクに所属しているかどうかは、わかりようがないはずだ」

 和彦は少し考えると

「ん? 順番が違うんだ、きっと」と言った。

「山田は朝霞でドールを見て、自分たちを襲ったのがドールだと知ったわけじゃないんですよ。自分たちを襲ったのはトランクスのドールだと誰かから教わった上で、朝霞にドールを引っ張り出させたんです。その目的は、ドールの近くにいる人間、つまりトランクスの職員の顔を知ることだったんですよ」

「馬鹿な。ドールを朝霞に引っ張り出させたのは小笠原議員だぞ……まさか」

 中澤は混乱した。どういうことですと馬絹に聞かれ、小笠原議員にドールを公開するように要求され、朝霞フェスタに出展したいきさつを話した。

「つまり、小笠原議員……いや多分本人じゃなくて側近だか家族だか支援者だか知らないけど小笠原に近い誰かと山田は繋がっているんですよ。ドールやトランクについて、そいつを使って調べたんでしょう。事情を知らない小笠原議員がいろいろ調べた情報も、そいつ経由で山田に流れたんだ。小笠原議員なら国防省の報告書も見られるでしょう?」

「……」

「で、山田はそいつ経由で小笠原議員を動かし、ドールを……というか、伊藤さんを朝霞フェスタに引っ張り出したんだ」

「畜生」と中澤は言った。和彦の言うように小笠原議員は何も知らないのだろう。テロリストに肩入れするような悪人ではない。頭の中にお花畑が存在するような善人である。しかし、それがゆえに、山田のような国家転覆を図るような危険なやつに、本人の認識のないまま手を貸している結果になっているのである。

 それにしても、何なんだこの男はと中澤は和彦のことを不気味に思う。

「みどりちゃんの周辺……秘書とか親族に、山田の協力者がいる可能性がありますな」と馬絹が言った。しかし、それら全員を洗うのには時間がかかるだろうと言う中澤に馬絹は「みどりちゃんには手を打って、少なくとも、こちらの動きが筒抜けになるのだけは防ぎます」と言った。


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