二十四
新大井埠頭の戦闘から数日後、伊藤は中澤に国防省に呼ばれた。
伊藤にも中澤に言いたいことが山ほどあったので都合が良かった。
「や、すみません、その話は一旦、置いておいて……」と中澤は伊藤の用事を脇へと追いやり、
「社共党の小笠原議員に呼びつけられましてね」
「みどりちゃんに?」
ドールについて聞きたいことがあると、社共党の小笠原みどり議員が国防省の担当者を遣せと言ってきたのである。そこで中澤が行くことになった。
議員会館の小笠原の事務室である。
「調べたら、莫大なお金を使って阿房のロボットを作って、各国のロボットと模擬戦をやったそうじゃないですか」
小笠原議員が始めからまくしたてた。中澤は小笠原の化粧の匂いに辟易しながら、
「その件についての報告書は提出済みでございますので、周知の事実かと考えております」と言った。
報告書にはほぼ事実が書いてあったが、ドールを十二体も作ったということだけは伏せて四体と記載し、うち二体が戦闘で損なわれたと書いてあった。
つまり報告書では、現存するドールは二体ということになっている。
「私は各国で合同訓練したとしか知りませんでしたよ」
それはあんたの勉強不足だろと中澤は思った。
「で、その役に立たないロボットの使い道を、独法で研究してるんですって?」
「はい。退役ロボット能力開発機構という所です」
「知ってるわよ。そこのレポート見たけど、ろくな結果が出てないじゃないの」
面倒くさいところを調べてきやがったと中澤は思った。
しかし、ふと疑問が沸いた。
トランクのような、役に立ってるのかいないのか分からないような独立行政法人など、いくつもある。しかし今の日本は好景気だから、そんな独法のあら探しを細々とする暇人などいるはずがない。なぜ小笠原議員は、トランクとドールを追求しようと思ったのか。
「それにつきましては、開発者の関塚教授が失踪されてしまい、ロボットについてわかるものがおらず……」
「それで、持て余してるってわけ? どうせ何の仕事もしていない実態のない官僚の天下り先になってるんでしょ」
小笠原は激高して早口でまくし立てた。中澤は人の話を最後まで聞けよと心の中で毒づきなら、
「持て余しているのではなく、ロボットの構造やプログラムを手探りで解析しております。例えるなら暗闇の中、床に落ちている針を探すような作業をしているわけで、それにコストと時間がかかっているんです」
「じゃあ、そんなロボット捨てちゃえばいいじゃないの」
「ですから先生ご自身がおっしゃられたように、開発にお金がかかっておりますから安易に破棄しようとするのは……。プログラムの解析さえすめば、再利用できますし、かかったコストの元を取り戻すことも……」
「ふん、何か隠し事してるみたいなのが気に食わないのよ。イベントとかに展示して、ちゃんと国民の目に見えるようにすべきだと思うんですけど?」
「前向きに検討します」
「近々に朝霞フェスタがあるじゃない。あれに出しなさいよ。うん、それがいいわ」
「前向きに……」
「やらなきゃマスコミにほじくりかえさせますよ」
「……というわけで、こんどの朝霞フェスタにドールを展示することになりました」と中澤は伊藤に言った。
閲覧式は陸海空軍が毎年順番に行う。海軍や空軍が閲覧式を行う年、つまり陸軍が担当ではない年に、かわりに朝霞フェスタという小さな祭りを開催して、模擬店の他、ヘリコプターや車両などの展示を行った。
そこにドールを展示しろというのである。
「ただ、ドールの能力は隠したい。イベントの間は、ただ手を振る程度に留めておきたいのです」
「そうだね」
「なので訓練を施していない十二号あたりを派遣しようと思います」
「突然会場に暴漢が現れて、張り切ったドールがつい制圧しちゃうかもしれないしな」
「はあ」
「それにしても、みどりちゃんは何故ドールに目をつけ、人目にさらそうと思ったんだろう」
「一応、こちらでも調べては見ますが……」
「なんか、嫌な予感がするな」伊藤は渋い顔をした。
昼過ぎの日比谷公園で、二人のサラリーマンが並んでベンチに腰掛けて、弁当を食べていた。傍目にはそうとしか見えなかった。
サラリーマンの一人が言う。
「というわけで、先生がいろいろ調べた結果、軍が保有する少女型ロボットが君たちを襲撃した『子供のようなやつ』の正体らしい」
「人間型のロボットがあんなにきびきびと動けるなんて信じられません」
答えたもう一人のサラリーマンは、極左ゲリラの山田孝太郎である。
「それで、君の頼みどおり、そのロボットを表に引っ張り出すのに先生が尽力してくださった。おそらく朝霞フェスタに出てくるだろう」
「恐れ入ります」
「手伝えるのはここまでだぞ」
「十分です。ありがとうございました」
男は弁当を片付け去っていった。
「なんだ偉そうに」山田は毒づいた。
あいつのような取り巻きを含め、議員だと偉そうにしている連中は、せいぜい小世帯でピーチクパーチクと与党の政策に反対するくらいで、理想社会の建設に何一つ役立っていない。
支持者にとって耳あたりの良い言葉をならべて陶酔させるのがあいつらの仕事なのであり、その対価が講演のギャラや寄付などであって、それで食っていければ十分だとあいつらは思っているに違いないと山田は考えている。
選挙前になると新宿駅で行う街頭演説を見ればいい。沢山の聴衆が集まるが、あれは新宿駅を利用する人たちが足を止めて聞いているのではない。聴衆を見れば爺さん婆さんばかりで、この演説を聞くために近郊からわざわざ新宿までやってきた「ファン」「お客」なのは一目瞭然である。一般の人へ自分たちの考えを述べているのではなく、既に支持しているその彼らに向かって、彼らの心を満たすべく演説しているのである。だったらわざわざ新宿駅の前でやらずに、厚生年金会館でも借りてその中でやってればいい。
自分は違う、と山田は思う。理想社会の建設のために、まずこの動かない岩のような現代の日本を破壊する。口だけではなく実行する。そのためのテロである。
「で、どうだったんですか、森さん」
谷口とデートした森を和彦と丸子が問い詰めた。
森は自分の心が読まれたことについて動揺し、和彦を侮れないやつと認識していた。しかし和彦は森が谷口に気があることは全く知らなかったのであって、森と谷口をデートさせたのは、ただの酔狂にすぎなかった。
「それが……」森の顔がみるみる曇っていった。
「森三尉はアニメとかマンガとかお好きなのでしょう?」
森は事前に調べに調べた、落ち着いた大人の雰囲気の店に谷口を伴い、自身も余裕たっぷりの大人の男を演じようとしたのだが、開口一発、谷口が痛いところをついてきた。
森はどこで調べてきたのだと思った。しかし、それだけではなかった。当日の谷口の格好は、普段のスーツ姿と打って変わった若々しいカジュアルな服装で、まるで大学生のように見えた。それはまさに森の好みそのものだったので、森は激しく心を揺さぶられ、平常心を失った。
しかし後から思えば、アニメのことから服装のことまで、森は自分の好みが調べ上げられていたのだと気付いた。そして一体どこから調べたのかと、谷口に恐れを感じるようになった。
二発のパンチを食らった森は完全に冷静さを失った。
「あ、ああ、実は好きなのです」
「アニメやマンガは日本の文化のみならず、日本の信奉する価値観を世界に広めるとても有効有益なものだと思います」
「え? 谷口さん、本当にそう思う?」
「思いますよ。ですからアニメやマンガを好きな人が、何かやましいような、肩身の狭い思いをする必要はないと、常々思っているのです」
「そうなんです……うう、聞いてください、谷口さん」
森は自分のような厳つい(いかつい)容姿の者がアニメファンであることの苦労、カミングアウトできない苦痛などで、これまでいかに辛かったか、谷口に滔滔と語った。しかも谷口にどんどん酒を飲まされて酔い、挙句の果てに、こんなに親身に話を聞いてもらったのは始めてだと男泣きに泣いてしまったのである。
「というわけで、俺はもう駄目だ。谷口さんに情けない姿を晒してしまった。もう谷口さんに何を要求されても逆らえない」
「ははは」
和彦は笑い転げた。
「それなら、今度は中村くんが谷口さんとデートしなよ」
丸子が不服そうに言った。
「え? 嫌ですよ。俺、デートなんてしたことないですもん」
「なんだよ、他人ばかりダシにして。ずるいぞ」
「とにかく、これまで数多の奇跡を起こしてきた中村くんだ。もしかしたら谷口さんに一泡吹かせられるかもしれん。頼んだぞ」
因果応報、自業自得である。面倒くさいとこになったなあと和彦は思った。




