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二十二

 三日目の朝七時、和彦らはキム・ミョンジュンが泊まるホテル近辺に停められている偽装トラックの中で、菓子パンやおにぎりなどの朝食を食べていた。

「KCIAのはねっかえり共も、警備が厳重で手が出せなかったか」と森が言った。

 そこへ谷口の携帯が鳴った。馬絹からだった。

 なんとキム・ミョンジュンがホテルから消えたという。

 すぐさまホテルの玄関口にトラックをまわし、車から降りた伊藤が馬絹に事情を聞いた。

「それが、迎えの車に乗って出かけたのをホテルの従業員が見ていたのですが、後から別の車が来て、こちらの車に乗るはずだった、こちらが本物であると運転手が言うのです」

「随分古典的な手に引っ掛かりましたな、馬絹さん」と伊藤がため息をついた。

 そこへ馬絹の無線が鳴った。

「はい……何!? 車を盗まれた宿泊客がいる?」

 

 すぐさま、その宿泊客が連れてこられた。話を聞くと、ホテルの従業員が見ていたキム・ミョンジュンを乗せた車と、盗まれたその宿泊客の車が一致した。ところが盗難対策に、GPSで車の現在位置が分かるサービスに加入しているという。

「ほら、大井の方に向かっています」

 宿泊客は携帯の画面を馬絹に見せた。画面の地図上を、車を表すアイコンが進んでいる。

 馬絹はすぐに本部に検問を要請した。

 パトカーに乗り込みながら馬絹が「不幸中の幸いでしたな」と伊藤に言ったが、伊藤はどこか違和感を感じた。


 警察の車両の後方から、和彦たちのトラックも大井へ向かう。

「新大井埠頭あたりから船で連れ出すんでしょうかね、森さん」と丸子が言った。

「わざわざ太平洋側から韓国へ? 何か不自然だな」

「洋上で殺してバラバラにして捨てるとか」

「やめてよ中村くん、こわい」


 伊藤は後方支援とはいえ、この任務にトランクが呼ばれたのは何故かと考えていた。

 キム・ミョンジュンを拉致しようとしているKCIAに追いついたとして、そこでドールの出番となるような銃撃戦が起こるとは思えない。任務の遂行の邪魔になるからとはいえ、仮にも同じ陣営にいる日本の警察に向かって、KCIAが銃をぶっ放すなんてことが、あるわけがない。

 伊藤が物思いに耽っているうちに、トラックは新大井埠頭まで来た。

 既に警察の車両も来ている。その警察の車両群の中心に一台の車があった。キム・ミョンジュンを拉致した車である。警官が車の中に、縛り上げられて取り残されていたキム・ミョンジュンと秘書がいるのを見つけ、保護した。

「何がおこってるんだ? え、保護したのか。ううーん、なんだこの事件は……」

 モニターで外の様子を見ていた伊藤が唸った。


 そのとき、その現場から少し離れたところに置かれていたコンテナの扉がバタンと音を立てて倒れた。警察官たちがいっせいに、音のしたコンテナの方を見た。

 機械音と地を踏みしめる足音とともに、コンテナの中から鉄の機体が這い出してきた。そしてコンテナの外に出ると、足を伸ばして体を宙に持ち上げた。

 それはダチョウが、足を折った中腰の姿勢から、すっくと立ち上がったかのような動きだった。そして、その姿も、まさに鋼鉄のダチョウのようだった。二本の足で立ち、高さは2階建ての家ほどに達し、羽や首に該当する部分はない。そのかわりに、前方にガトリング砲の砲身が覗いている。

「な、なんだあれは……」伊藤が絶句した。

「あれは韓国の二足歩行型戦闘ロボット、KMC-1000だ……」と森がかすれた声で言った。

 ダチョウは警官達の方にむかって一歩一歩踏み出した。鉄とコンクリートのぶつかる音がした。馬絹は道路の工事現場で聞くような音だと思った。警官達がゆっくりと後退し始めた。

 「た、退避! 退避しろ!」

 現場の指揮官らしき者が叫び、警官達がちりじりに逃げ出した。

「やばい、トラックを出せ。この場を離れろ!」

 伊藤が運転手に命じた。トラックが急発進した。

 そのとき、KMC-1000のガトリング砲が火を噴いた。キム・ミョンジュンをここまで連れてきた盗難車がすぐさま蜂の巣状になり、煙に包まれながら鉄くずになっていった。射撃が終わると、車から炎があがった。KMC-1000の周辺には排出された大量の薬莢が転がった。

 警察官たちはキム・ミョンジュンを連れ、必死に走って埠頭から逃げていった。

 トランクのトラックは、KMC-1000が現れた場所から倉庫をはさんだ真裏まで逃げて、そこに停まっていた。

 馬絹からトランクのトラックに連絡が入った。

「こちらはキム・ミョンジュンを連れて、なるべく現場から離れるつもりです。今、軍の出動を要請しております。ダチョウがこっちを追いかけてくるようなら、お嬢ちゃんたちを使って、足止めしてもらいたい」

「じょ、冗談じゃない、無理だ!」と森が叫んだ。

「戦車に生身の人間で挑むのとかわらん。火力が違いすぎる」


「谷口ちゃん……これって、全部、仕込みなんじゃないの?」と伊藤が言った。

「なに?」

 森が伊藤、次に谷口の顔を見た。

「一日目も二日目も我々に帰宅を許可したのは、今日ここで韓国の戦闘用ロボットとドールが鉢合わせになるように決まっていたからだ。キム・ミョンジュンを連れ去った盗難車も、盗んだ車に偶然GPSがついてたんじゃない。盗まれたという宿泊客はサクラで、うまいことやってKCIAにGPSのついた自分の車を掴ませたんだ。我々をここにおびき寄せるために」

「誰がそんなことを……」

 丸子がつぶやいた。

「日本政府なのか、国防省なのか、韓国政府なのか、誰がシナリオを書いたのかは知らん。ただ、谷口ちゃん。君は当然知ってたんだろ?」

「いえ、上からは何も聞いておりません」

 知らないと答える谷口だったが、マユミにはいつもと違って谷口が少し困惑しているようにみえた。

「いずれにせよ、KMC-1000はどういう行動を取るんですか? ひたすら真っ直ぐキム・ミョンジュンを追いかけるのか? それとも我々がうろたえている間にKCIAが回収して、トンズラするのか? ウサ晴らしに東京のど真ん中でガトリング砲をぶっ放すのか?」

 丸子がおろおろしながら言った。

「そもそも、KMC-1000は今、どこにいるんだ!? い、いつの間にか、我々の後ろに周りこんでいて、撃ってくるかもしれんぞ!?」

 森がヒステリックに言った。

「いずれにせよ、ドールを下ろして偵察させて、KMC-1000の動向を確認した方がいいでしょう」

「谷口ちゃん、それで結局ドールがダチョウと戦う羽目になればいいと思ってるんだろ。でも万に一つも勝ち目はないぞ。国防省は何を考えている」

 そのとき、ガトリング砲が放たれ、何かが破壊される音が聞こえた。残された警察の車両を撃ったらしい。

「馬絹さんは軍の出動を要請したって言ってたけど……」と丸子が言った。

「来るわけがないよ。日本の領土、それも東京で韓国の兵器と日本軍がドンパチやったなんて明らかになったら国際問題になる。それこそ、公ではないドールが秘密裏に処理するのが望ましいってことなんだよ」

「うまいことシナリオが組まれてるんですねえ」

「中村くん、何、暢気な……わっ!」

 マユミが言ってる傍から、また射撃音と爆発音がした。

「ドールが戦わなきゃ、東京の、それも繁華街でダチョウが大暴れする予定にでもなってるんでしょう。そして、シナリオ考えた本人は知らん顔。かわりに素直に出動しなかった俺達が政府に責められることになってるんですよ、伊藤さん」

「本当にあれが街中で破壊活動をすると思うか? 韓国ロボットとドールの戦闘見たさに、日本政府がそこまで許すか?」

「そこまではしないだろうと信じて、ドールを出さないという選択肢もあります。チキンレースですね」

 和彦は笑いながら言った。再び爆発音がした。

「ドールを出そう」

 伊藤が決断した。

 しかし、和彦は黙っている。

「中村くん、ドールに指令を……」伊藤が催促した。

 それでも和彦は動かない。

「中村くん、どうしたの?」

 マユミが聞いた。

「いやー、気が進まなくてですね……」

「中村くん、仕方ないんだ」

 伊藤が言った。

「そうだなあ、指令を出すのに、また俺の条件を呑んでもらいましょうか」

 谷口の顔が一瞬曇った。

「谷口さんが、森さんと一日デートするならドールを出動させます」



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