二十一
いつもの訓練場の休憩室である。
「で、どうだったんですか」
馬絹が土下座して、谷口に丸子とデートするようにせまり、谷口は渋々丸子とデートしたのである。
「それがさあ。何を話していいのかわからなくて。結局、きみたちのことをネタに話して終わっちゃったよ」
これでは谷口に体の良い情報収集をされたにすぎない。
「そ、そ、それで。ホテルとか、行っちゃったのか?」と森が聞いた。
「そんなわけ、ないじゃないですか。ご飯を食べて、さよならですよ」
「なんだ」と森が安心した。マユミはそれを聞きながら笑っている。
極左ゲリラのテロリスト、山田孝太郎は新橋の山手線のガード下で、人を待っていた。
散々待たせて、ようやく待ち人が姿を現した。
「こんな所に呼び出してもらっては困るんだがね」と男が不服そうに言った。
「金か? とはいえ、この前押収された武器と同じだけの数を集められる程のまとまった金はないぞ」
「違うんです」と山田は男の言葉を遮った。
「我々を襲撃した小さい連中について、先生のルートで調べてほしいのです」
「なんだ、その小さい連中というのは?」
山田は警察に襲撃された際、特殊部隊のようなスーツを着てはいたが、子供のような体格の連中に、仲間がいとも簡単に制圧されたことを話した。
「もしかしたら……あの連中は人間じゃなかったのかもしれません」
「ふん……先生だってお忙しいのだぞ」
そんなの嘘だろと山田は思った。泡沫左翼政党の議員が、そんなに忙しいはずがない。
「一応、話はしておいてやる。期待するな」
「わかりました」
話が済むと、男は去っていった。
山田は路上に唾を吐き捨てると、男と逆方向へ歩いていった。
伊藤の強い抗議のせいか、しばらくの間、トランクに出動の要請はなかった。
訓練するドールは更に一体増えた。和彦は「サキコ」と名付けた。
四体のドールの訓練の日々が続いた。マユミは木枯らしに吹かれた街路樹のイチョウ並木が、紙ふぶきのように落葉するのを見て冬の到来を感じた。
「伊藤さんは最初、ドールは人間との問答を柔軟にこなすような能力を持たされていない、そんな所にプログラムの労力を割いていない、って言ってたけど」
いつもの甘味処で、和彦はあんみつを食べながら言った。
「あいつら、懇切丁寧に命令しなくても、それまでの会話や過去の経験から、命令の行間を読んで、間違いなく実行しているように見えるんだよね」
「それって……ドールは意外と頭がいいってこと?」
「うん」
あるとき、森がこれからドールにさせる内容を、和彦に説明した。ドールは森のそばにいた。
「普通なら、森さんが言ったことを、そのまま俺がドールに伝えて行動を実行させるんだけど、そのときはただ『聞いてたな? じゃあ、やれ』って命令したんだよ。そうしたら、ちゃんと森さんが言ったことをできたんだよね」
マユミは、この男が普段の訓練に、細々と独自の実験を織り交ぜて、ドールの能力を調べていたことを初めて知った。
「そんな感じで、ドールを見ていて思ったんだけどさ」
「なに」
「あいつら、訓練した結果、成長しているわけじゃなくて、元々搭載された能力を思い出しているんじゃないかなって」
「思い出す?」
「つまり、ドールに封印されていたのは『成長する機能』ではなくて、『元々あった高い機能』なんじゃないかってこと」
マユミは、ドールとの関わり、ドールの謎解きが、和彦にとってはこの上なく楽しいことなのだろうと思う。しかし、それだけの理由で、身に危険なこともあるこの任務を、何故、和彦が進んでやるのか分からなかった。
「中村くんは、危ない目にあうかもしれないからってこの仕事を嫌にならないの?」
「え?」
「この前だって、死んじゃうかもしれなかったじゃない」
「うーん」
「自分でわからないの?」
「……わかんない。でも今まで生きてきて、今が一番面白いような気はする」
「死にそうになってるのに?」
「うーん」
どうやら、本当に自分でも分かっていないようだった。
ある朝、伊藤が和彦とマユミに言った。
「久々にお呼びがかかった。これから訓練場に向かうよ」
道すがら伊藤は、警察と国防省にかけあって、和彦の身の安全を守ることを約束させたことを話した。
「もう二度と、ターゲットと一緒に車で移動するなどということはさせない」
伊藤が真剣な顔で言った。
「俺は大丈夫ですよ」と窓の外を見ながら和彦は言った。
「大丈夫なわけがない」
爆輝亜夢の事件後、和彦はカウンセリングを受けたが、真面目な態度で臨まない和彦に対してカウンセラーは、その態度にこそ和彦の負った心の傷の深刻さが現れていると伊藤に報告した。
「今回はあくまで後方支援と聞いている。まあ谷口ちゃんの言葉を信じればなんだが」
「谷口さんが本当のことなんて言いますかね」とマユミは谷口の名前を出すのも嫌そうに言った。
地下訓練場の休憩室に、いつもの面々が集まった。
馬絹が説明を始める。
「韓国のキム・ミンジュンが来日することになりまして、ご存知かと思いますが、次の大統領選挙に立候補すると目されている人物です」
ご存知と言われても、マユミは韓国の大統領の名前くらいは知っていても、次の選挙に立候補するかもしれないという人物までは知らない。
「やっかいなのが来るねえ」と伊藤が言う。
「誰なんですか、その人」と和彦が質問したので、マユミは知らないのが自分だけでなくてほっとした。
「左翼の大物だね。リベラルとは聞こえがいいが、北朝鮮シンパというか、はっきり言って傀儡だよ。この人が大統領になると、韓国は北朝鮮に対しての態度が非常に甘くなるので、日米韓の足並みが大いに乱れることが予想される」
「まあ、今も足並みが揃っているのかどうか、怪しいものだが」と森が言った。
「このキム・ミョンジュンが、半分お忍びのような形で来日して、何人かの朝鮮総連の関係者らと会うことになっております」
「総連を通して、北本国と連絡を取り合うのかね」
「おそらく。で、我々が掴んだ情報によると、KCIAのはねっかえりが、独断で来日中のキム・ミョンジュンを拉致しようとしているらしい。韓国の現政権にとっては、それは都合の良いことなので、取り締まるどころか、どうも知らん振りを決め込んでいるようなのです」
「まあ、その方が日本にとっても都合がいい」と森が言った。
馬絹はふふ、笑って、
「そうもいかんので、警察で彼の身を守りますが、念のための後方支援をお願いしたいわけです」と言う。
「随分、こっちの気を使ってくれるじゃないですか馬絹さん」と伊藤が言った。
「リハビリみたいなものですよ」と馬絹のかわりに谷口が言った。
「じゃあ、なにかい。そのうちまた、危険な仕事をやらそうっていうのかい」
「それは上が決めることですので」
谷口はいつものように表情一つ変えずに言った。
来日したその日から、キム・ミョンジュンは精力的に動いた。成田から東京へ向かう途中で二件の会合をこなした。赤坂のホテルにチェックインすると、夜にはホテルのバーで来訪者と会談した。
次の日も、キム・ミョンジュンは車で連れられて、近郊の町のホテルやレストランなどで人に会う。一箇所に二時間といない。次々に移動してゆく。
「キム・ミョンジュンっていつまで日本にいるんですかね」と丸子が伊藤に聞いた。
「二泊三日と聞いた」
「KCIAの連中が仕掛けてくるとしたら、どこだろう」と森が言った。
「わざわざ街中で、移動する車を襲撃したりするようなことはないと思うんだよね。どこだと思う谷口ちゃんは?」
「さあ、どこでしょう」と谷口はそっけない。
「付き合いが悪いな谷口ちゃんは。まあ、拉致するとするとホテルじゃないかな。なんか前にもそんな事件があったよね」
「さあ」
「それで馬絹さんたちはキム・ミョンジュンが泊まる部屋と同じフロア全部を、警察で借りきったと言ってた。昔の事件じゃ逆に、拉致に手を貸した連中に、フロアが全部押さえられてたんだってさ」
一日目が終わった。トランクのメンバーは自宅に帰されるのを許された。
「解せないな」と伊藤が和彦に言った。
「夜中に何かあったら、どうするつもりなんだろう?」
「俺らはあくまで後方支援だから、そんなに根つめなくていいってことじゃないですかねえ」と和彦は暢気に言った。
二日目も一日目と同様、何事もなかった。
「あとは明日一日だけか……」
伊藤はキム・ミョンジュンの泊まるホテルを見上げながら独りごちた。




