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二十

 マイクロバスが引き返してきて、トランクのトラックに横付けされた。

「中村くんは馬鹿すぎて、私の理解の範疇を超えてるよ。でも、本当に……絶対に死なないでね」とマユミは和彦に言った。

 和彦は一言「大丈夫」と言うと、トラックの荷室から降り、マイクロバスに乗り込んだ。

 この二人のやり取りを爆輝亜夢は、マイクロバスの中からずっと見ていた。


 ハナエの損傷具合を確認しながら、丸子は、

「中村くんは無茶すぎるよ。だいたい何だよ、あの条件は」と顔を真っ赤にしながら言う。

 傍らで森は「あの男は変な強運を持ってそうだから、大丈夫だと俺は信じる」と言いながら、内心で、自分も谷口に興味があることを告白しておけば良かったと、場違いなことを考えていた。


 マイクロバスが走り出した。乗っているのは運転手を含む警察の男三人と、二体のドール、そして和彦と爆輝亜夢である。

「ちくしょう、痛ぇなあ。おまえら、分かってんの? 俺は死なれちゃ困る重要参考人なんだぞ? おまえら、もっと必死で俺を守れっての」

 誰も爆輝亜夢に答えない。爆輝亜夢はしきりに床に唾を吐きながら、

「そういえばよう、子供みてぇなこの連中、なんなの?」と斜め後ろにいた和彦に聞いた。

ドールは目出し坊をすっぽりとかぶっているので、爆輝亜夢にはその正体が分からなかった。

「知らない方がいいよ。国家機密みたいなものだから」

「けっ」

 爆輝亜夢は口数が多くなっている。先ほどの襲撃で緊張が極限に達しており、何か喋っていないと精神の均衡が保てないらしい。

 爆輝亜夢は和彦の首から下がった身分証を見て、

「中村和彦だって。ご立派な名前だな。おまえんとこの親はさぞ金持ちだろ?」と言った。

「金持ちが富裕層のことを表すなら、うちは富裕層じゃない。中の上ってところだね」

「けっ」

 全くの八つ当たりなのだが、爆輝亜夢は和彦が気に食わない。手錠がかかってなければ殴ってやりたい。

 ふと爆輝亜夢は思い出し、言った。

「さっき、おまえと話してた女の子は寺田ミキちゃんだろ?」

「寺田マユミさんだよ」

 和彦はマユミが、過去にミキとも名乗っていたのを知っていたが、知らぬ振りをした。

「そうそう、あの子はマユミとも名乗ってたわ。本名はマユミキだろ」

「………」

「俺、大学でサークルやってたんだけどよ、俺が三年のときに、新入生だったミキがサークルに入ってきたのよ」

「………」

「垢抜けない子だったんだけどよう、むしろ、俺はそういう子が好きで、毎年入ってくるそういう子は俺担当だったわけ」

「………」

「優しくしてやって、かわいいとか煽ててやったら、すげえ舞い上がっちゃってよ。ま、それでも落とすのに一ヶ月くらいだったかな。しかもあいつ初めてだったぜ」

「………」

「で、やってる最中を携帯で写真とって、男だけの飲み会のときに写真を交換しあったり、武勇伝を報告しあったりしてたんだよ。それが本人にバレてよう、いたたまれなくなったのか、他の学校に編入してったぜ。悪いことしちゃったかなあ」

 車は都内に入ったが、相変わらず周りは空き地や倉庫などである。和彦は爆輝亜夢が話す間、窓の外を見ていた。そして、

「ふーん、で?」と興味なさそうに言った。

「けっ」

 爆輝亜夢はますます機嫌を悪くした。

 そのとき「来たぞ!」と警察の男が叫んだ。


 後ろから猛スピードで黒塗りのセダンが突っ込んでくる。和彦は迷う暇はないと思った。ヒカルとノゾミに実弾を装填するように命じた。

「おそらくゴム弾では敵の征圧は難しいだろう。気が進まないと思うが実弾を使え」

 そう森に言われていたのである。

「ノゾミは盾になれ。ヒカルは後ろの窓から、後ろの車を撃って撃って撃ちまくれ!」

 後ろの車の窓から身を乗り出した男がサブマシンガンを撃ってきた。

 バスの後ろの窓が割れ、車内の空気を弾が切り裂く音がした。「ひええ」と爆輝亜夢が情けない声をあげた。

 ヒカルがアサルトライフルで後ろの車を銃撃した。窓ガラスが砕け散り、ボンネットに次々と穴ができる。

 男が一人、胸から血の霧を吹かせてもんどりうつ。

 相手の車は追突すべく、スピードをあげる。

 ヒカルは撃ちまくる。

 敵味方の弾が乱れ飛んだ。


 マイクロバスが追突され、左に傾いたかと思うと、次は右に傾き、そしてそのまま横転した。

 敵のセダンは突っ込んだそのままのスピードで電柱に激突した。鉄のひしゃげる轟音がした。車を所有する者が聞くと、心臓が止まりそうになる嫌な音である。

 

 先ほどの銃撃が嘘のように静まり返った。

 和彦は横倒しのバスから這い出した。体中が痛い。顔が暖かかったので触ってみるとぬるっとした。手を見ると血がついていた。

 辺りには和彦の嗅いだことのない不思議な臭いが漂っていた。鉄とコンクリートの擦れた臭いだった。

 なんとか立ち上がると、スクラップになった敵の車へと、ふらふら近づいた。

 そして、車の傍らに銃を構えて立つヒカルに声をかけた。

「敵の生存者は?」

「いません」

 和彦は大きく息を吐いた。直接ではないにせよ人を殺す結果になった。

 ふとバスの方を見ると、道路沿いの塀にもたれかかって座る爆輝亜夢が見えた。和彦と同じようにバスから這い出したようだった。

 和彦は爆輝亜夢の方へ歩いていった。ヒカルも後に従った。

 爆輝亜夢は和彦を見ると「悪いけど、手錠を外してくれよ。痛てぇところに手が届かねえんだよ」

「…………」

「逃げるわけないだろ。これから警察に身の安全を確保してもらいに行くんだからよう」

「いや、鍵を持ってないんだよ」

「これをつけてると芋虫みたいにしか動けねえ。なあ頼む。鎖を壊してくれよ。緊急時に車の窓を割る斧があるだろ? あれで叩き切るとか……なんなら拳銃で打ち抜いてもいい」

 爆輝亜夢は極限状態からのストレスと、先ほどの和彦の態度から、和彦を叩きのめそうと思ったのである。そんなこととも知らず、和彦はバスの座席の下からハンマーを持ってきた。

「……ハンマーと拳銃、どっちがいい?」

「ハンマーじゃ鎖は切れなそうだな。拳銃でやってくれ」

「本当に拳銃でいいね?」

「早くしろよ」

 爆輝亜夢は手錠の鎖がぴんと張るように、両手を離した。和彦は傍らに立つヒカルの腰のホルダーから拳銃を取ると、スライドを引いて安全装置を外した。

「はい、じゃあ撃つよ。頭を引っ込めてね」

 和彦の物言いが爆輝亜夢にはいちいち気にさわった。爆輝亜夢は早く和彦をぶん殴りたくてしかたない。

「いくよー。はい」

 和彦は引き金を引いて、爆輝亜夢の右手を打ち抜いた。

「ぎゃああああああ」と爆輝亜夢が悲鳴を上げて、地をのたうちまわった。

 それを見下ろしながら和彦は、

「ハンマーの方がよかった?」と言った。


 

 次の予備車両が到着して、和彦たちを収容した。まもなく街中に入ったので、さすがに次の襲撃はなく、まもなく車は本庁についた。



「大丈夫?」とマユミは病院のベッドに横たわる和彦に声をかけた。

「まあ、軽症で済んだからね。検査して明日には退院できるって」

「本当? よかった」

「馬鹿は死なないとか、ゴキブリ並の生命力だとか言われると思っていたよ」

「馬鹿」

 和彦はマユミが一瞬泣きそうになっているのを見た。

「寺田さん」

「なに?」

「寺田さんって、途中で別の大学に編入したことある?」

「え? ないよ。なんで?」

「いや、なんでもない」

 和彦にはそれで十分だった。

 マユミの言葉だけが真実で、和彦の知らないことはどうでもいいことであった。


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