二
法事の数日後、和彦は叔父から電話で詳しい指示を受け、それに従ってあるビルの前に立った。
ビルの中に入ると、何階に何の会社が入っているのかを示すプレートがあった。
「2F 何樫商事」、「3F 甘木サービス」……四階に、目指す場所があるのを確認した。
「4F 独立行政法人 退役ロボット能力開発機構 T.R.N.K.K」
そこが何をしているところなのかまでは、和彦は叔父から聞いていなかった。
組織の名前を見ても、何をするところか想像できない。
しかし、逆に、ありきたりな仕事をするのが窺い知れる会社名であったなら、和彦は直前になって面接に行くことに挫折してしまったかもしれなかった。和彦がここまでやってきたのは、この男にも好奇心のようなものがあり、この組織の妙な名前が、その好奇心をくすぐったからに他ならない。
一応、面接ということになっているが、和彦はジーンズをはいた私服姿である。
熱烈に入社を希望しているわけでもないから、スーツを着るのは面倒だったし、そもそも、この男は父親の葬式のときに急遽買った喪服以外のスーツを持っていないのである。
和彦はエレベーターに乗り、四階で降りた。小さな受付に電話があったので受話器をとって、叔父から教わった人物に取り次いでもらうよう頼んだ。
和彦は小さな打ち合わせ部屋に通された。
しばらくすると、スーツにノーネクタイの壮年の男が来て「ご苦労さん、君が中村さんの甥の中村和彦さんね。私は伊藤と言います。ここの場所はすぐ分かった?」と椅子に座りながら言った。
定年してからこの法人に天下りしているのだろうが、見た目は若々しい。せいぜい五十歳くらいにしか見えない。
「ええ、特に迷わず、まっすぐ来れました。ヒマなので早めに出て、ここを見つけてからお茶飲んでました」と和彦はヘラヘラ笑いながら言う。
とても就職面接の一コマではない。
だが面接を担当している伊藤という男は、そんな和彦を見て顔をしかめるわけでもない。
「君の叔父さんから話を聞いてね。いい塩梅に席に余裕があったんだよ」と、特急列車の座席の空席状況のように言う。
「ていうか俺、働いたことないんですけど、俺にできる仕事なんてあるんですか?」
「うん。まあ気にしなくていいんだよ。追々」
伊藤の答えは適当である。適当というよりテキトーである。
「はあ」と間の抜けた返事をしつつ、和彦にもぼんやり話が分かってきた。
つまり和彦は叔父のコネでこの機構に入り、仕事らしい仕事などしないけど、月々お給料をもらってお気楽に過ごせるということなのだ。天に昇っていない人の天下りみたいなものである。虎の穴に放り込んで、厳しい環境に揉まれろというのと間逆だ。
こういう世話の焼き方は、代々エリートで金があり、地頭が良いから苦労知らずで官僚のポジションにいる和彦の叔父の発想の限界である。
しかし同じ家系である和彦はそれに反抗するような精神を持ち合わせていない。
「僕はちゃんと仕事をして、認められたいんです」などとは思わない。
そういえばと、和彦は「退役ロボット能力開発機構」という独立行政法人が何をしているところなのか質問した。
「ああ、聞く?さすがに自分が在籍しているところが何をしているのか知らないままというのもね」と伊藤は言った。質問しなければ説明しないつもりだったのだろうか。
「退役ロボット能力開発機構。通称トランク(TRNKK)……」
「トランクス?」
「よく言われるんだけどね」
伊藤は苦笑しながら続ける。
「ここはね。ドールの運用を研究開発しているところだ」
「ドールって何ですか?」
「戦闘用女子型ロボットだ」
当たり前のように答える伊藤に、和彦は「へっ!?」と声になったような、ならなかったような音を出した。




