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十三

「ドールの指揮指導リーダーとして、中村さんを我々の指揮下に置かせて頂きたい」

 中澤が言った。

「国防省の方針の下で、うちの中村がドールを訓練させるということかい?」と伊藤が聞いた。

「そうなります」

「そういうことなら、またドールと遊べるな。やったね寺田さん」

 和彦はご機嫌だが、マユミは一瞬、説明のできない不安にかられた。

「構いませんか? では、中村さんには、いろいろ説明や機密保持など各種手続きの契約などありますから、これから一緒に市谷まで来て頂きたい」

 市谷に何があるの、だから国防省があるんだよ、という和彦と伊藤とのやり取りを聞きながら、マユミは、私は……と思った。マユミの様子を見て、和彦と伊藤は一瞬動きを止めた。

 その様子の意味を中澤が読んで、言った。

「そちらの女性は……?」

 疑問形ではあったが、暗に、おまえは関係ないから帰れと言っている。

 ドールを成長させたのは和彦であって、国防省が欲しているのはその和彦だけなのである。自分ではない。つい自分も関係者のような顔で話を聞いていた。それがいかにも間抜けな感じがして、マユミはうつむいた。惨めだった。

「私は……」とマユミが言いかけたとき、和彦が中澤に言った。

「彼女は僕の秘書で、アシスタントです」

 マユミははっとして和彦を見た。

「書類を起こすのも寺田さんですし、その都度必要なものを手配するのも寺田さんです。僕は名刺を片手で受け取っちゃうくらい社会経験がないから、彼女がいないと何もできないんですよ」

 この野郎、名刺を片手で受け取ったのはわざとだなと中澤は思いつつ、和彦の申し出をごく短い間に検討して、

「いいでしょう。丸子さんたち整備をユニットごと預かるのと同様、中村さんもユニットごと預かります。中村さんの仕事のしやすい人で周りを固めて頂いて構わない。伊藤さんにも加わって頂いて、表に立ってもらいましょう。そうしないと話が通りにくそうだしね」と嫌味を交えながら言った。

 伊藤はにやっとした。

 マユミの役割については、優秀で相応しい国防省からの出向スタッフをあてることもできたはずであるが、ここで和彦がヘソを曲げられては、今後のドールの能力開発の運営に差し支えるので、中澤は和彦の要求をのんだものと知れた。

 話がついたところで、丸子が「何はともあれ、また一緒にお仕事できるね。今後ともよろしく」と嬉しそうに和彦に言った。



 市谷で煩雑な手続きを済ませて、三人はトランクのオフィスに戻ってきた。

「それにしてもあそこが国立競技場の地下だとバレていたとはね」と伊藤が言った。

 もう目隠しをする必要がなくなったのである。

「それにしても、俺を研究員だなんて、伊藤さん無茶すぎですよ」と和彦が言い、マユミも「こんなやつ、研究員に見えませんよ」と言って笑った。

 それにしても、よくも偉そうに私のことを秘書だなんて言ってくれたものだとマユミは思った。これでマユミは和彦の部下という形になってしまった。

 しかし和彦のその機転がなかったら、マユミはドールとの関わりから一人はずされ、またトランクのオフィスで退屈な日々を送らねばならないところだったのも事実であった。  

 マユミは喜ぶべきか悲しむべきか、複雑な気持ちになった。



 新体制でのドールの訓練が始まった。

 トランクから責任者として伊藤。研究員として和彦。助手としてマユミ。

 整備は主任を丸子としたチーム。

 国防省からは、この前の三人のうち例の無表情な眼鏡の女がきた。これはお目付け役であり、名前を谷口という。

 それと国防軍から軍事教官の森という、筋骨隆々のいかつい男がきた。既に何人か人を殺したことがあるような男だとマユミは思った。

 国防省の谷口は「こちらの森三尉が……」と説明を始めた。このときからしばらく後まで、和彦は森が苗字で「サンイ」というのは名前かと思っていた。

「森三尉が訓練のプランを考え指導させますので、中村さんはそれをドールに命じて実行させるという形になります」

 この谷口は若い女だが、このメンバーの中での自分の立場を、悪い意味でわきまえていて、態度が少々横柄である。


「それと、これを作っておいたので、皆さん首から下げておいてください」と言って、首から下げるストラップに入った顔写真つきの身分証明書を配った。

「ICカードになっていますので、ここへの出入りの際、ドア横の機械にこれを……」

 話の途中からマユミは、身分証明書に書かれた自分の名前を見ながら、谷口の話を上の空で聞いていた。


 これは絶対身につけていなければいけないのか。

 できればこんなもの首から下げたくない。


 早速首から下げた和彦は、躊躇するマユミに気付いて「どうしたの?」と聞いた。

 マユミは答えられなかった。特に和彦には見られたくなかった。

 伊藤の方を見た。伊藤もマユミの方を見ていたが、あきらめて谷口に従うよう、表情がそう言っていた。

 マユミは身分証を下げた。下げるのに躊躇しなければ、和彦がマユミの名札をまじまじと見ることは、むしろなかったのかもしれない。

「寺田さん」

 和彦が気付いてしまった

「寺田さん……名前、それでマユミって読むの?」

 マユミは答えられなかった。じっと唇を噛むようにしていた。

 マユミの身分証の氏名欄には「寺田繭美姫」と書いてあったのである。



 訓練が終わってトランクのオフィスに戻ってくると、早々にマユミは逃げるように退出していった。

 マユミの身分証に書かれた名前について、さすがに和彦もその場で問いただすようなことはできなかった。それほど、マユミの様子は尋常でなかった。

 和彦は伊藤に聞こうと思った。

「そりゃあ、寺田さんの履歴書はもらってるし、面接のときに聞いたから僕は知ってるけど」と伊藤は言った。


 伊藤は、和彦が無神経にマユミに問いただすのを危惧し、マユミから承諾を得たわけではないが自分が説明するべきだと思い、マユミについて話し始めた。

「寺田さんが生まれる前から、寺田さんのお父さんは繭美にしたいと思ってたんだそうだ。でもお母さんの方は美姫にしようと思っていた」

 その結末が分かってしまった和彦は「えー!? めちゃくちゃじゃないですか」と言った。

「オチが分かっちゃった? そうなんだ。お父さんとお母さんはもめにもめて、ついに妥協策として、二人が考えた名前を組み合わせてマユミキという名前を寺田さんにつけたそうだ」

「そりゃ、両親二人にとっては痛み分けかもしれないけど、当の本人は……。当の本人の幸せより両親の妥協の方が優先されてるじゃないですか」

「寺田さんは、うちに来る前に、たくさんの会社に応募したんだけど、大抵は書類で落とされたんだって。まあ、普通の企業の人事なら、寺田さんの名前を見たら両親の常識を疑って、そんな親に育てられた子供だという目で寺田さんを見るね。今の日本はそういう風潮になっている。そういう名前の人間なんていない業種と、そんな名前の人間ばかりの業種と、分かれてしまっている」

「……」

「面接までこぎつけても、いつも名前の話に終始しちゃって、面接官に半分笑いものにされるようにして帰されたって言っていた。僕にこの話をしたときに、寺田さんは泣いてたよ」

 それを聞いて、最初の頃のマユミの刺々しい態度の理由が分かったような和彦には分かったような気がした。

 常識的な名前を持ち、独立行政法人にコネを持つ和彦に対し、全てが逆の立場のマユミは階級間的ルサンチマンを持ったのである。

「でも寺田さんは、自分の立ち位置から抜け出したいんだよね。それを感じたから、特に仕事があるわけじゃないけど、うちで採用した。別の会社に就職しようと思ったときに、職歴があれば有利なんじゃないかと思って」

「なるほど」

「でもせっかく入ったトランクは、天下ったエリートの天国のようなところで、いわば寺田さんの属する階級にとっての敵の巣窟だったわけだ。でも寺田さんは、毎月、そこから給料を貰ってるわけで、きっと、そのパラドクスに悩んでいたんだと思うよ」

 

 和彦はマユミを不憫に思った。それと同時に明日からどういう態度でマユミと接するのが最良なのか、よくわからなかった。

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