一
「和彦、それで、おまえは未だ働くつもりはないのか」
隣を歩きながら、叔父が言った。
さしているビニール傘が小さく、叔父の喪服の肩は雨に濡れていた。
線香の香りが漂っている。今日は和彦の父親の三回忌の法要なのだった。
すでに参列者は大概帰り、残っているのは和彦と叔父の二人である。
「何年ニートしてるつもりだ」
「いやだなあ叔父さん、高等遊民と言ってください」
微笑というよりヘラヘラとした笑い顔で、和彦は答えた。
「あほか」
亡くなった和彦の父親の兄であるこの叔父は、どうにも真面目な話が通じない甥の扱いに困った。
それでも和彦は、この叔父の話ならば多少は聞いた。それ以外の、和彦の親も含めた大抵の者が、このヘラヘラ顔の若者を従わせたり、諭したりできなかった。
かといって和彦は堕落していたわけではなく、大学にもいった。つまりはマイペースなのである。
「おまえのお母さんが亡くなって、もう何年だったかな。この前、お父さんまで死んでしまって、お前は一人になっちまった」
「そうですね」
「それでおまえは、一人でどうやって食っていくつもりなんだ。もう養ってくれる人はいないんだぞ」
「まあ、お父さんはちょっとお金を残してくれましたから、切り詰めて生活をしていれば、俺が死ぬまでは全然生きていけます」
叔父は呆れた。社会的地位のわりには下らないセレブ嗜好がないから、こんな小さなビニール傘をさしていても平気なこの叔父でさえ、和彦の考え方はまったく理解ができない。
「そりゃ独りでならなんとかなるだろ。だけど結婚とかどうするんだ」
「お金がないのだから、しないんでしょうねえ」
それを聞いて叔父はイライラしてくる。
寺の山門を出て、二人は線路沿いの道を駅に向かって歩いた。京浜東北線やら東海道線が走っていく。
「いいか、人生には何があるか分からない。突然アメリカに行ってみたくなるかもしれない。好きな女ができて、一緒になりたいと思うような僥倖があるかもしれない。そのときにとれる選択肢を狭めておく必要はないと思うんだ、俺は」
「はあ」
「それでだ。ある独立行政法人に俺の知り合いがいてな」
「天下ってるんですね。叔父さんは官僚だから、その知り合いの方も元官僚なんでしょう」
「いいんだよ、そんなことは。そいつに聞いたら、うちで面倒みるよと言ってるんだ。おまえ、そこで働け」
「えー、これでも僕は働いていて忙しいんですよ」
「自宅警備だろ」
「…………」
先に言われてしまった。
生活に苦労したことのない和彦は、もちろんアルバイトなどしたこともないし、人々が仕事をするといって会社に行って、そこで具体的になにをしているのかも分からない。
働くのは楽しいという話はあまり聞かないので、叔父に職を斡旋してもらっても少しも嬉しくない。これから命が尽きるまで、つつましく仙人のように生きていこうとしていた和彦にとっては、迷惑な話である。
しかし、突然亡くなった父親の葬式やこの三回忌も、喪主は和彦ということになっていたが、金銭的なことを含め、すべて叔父の仕切りで行った。今年二十三歳の和彦一人にできるはずはない。叔父夫妻には子供がおらず、和彦は小さい頃から叔父に可愛がられたから、一人になってしまった和彦に、叔父は当たり前のように手を差し伸べた。
というわけで、別に人間として腐っているわけではない和彦は「面倒くさいなあ」と思いつつも、叔父の勧めに従い、その独立行政法人へ面接へ行くことにしたのである。