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猛虎奮迅-呂布伝-  作者: Hirotsugu Ko
第二部・曹操との死闘編
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最終話

 その時、果敢に城内へ攻め入ってきた曹操が、背後から怒鳴り声をあげた。

「夏侯惇…こんな所で、もたもたしている場合ではないぞ。一刻も早く、呂布を探し出せ」

「面目ない」

 夏侯惇は、そう言うと、さらに深く城内へと侵入していったのであった。

「さあ、余も探すとするか」

 曹操が、そう言って、その場を立ち去ろうとした時、ふいに何者かに呼び止められたのだった。

「そこにいるのは、曹操か!」

 その声を聞いた彼は、声のする方を鋭く睨みつけ、

「陳宮…」

 その男が憎悪の対象であることを確認すると、鬼のような形相で彼に接近していった。

「貴様の首は、ここではねてやる」

「それは、こちらのセリフだ」

 こうして、陳宮と曹操の激しい斬り合いが始まった。

「この下衆が…お前のような悪魔に、この国を任せられるか」

「ぬうう…貴様こそ、この時代を、ただ翻弄させているだけの愚人ではないか」

 その斬り合いは、まさに己の信念と憎悪が交錯するものとなり、類を見ないような泥仕合と化した。そして、彼らは長きに渡って斬り結んだが、徐々に曹操が彼を圧倒し始め、ついに陳宮は彼の一撃を食らったのだった。

「うっ…むむう…」

 陳宮は、痛みを堪えながら、曹操を睨みつけた。

「この世は決して、お前のものにはならん…この先、お前の浅ましき野望の前に志ある者が必ず立ちはだかるだろう…」

 彼は、そう言い残すと、自らの首をかき切って果てたのであった。

「志ある者だと…我が野望は、誰にも邪魔はさせんぞ」

 そう言うと、曹操は、不快そうな顔をして、その場から去ったのだった。しかし、先の話となるが、その後、曹操の前に立ちはだかる強大なライバルが現れ、曹操は彼と長期に渡って死闘を繰り返す運命となる。その漢こそ、曹操の傍らで、その優れた為政者から必死に学び、民から慕われる名君を目指していた劉備であった。


 その頃、大広間では、玉座に座っていた呂布の前に、魏続と宋憲が殺意を持って立ちはだかっていた。

「まさか、お主らが曹操のスパイだったとは、思わなかった…」

 突然の味方の裏切りに、呂布は眉間にしわを寄せた。

「ふっふっふ…目が見えなくなっては、どうすることもできまい」

「呂布よ…その首は、もらったぞ」

 魏続と宋憲は、そう言って、腰に携えていた刀を抜いた。すると、

「愚か者めが…目など見えなくても、お前らぐらいなら、俺の相手ではない」

 彼は、すっと立ち上がり、刀を構えたのだった。

「ほざけ…俺たちをなめるにもほどがある」

「死ね…呂布!」

 魏続と宋憲は、そう言い放つと、同時に彼へ仕掛けた。

「ザコが…出来過ぎたことをするな!」

 呂布は、そう雄叫びをあげると、斬りかかってきた魏続と宋憲を一気に真っ二つにしてしまったのであった。

「たわいもない…」

 彼は、そう言って、刀の先についた血を振り払った…


 その頃、南陽の地では、ひどい大雨に見舞われていた。そんな中、貂蝉は、その身を天の嘆きで濡らしながら、ある方角に向かって静かに立ち尽くしていた。

「伯母上…こんな所にいたら、風邪をひくぞ」

 それを見つけた張繍が声をかけると、ふいに彼女の眼からあふれんばかりの涙がこぼれたのだった。

「今日ほど、この冬の雨が冷たく感じなかったことはありません…武を極め貫くあの方ゆえ、前々より覚悟はしていたが、この刹那においては体が乱れて壊れ、全てが無に帰する思いをするものなのですね」

 その言葉に、彼は返す言葉なしと言わんばかりに俯いてしまった。その気遣いを嬉しく思いながら、

「今思えば、私たちは常にすれ違いの連続でしたね」

 尻目にそう漏らすと、

「でも、私はあなたと同じ時代に生まれて、とても幸せ者でした…」

 今生の別れを悟った彼女は、旅立つ彼を不安にさせまいと、その方角に向かって穏やかに微笑んで見せた。それは、気丈さをもって、彼に対する思いと感謝の気持ちを慎ましく伝えるようであった。


 下邳城内の攻防は、さらに激しさを増して、みるみるうちに両軍の死体が辺りを覆いつくしていった。そんな凄惨な修羅地獄と化した舞台で、

「呂布よ…貴様の首は、誰にもやらぬぞ」

 ついに城内へ侵入を果たした鮑信と管亥は、眼に血を滾らせながら、必死になって長年の宿敵を探した。そこへ、

「どけえ…邪魔だてするな」

 同じくそこへ果敢に踊り込んだ曹操軍きっての猛者・許褚と典韋が、次々と襲いかかってくる城兵を斬り伏せながら、着実に歩みを進めていった。その勇姿を見た曹操軍の兵士たちは、残った力を振り絞り、懸命に食らいたのだった。だが、呂布軍の兵士たちとて、負けてたまるかと言わんばかりに、必死に応戦した。ある者は、主君呂布のために、またある者は己のために、そして、自らの家族のために…

 彼らは分かっていたのだ…

 この戦いで勝負が決まってしまうことを…

 自分たちの運命が決まることを…

 彼らは、様々な想いを胸に、その身を切り刻まれながら倒れていったのだった。

 一方、既に城内へ深く潜入し、死闘を繰り広げていた徐晃は、

「他の者の手にかかっては、あまりにも不憫…貴殿の最期は、この徐晃が看取らせて頂く」

 目に映る隅々へ気を配りながら、懸命に城内を駆け回った。それは、まさに武士として、ただひたすらに信念を貫こうとする漢の姿であった。そんな彼をよそに、新たに援軍として駆けつけた劉備たちも力の限りを尽くして、この修羅場に臨んでいた。

「私を恨んでくれ、下邳の民たちよ。全ては、この玄徳の不徳が至らしたこと」

 この地の前の統治者であった劉備は、無念極まりない思いを感じながらも、今自分が成すべきことを冷静に判断し、それを着実にこなしていった。

「だが、私は誓うぞ。二度と、このような理不尽な戦いが起きぬよう、身命を賭して、この国を復興させてみせる…必ずだ…」

 すると、文弱の身でありながら、この戦いに自ら志願した陳登が、その彼の想いを聞いて、ふいに穏やかな顔をした。そして、

「お頼み申すぞ、劉備どの…」

 と、口にするや否や、持っていた武器を捨てて大きく万歳し、その身を敵兵たちの無数の槍で貫かせたのであった。

「陳登!」

 それを目の当たりにした劉備は、思わず大声を張り上げた。

「私の役目は、終わった…それゆえ、僅かながらでも、せめて下邳の民たちの無念を晴らしてやりたく思った次第…」

 その言葉に、

「それでは、貴殿は始めから死ぬつもりであったのか」

 思わず、劉備が問うと、

「異端児とて、故郷を思う気持ちはある…ここで、最期を迎えることができ、ほっとしました…」

 そう言い残して、彼は祖国の地へと還っていったのだった。その様に、

「貴殿たちの尊い犠牲は、絶対に無駄にはせぬ」

 劉備は、血が滲むほどに歯を食いしばった。と、その時、

「兄者…弟の姿が、見当たらんぞ」

 張飛の姿を見失ってしまった関羽が、大きく声を上げた。それを聞いた彼は、

「何だと…どこへ行った、張飛!」

 共に志を誓い合った義弟の安否を気遣いながらも、漢の本懐を遂げるために戦い続けたのだった。


「騒ぎの声が、さらに大きくなっている…どうやら、城門を突破され、この城内にまで敵兵たちを侵入させてしまったようだな。もはや、彼らがここへ、たどり着くのも時間の問題…」

 呂布は、左手に巻き付けた数珠をなで、

「釈尊よ…死んでいった友たちよ…愛すべき、仲間たちよ…最後まで、武士として、漢として…この俺を、俺らしく散らしてくれ…」

 と、大きくため息をつき、

「ここが、俺の墓標だ…」

 仁王立ちをして、侵入して来る敵を待ったのだった。と、その時、一人の武人が、この大広間へたどり着き、大声で彼を呼んだのであった。


「見つけたぞ…呂布!」

 張飛は、呂布を見つけるやいなや、割れんばかりの大声をあげた。

「なんと、張飛が現れたか…まさに、何かの因縁のようだな」

 彼は、懐かしさを感じながら、そう言葉にした。すると、張飛は、ふいに心配そうな顔をして、こう尋ねてきたのだった。

「おい…目が見えなくなったと言うのは、本当なのか」

「ああ…この通り、もはや何も見えない状態だ」

 呂布は、おぼつかない足取りで、声のする方へと歩み寄っていった。その様子を見た張飛は、一息をついて、こう言い放った。

「友として忠告する…今すぐ、降伏しろ」

 それを聞いた彼は、ぴたりと動きを止めると、

「ふっ…この期に及んで降伏などする気はない…俺は、ここを死に場所とするつもりだ」

 静かに刀を構えた。

「待て…俺は、心渡り合えた友を斬りたくはない。頼むから、俺の忠告を聞いてくれ」

 しかし、呂布はニコリと笑って、こう答えた。

「張飛よ…お主が俺を友と思うなら、この俺を斬れ…俺は、戦いの中でしか生きられぬ武骨者ゆえ、戦場で役に立たなくなったとあれば、これ以上生きていく望みはないのだからな」

 だが、その言葉に、張飛は顔をしかめると、

「仏教には、“中道”と言う言葉があると聞いている…現状を見て、妥協を選択する余地はないのか?」

 思わず問うた。そして、

「確かに俺は、仏教を信ずる身…しかし、その仏教に身を捧げ、それに心酔することは極に至ることになり…すなわち、それは“中道”の精神に反すると俺は考える」

「ならば、己の思う“中道”とは如何に?」

 続けると、

「その結論は至極難儀だが、答えは自身で出すしかないだろうと思っている…その時においての正解は、その時でしか生まれないものだからな」

「では、今のお前の答えは?」

「まずは、自我を見失わないことだ…この世の万物に、如何なる尊さがあれど、他力本願であってはならない…己に軸を持ち、それが信ずるに値するものであるならば、それを全うするべきであろう」

「呂布…」

 その言葉に彼は、眉をひそめた。そして、しばらくの間、呂布を見つめると、何かを決心したかの如く、腰に携えていた刀を引き抜いたのだった。

「やはり、お前は心を分かち合えた友だ。俺も同じ立場なら、そう言ったであろう…俺は、お前と仲良くなれて、本当に幸せ者だぜ」

 彼は、目を細めながら、ゆっくりと刀を構えた。

「言っておくが、ただでは死なんぞ。俺は、最期まで全力を尽くすつもりだ。心して、かかって来い」

「百も承知だぜ」

 二人は、そう言うと、呼吸を整えながら間合いを取り、鋭く睨み合ったのだった。

「さすが、天下に名を馳せた漢だ…あんな状態になっても、全く隙が無い」

 張飛は、その静寂の中で、思わずごくりと生唾を飲んだ。と、同時に、彼を斬ることに躊躇する感情を覚えた。

「できるなら…」

 彼は、そう言いかけたが、その迷いに対して、ぐっと歯を食いしばり、

「ためらうな…武士として生きてきた漢の誇りを傷つけることこそ、奴にとって人生最大の屈辱でしかないのだぞ」

 こみ上げてくる感情を必死に抑えながら、自分へ言い聞かせた。そして、

「それに、あれほどの豪傑の息の根を止めることができるのは、この世において俺以外にはおるまい」

 脳裏の中で言い放つと、かっと目を光らせた。と、次の瞬間、二人は、覚悟を決めたかのように、一斉に言葉を発したのだった。

「いざ…」

「勝負!」

 呂布と張飛が互いにそう発した瞬間、二人は大きくジャンプをして、渾身の力で刀を振り下ろしたのであった。そして、お互いが大地に足をつけて振り向いた時、呂布は全身を朱に染めながら声を上げたのだった。

「ぐはあ!」

 呂布は、よろめきながら、血をしたたらせ、

「さすが、俺が認めた武人だ…」

 ニヤリと笑った。そして、

「最後まで付き合ってくれて感謝するぞ、張飛よ…お前は、お前の道を絶対に貫くのだ。あの世で、しっかりと見届けているからな」

 どさりと倒れて息を引き取ったのだった。彼の波乱に満ちた人生は、時代がそうさせたとは言え、常に命の取り合いであり、生と死の隣りあわせの中で生きると言う、まことに荒んだものであった。だが、彼はそんな人生に対して呪う気持ちなど、微塵もなかった。武人として生まれ、武人として散っていくことに誇りを持っていたからである。

「呂布…いや、友よ…」

 張飛は、血の滴る刀を無造作に投げ捨てると、体を震わせながら、その亡骸へと歩み寄った。

「お前は…お前は、真の武人だったぜ…どんな奴よりも、どんな昔の偉人たちよりも遥かにケタ違いのな…」

 そして、友の傍にたどり着くと、彼は静かに、その場でしゃがみこんだ。そこで、大きく頭を垂れると、

「お前のことは、一生忘れないぞ。俺は、必ずいっぱしの漢になってみせる…」

 大粒の涙を流しながら、そう誓ったのだった。


 時は、西暦198年、建安3年の寒い冬の日、呂布軍は、チラチラと舞い降りる粉雪と共にはかなく散ったのであった。そして、強大なライバルを破った曹操は、その勢いに乗じて中原の覇者への道をひたすらつき進むことになる。しかし、前述したように、曹操は漢の全土を掌握することはできなかった。その後、この国では、三国鼎立の時代へと移っていくのだから…


 呂布の死の知らせは、献帝のもとにも届いた。その知らせを聞いた彼は、体を震わせながら、思わず天を仰いだのだった。

「呂布よ…お前ほどの義に厚い豪傑が、何故死ななければならなかったのだ…」

 彼は、そう言って、静かに目を閉じた。

「本当に、惜しいお方を亡くしましたな」

 横で控えていた伏完は、眉をひそめながら、そう言葉を添えた。すると、献帝は、ふいにハラハラと涙を流したのだった。

「お前のことは、決して忘れはせぬぞ…決して…」

「陛下…」

 彼の胸中を察した伏完は、静かに項垂れ、

「陛下にとって、彼は心許せる友…なんと、おいたわしいことだ」

 その重い空気から逃れるべく、ふいに外の景色へと目を移した。と、その時、ある光景が彼の目に飛び込んできたのだった。

「あれは…」

 その瞬間、彼は大きく息を飲んだが、何かを悟ったかのように心を落ち着け、呼吸のリズムを整えると、ふいに優しい笑みとなった。その様子に、献帝が怪訝そうな表情をして見つめると、

「今日は、本当に良い天気でございますな…彼は、天国へ行っても、愛馬・赤兎馬にまたがって、あの大空を駆けていることでしょう…」

 そう彼は、ゆっくりとこぼした。それを聞いた若き皇帝は、すぐさまかっと目を見開き、伏完が見つめる先へとすばやく目を合わせたのだった。すると、馬にまたがった武者のような形をした雲が、ゆったりと気持ちよさそうに浮かんでいたのであった。

「りょ…呂布…」

 彼は、思わずそう言葉をこぼした。すると、次第に落ち着きを取り戻し、穏やかな表情となったのであった。

「そうじゃな…」

 彼は、その雲をじっと見つめながら、こう続けた。

「よくぞ、苦難の道を乗り越え、最後の最後まで戦い抜いた。お主の働き、誠に大義である。あとは、ゆっくりと、その体を休めよ!」

 献帝は、いつまでも名残惜しむかのように、その雲が消えていくまで、ただじっと見続けていたのであった…


~完~

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