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猛虎奮迅-呂布伝-  作者: Hirotsugu Ko
第二部・曹操との死闘編
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第41話

 その頃、南陽の張繍に仕える賈詡は、大いに悩んでいた…

「曹操の勢いは、日を追うごとに増すばかり…このままでは、再び我が軍の領地を狙われる恐れがある」

 彼女は、そう漏らすと、部屋の窓から静かに外の景色を眺めた。曹操は、兗州と豫州のほぼ全土を版図とすると、洛陽以西の地である司隷の攻略にも着手した。ちなみに、司隷の主要都市には、洛陽や長安の他に、河内、河東、弘農、富平、高陵、槐里などが挙げられる。曹操は、その全域を手中に治めると、北方の遊牧民族である匈奴や周辺の諸侯に対して目を光らせるため、鍾繇、張既、伍習らの将を長安に駐留させ、西の守りを十分に固めた。献帝を擁し、中央の三州を統治するまでに至った曹操の勢力は絶大であり、もはや彼と対抗できる者は、現時点において、河北の袁紹か荊州の劉表ぐらいであると言われるほどだった。

「先の籠城戦では、わらわの機転で撃退することはできたが、本腰で攻められると我が軍は、まるで歯が立たないであろう」

 実は、少し前に、曹操は南陽の地を我が領土にしようと、兵を向けたのだった。その時、彼は、偽撃転殺の計を用いて、一時的に城門の突破に成功したのだが、彼女はそれを逆手にとって、虚誘掩殺の計にて誘い込み、辛くも彼らを撃退していたのであった。

「我が一族を守るためには、これからどうすれば良いのかしら」

 と、そんな時、彼女の前に、ある斥候が現れた。

「なんと…曹操軍が、沛城を陥落させたですと」

 それを聞いた彼女は、愕然とし、

「仮に、呂布様の軍勢が滅ぼされるようなことがあれば、それこそ次は、わらわの地が狙われかねない」

 表情を険しくさせた。そして、

「今の時点で、曹操の所領に隣接する有力な諸侯は、呂布様を除いて、もはや袁術のみ…彼とて、その危機を大いに感じていることであろう」

 そう考えを巡らせて、

「曹操軍も、呂布様と交戦中であれば、中央は手薄であろう。この機に、袁術と共同作戦を取って攻め上がり、陛下を我らの手中におさめれば、まだ巻き返しのチャンスはあるはず…かくなる上は、我が殿や劉表様に上奏し、曹操軍との決戦を促すしかない」

 結論づけたのだった。


「なるほど…確かにそうだが、我らが挙兵することは、呂布軍にとってみれば、とても都合の良い話だ。さては、呂布を助けようと言う魂胆もあるのではないのか?」

 賈詡の話に、張繍は、ニヤニヤした。と、言うのも、彼女は、日頃から呂布の人格と武勇を称え、彼を思う詩を数多く詠んでいたからであった。

「何を言われますか…わらわは、我が一族を思って、献策しているのですよ」

 彼女が顔を赤くしてムキになると、彼は、

「ははは…冗談だ」

 と、謝り、

「すぐに、劉表様へ上奏するとしよう」

 使いの者を呼んで、劉表のもとへ走らせたのだった。


 その後、その献策に対して劉表が承諾すると、張繍は賈詡に命じて、袁術のもとへ遣わしたのであった…

「やはり、来たか…どうやら、向こうもだいぶ切羽詰っているようじゃな」

 袁術は、賈詡の到来の知らせを受けると、すぐに彼女と対面した。

「お目通りさせて頂き、感謝致します」

 彼女は、そうお辞儀すると、

「我らも、信頼のできる同志が必要だと思っていたところじゃ。曹操と対抗するために、喜んで手を組もうではないか」

 彼は、すぐに核心をついて、話をしてきた。

「お察しであられましたか」

「曹操が、呂布を潰すことに囚われている隙を狙う手はない…中央へ強襲するなら、今じゃろう」

 それを聞いた彼女は、

「現在、劉表様も我が殿も、着々と戦の準備を進めております。わらわが戻り次第、挙兵することでしょう」

「心強いこと、この上ない…我が軍も、すぐに出撃を致す」

 袁術と密約を取り付けて、南陽へと戻っていったのだった。


 こうして、生き残りを賭け、曹操との一戦を決意した袁術は、自らが軍勢を率いて、寿春より出撃したのであった。そして、手始めとして、中央進出の途上にある譙の要害を落とすべく行軍し、汝陰周辺に差しかかったのだった。

「紀霊よ…譙の城より、打って出てきた曹操軍の陣容は、どうなっておる?」

 袁術は、馬の歩みを進めながら、紀霊に問うた。

「北方より胡軫・趙岑が率いる部隊、西方より孔伷・喬瑁が率いる部隊の二つとなります」

「そうか…ならば、我が軍も二つに割って、それぞれに当たるとするか」

 と、彼は、言うと、

「孫策どの…お主は、北から向かってくる胡軫・趙岑軍に当たってくれ。余は、このまま西へ進み、孔伷・喬瑁を始末する」

「承知致しました」

 客将の孫策に、そう命令を下したのだった。


 そして、決戦の火蓋は、切って落とされたのであった…

 北方より迎撃してきた胡軫は、孫策の部隊を見つけるやいなや、猛然と襲いかかった。

「曹操様に刃向う輩は、片っ端から始末してくれる」

 彼が、そう言い放ちながら、奮闘していると、

「そこにいるのは、華雄の手下だった胡軫か…上司は、我が父にあっさりと斬られて戦に負けるは、曹操に媚を売るはで、てんで良いところがないな」

 その場に駆けつけた孫策が、すぐに彼を挑発した。それに対して、胡軫は、

「このクソガキが、人を愚弄するにもほどがある」

 いきり立ちながら彼に迫ったが、

「お前も同じ運命よ」

 孫策の二刀流の前に、一瞬でその身を切り刻まれ、はかなく散ったのであった。

「ぬう…おのれ!」

 それを目の当たりにした同じく元華雄の部下の趙岑は、刀を振りかざして彼に突撃した。それに対して、孫策は、怯むことなく馬の腹を蹴って、同じように突撃したため、両者は一撃を放ちながら、猛スピードですれ違ったのだった。すると、趙岑の首は、宙をさまよって落下し、残された胴体は手綱をしっかりと握りながら、自身の乗っていた馬をあらぬ方向へと導いていったのであった。

「ははは…我が孫家の豪勇を前に、勝る者はなし」

 孫策は、そう大きく笑いながら、胡軫らの軍勢を、あっという間に殲滅させたのだった。と、その頃、袁術軍の本隊は、孔伷らの部隊と激戦を繰り広げていた。その最中で、

「曹操との覇権争いに敗れて降伏した諸侯崩れの孔伷、喬瑁ごときに、我が軍が負けるわけがない…徹底的に思い知らせてやれ」

 袁術は、大声を張り上げながら、周囲の味方を鼓舞して回り、

「このまま、むざむざと曹操に天下を渡すわけにいくか」

 紀霊は、鬼神のごとく奮戦して、迫りくる兵士たちを一方的になぎ倒していった。

「おのれ、この孔伷と喬瑁が相手だ」

 それを見た孔伷と喬瑁の二人は、果敢に躍り出て、彼に勝負を挑んだ。だが、紀霊は、二人がかりの攻撃をもろともせず、逆に彼らを瞬殺したのだった。

「おお…紀霊が、一瞬で奴らを斬ったぞ」

 袁術は、そうこぼすと、

「さあ、あとは、ザコどもだけだ。皆殺しにしてしまえ」

 命令を発して、孔伷らの軍勢を壊滅させたのであった。


 その後、袁術軍は、譙の要害を落とすことに成功し、自軍の士気を大いに高めたのであった。だが、この時、彼らのもとによからぬ知らせが届いた。

「何…劉表が、約束を反故して、出兵をしぶっただと」

 思いがけないことに、袁術は、思わず困惑した…

 無論、密約を結び、意気揚々と南陽へ戻ってきた賈詡本人が、その話を聞いて愕然としたのは言うまでもない…しかも、呂布に好意を寄せる彼女に対して、私心で国の兵を動かそうとしたと、責任をなすりつけてきたものだから、たまったものではなかった…

「土壇場になって、劉表様が出兵中止の命令を出し、静観するようにと通達してきた」

「それは、劉表様が袁術様を捨て駒にしようと企み、戦局を見て最終的な決断を下そうと考えていたと言うことなのですか。しかも、この私に恥をかかせた挙句、その責任までを押し付けるなんて」

 張繍の話に感情的になった賈詡は、怒りを撒き散らした。

「いや…最近、この近辺に黄巾賊の残党が頻繁に出没するようになったそうだ。しかも、それらを率いている賊将が、劉僻、龔都、何儀、黄邵と前戦においても名を残した手練れたち故、厳重に守りを固めよとのことだ」

 この時期、汝南・潁川において、彼らのゲリラ的な反乱活動を横行しており、官軍と幾度となく衝突を繰り返していたのは事実なのだが、

「何を言われますか…私がここを発ち、ここに戻るまでの間、賊の輩などは一人も見かけませんでしたよ。それに、こちらにも雷叙、張先などの猛者たちがおりますし、私の知略もあります…賊ごときに遅れを取るようなことはございません」

 構うことなく彼女は猛然と反論した。だが、

「伯母上…通達では、我が軍を混乱させた罰により、謹慎せよとのことです。ここは、何卒お引き下がりくだされ」

 彼が、そう口にすると、

「なんて、先見の明のない人ね…劉表も、この先どうなるか、わかったものじゃないわ」

 彼女は、ヒステリーを起こしながらも、謹慎の命令に渋々と従ったのであった。

「わしは、わかっておるぞ。あなたは、例え、呂布を好いていようとも公私混同をするような人間ではないと…だが、これは、長官の命令ゆえ、従わねばならぬ」

 張繍は、静かに目を閉じて、深くため息をついたのだった…

「おのれ、あの女狐め…よくも計ってくれたな!」

 袁術は、歯ぎしりをしたが、

「だが、もはや後には引けぬ…こうなったら、我が軍だけで、首都を占拠し、陛下を掌握してみせようぞ」

 そう口にすると、譙に腰を落ち着けることなく、さっさと中央への進軍を開始したのであった。


 一方、曹操は、徐州を攻略せんと沛城に正規軍を集結させていたため、譙が陥落した報をそこで受けたのだった。

「呂布の首を取る準備がやっと整ったと言うのに、ここにきて自軍を割かなければならないとは…」

 曹操は、苦々しく思ったが、

「だが、どの道、袁術軍も打倒せねばならない勢力…攻略する順序が変わったと思えば、良いだけかもしれん」

 そう考え直すと、

「早急に、玄徳を呼んで参れ」

 現時点でもっとも信頼できる漢を連れて来るよう、部下に命じた。劉備は、彼の下に降ってから、まだ間もない身であったが、既に絶大なる信頼を獲得していたのである。まさに、中国史上における仁徳の鏡、そのものであった。

「劉備どの…別働隊として、我が領内に侵入してきた袁術軍を迎撃してもらえぬだろうか。我らは、徐州攻略の計画を進めるため、現地へ向けて進軍するが、貴殿も袁術軍を一掃したら、ただちに我が軍へ合流して頂きたい」

 その彼の期待を骨身に感じた劉備は、大きく頷くと、こう勇ましく応えた。

「承知しました…必ずや、袁術軍を壊滅させてまいりましょう」

「うむ。頼むぞ」

 こうして、劉備は、関羽と張飛を伴って、袁術軍への迎撃に向かったのであった。


「殿…間者の知らせによれば、徐州攻略へ向かった正規軍の一部が、我が軍に向かっているとのことです。その軍の将は、劉備とのこと」

 紀霊の報告を受けた袁術は、

「許昌まで、あと一歩と言うところで、やって来おったか」

 表情を歪ませた。

「如何致しましょう」

「うむ。奴らをここで食い止めるしかないが…」

 袁術は、そう言いかけたが、

「しかし、現時点では、許昌は少数の城兵しか残っていない…別働隊を作ってでも、早めに都を落とした方が良いかもしれん。それに、相手が劉備なら、先の戦いで難なく打ち負かした経験があるからな」

 と、計算した。こうして、彼は、孫策を呼び寄せ、別働隊として許昌へ向かわせたのだった。そして、

「さあ、我らは、ここで迎え撃つぞ…今度こそ、劉備の首を召し取るのだ」

 そう発して、劉備軍との決戦に臨んだのであった。


 袁術と劉備の戦いは、まさに死闘となり、一進一退の攻防となった…

「前の戦いで、彼の采配の癖は、十分把握できている。同じ相手に、二度も負けるわけにはいかない」

 劉備は、袁術の逆手を取りながら、じわりじわりと自軍を優位な戦局へといざなっていった。

「以前に比べて、さらに手ごわい采配をやりおる…奴の才能は、まだ発展途上だとでも言うのか」

 戦況を見ながら、彼は、そう苦虫を噛み潰した。その最中、

「良いか、何としてでも、ここは死守するのだ…許昌が落ちるまでの辛抱だぞ」

 紀霊は、味方を奮い立たせながら、縦横無尽に暴れ回っていると、

「そこにいるのは、紀霊か…俺と勝負しろ」

 ふいに劉備の義弟である張飛が、そう吠えたのだった。

「若僧が…返り討ちにしてやるわい」

 紀霊は、その決闘の申し出を受け、彼と激しい一騎打ちを繰り広げたのであった。だが、ケタ違いの武勇を誇る張飛を前に、次第に劣勢となり、最期は彼の持つ蛇矛の餌食となってしまったのだった。

「紀霊は、この張飛が討ち取ったぞ」

 軍神・紀霊の敗死をきっかけに袁術軍は、士気を著しく低下させ、みるみるうちに将兵たちが倒されていった。そして、とうとう彼らは、完全に取り囲まれてしまい、四方八方から猛攻を受けるハメとなったのであった。

「もはや、これまで…」

 袁術は、乱戦の最中、自らの首をかききって、自決したのだった。そして、その知らせは、孫策のもとにも届いた。

「袁術どのが自決されただと…もはや勝負にならん」

 果断な孫策は、すぐに戦線の離脱を決意した。そして、曹操軍の猛追に遭いながらも、辛くも逃げ切り、揚州の地へと落ち延びていったのだった。こうして、曹操の領土周辺に蔓延る小規模な諸侯たちは、呂布を除いて、ことごとく駆逐されたのであった…

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