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猛虎奮迅-呂布伝-  作者: Hirotsugu Ko
第二部・曹操との死闘編
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第40話

 呂布自身が、すぐに沛城の援軍へ行けなかったのには理由があった。沛城が狙われた時、彼は本拠地である徐州本城に居なかったからである。と、言うのも、泰山を含む山々の麓を沿って曹操軍が、徐州北部の領内へ侵入してきたからであった。

「徐州は、陶謙の死後、劉備、呂布へと君主がコロコロ変わって不安定となっている。この機を逃してはならない」

 曹操の命を受けて10万の兵を率いた棗祗は、本丸である徐州城より北に位置する周辺の要害に狙いを定め、その一つである剡城に迫ったのだった。

「まさか、こんなところまで敵が回り込んでくるとは」

 剡城を守っていた陳群は、思わず天を仰いだ。そして、

「屈強の兵士たちは、本丸の徐州城と前線である沛城へ集結している。ここにいる老人兵だけでは、とても防ぐことはできない」

 そう判断した彼は、無念の涙を飲む思いで棗祗軍の軍門に降ったのであった。これに勢いづいた棗祗軍は、さらに北上し、開陽城へ圧力をかけると、その城主である蕭建も同様に無血開城をしてしまったのだった。

「あとは、曹仁様の軍勢が出発し、沛城を落とせば、徐州を四方八方から総攻撃を加えることができる」

 棗祗は、そう口にすると、自軍を剡城へ駐留させ、軍隊の調練を毎日欠かすことなく行い、来るべき日に備えたのであった。

「未だ徐州の旧臣たちの心を掴めていなかったか」

 徐州城にて、その想定外の知らせを耳にした呂布は、深くため息をついた。だが、

「このまま、途方に暮れていても仕方がない…剡と開陽を取り戻すぞ」

 すぐに出征の準備を済ませると、高順と張遼、臧覇を残し、二城を奪還するべく進発したのであった。そのため、彼は、援軍の要請をするために徐州へ走った王楷の早馬と出くわすことができなかったのだった。


「敵は、曹操軍で随一と謳われる名将・棗祗…油断ならぬ相手ですぞ」

 参軍として同行する陳宮の声に、

「案ずるな…棗祗ごときに遅れは取らぬ」

 呂布は、表情を険しくし、

「ここで、曹操が頼みとする名将を討ち、二城を奪い返せば、敵に対して大きな衝撃を与えることができるであろう…この戦、絶対に負ける訳にはいかぬ」

 赤兎馬の腹を蹴って、先を急ごうとしたが、

「このたびの戦は、沂河を隔てての合戦となりましょう。ならば、それがしを上流へ向かわせて頂きたく存じます」

「むう…何か策を思いついたのか」

 その言葉に、立ち止まって聞き返した。そして、

「地の利を生かし、大軍を破りましょう」

 陳宮は、そう言うと、自身の考えを打ち明けたのだった。すると、

「わかった…ならば、その作戦でいくとするか」

 呂布は、その献策を取り上げ、陳宮の一軍を密かに上流へ向かわせ、自らはゆっくりと本隊を率いて剡城を目指したのであった。


 一方、呂布軍の動向を察知した棗祗は、剡に陳群、満寵と名乗る二将を、開陽には蕭建、任峻の二将を残し、自らは10万の大軍を率いて、迎撃に向かった。

「敵は、南北を流れる沂河の西岸を北上し、剡城を狙っております。総大将は呂布、軍師に陳宮、そして、成廉、魏越、薛蘭、李封、昌豨と諸将が名を連ねています」

 棗祗軍に従軍していた韓浩が報告すると、

「ならば、我らは東岸まで兵を進め、陣を構えるとするか」

 棗祗は、剡城から少し離れた西方の地に流れる沂河を目指した。そして、目的地に達すると、

「どうやら、敵はまだ到着しておらぬようだな。奴らがやって来ないうちに、土塁を積み上げ、柵を張りめぐらせよ」

 下知を出し、東岸に陣を築いたのであった。


 そして、呂布軍は、数十日経ってから、ようやく姿を現したのだった。

「いやに遅い進軍だったな。待ちくたびれて、欠伸が出そうだ」

 敵の軍勢を確認した棗祗が、そう口にすると、

「よもや焦らし戦法かもしれませんな」

 韓浩は、薄笑いをしながら答えた。

「幼稚だな…猛将と誉れ高き呂布もたかが知れている」

 棗祗は、そう言って、顎ひげをいじると、

「そんな悪ふざけに乗る必要などない…我らは、東岸にて敵の出方を伺い、機を見て打ち破るまでだ」

 部下たちに陣地から離れぬよう、命令したのだった。

「敵は、貝のように陣中に閉じこもっております。こちらから先制攻撃を仕掛けてみては、どうでしょう?」

 西岸に到達した魏越が、そう話すと、

「うむ。河の水も干上がっているゆえ、船を使う必要もないからな」

 呂布は、そう口にし、

「全軍、攻撃を開始だ!」

 と、号令を発し、東岸の陣へ向かったのであった。

「棗祗どの…敵がこちらに向かっておりますぞ」

「よし…弓矢隊に指示を出せ」

 その報告に棗祗は、射撃部隊に構えさせ、

「放て!」

 迫ってくる呂布軍に矢を浴びせた。それに対し、

「怯むな…にわかに作った陣など、粉々にしてしまえ」

 呂布は大きく言い放って、応射させた。

「敵は少数なれど、なかなかやるものだな」

 棗祗は、そう呟き、討って出るよう下知を出して、味方の兵士たちに呂布軍を襲わせると、

「そうこなくちゃな」

 呂布は、棗祗軍を相手に方天画戟を乱舞させた。そして、当たると幸いと言わんばかりに、彼らを次々となぎ倒していった。

「それがしが相手だ」

 韓浩は、果敢に呂布へ槍を突き出したが、

「甘い!」

 簡単に払いのけられ、

「俺の敵ではない」

 数合も交えぬうちに槍をはじかれたのであった。

「とてもかなわん」

 韓浩は、捨てゼリフを吐きながら、その場から逃走すると、

「もっと骨のある奴はおらんのか」

 勢いに乗った呂布は、さらに奥深く突き進んで、棗祗軍に血の雨を降らせたのだった。

「数でねじ伏せろ…奴を取り囲んで、一斉に攻撃するのだ」

 棗祗の指示に、兵士たちが彼を何重にも包囲しようとしたが、

「拙者らを忘れてもらっては困るな」

「我らの武勇を侮るなよ」

 成廉、魏越、薛蘭、李封、昌豨たちが、呂布の周囲を固めて、迫る敵兵を片っ端から斬り刻んだのであった。そして、この激戦は日が暮れるまで続き、辺りは次第に暗闇と化していった。

「そろそろ頃合いか…」

 呂布は、そう口にすると、

「本日の戦は、これまでだ!」

 自軍を西岸へと退かせたのだった。

「敵を逃がすな、追撃しろ」

 棗祗の命令に、兵士たちは逃げる呂布軍を追いかけようとし、干上がった沂河を渡り始めた。だが、河の中心付近に差しかかった時、

「やや、棗祗どの…河の水が、やけに少ないように思いますが…」

 韓浩が、その異変にすばやく気付いた。

「今は、冬季…河が干上がるのは、不思議なことではあるまい」

 その回答に、

「だが、それにしては、あまりにも水量が無さ過ぎませぬか」

 韓浩が言い返したが、

「気にするな…追撃のチャンスを逃してはならぬ」

 彼は、気に留めることもなく、すみやかに交わして、対岸に逃げる呂布軍を再び追おうとした。と、その時、西岸に松明の火が列をなして上流へと向かっている光景が目に飛び込んできたのだった。

「むう…何の真似だ?」

「もしや、あれだけの数の伏兵がいるのでは」

「斥候の話だと、呂布軍の数は東岸の陣へやって来た数と一致している。伏兵など、いるはずがない」

 と、棗祗が、そう言い切った時、上流の方より大地を揺るがしながら、大きな轟音が聞こえてきたのであった。

「何の音だ?」

 彼は、瞬時にはっとした。そして、

「しまった…嚢沙の計だったのか!」

 そう言い放つと、

「濁流が来るぞ…退けえ!」

 全軍に東岸の陣へ引き返すよう下知を出したのだった。だが、辺りが真っ暗闇だったことにより、彼らは方角を見失って四方八方に散開し、大混乱を極めた。そこへ容赦なく沂河の土石流が押し寄せたため、彼らは次々と呑み込まれていったのであった。

 ちなみに、嚢沙の計とは、河川の上流に土嚢を積んで水を堰き止めておき、満水になった時に決壊させて、その河川を氾濫させる計略である。呂布が、ゆっくりと進軍したのは、陳宮の別働隊が上流を堰き止め、河川の水が満タンになる頃合いを見計らっていたからであった。そして、上流の陳宮へ合図を送るため、西岸に松明の列を築き、敵を河川中央へ誘い込んだのを確認した上で、順々に火を点火させ、計略を実行したのである。

「なんとか、濁流に呑み込まれずに済んだか」

 棗祗は、わずかな手勢と共に岸へ上がると、

「一瞬にして、我が10万の兵を失うとは…何と言う屈辱…」

 濁流を眺めながら、うめき声をあげた。と、その時、彼らの周囲に呂布軍が取り囲んできた。残念なことに、彼らは誤って西岸へ上がってしまったのだった。

「もはや勝負は決まった。大人しく、我が軍へ降れ」

 呂布が、そう言い放つと、

「多くの兵を見殺しにして、自分だけがのうのうと生きながらえられるか」

 棗祗は言い返し、自らの首をかき切って果てたのであった。一方、韓浩は、運良く東岸へたどり着くと、幕舎を捨てて戦線を離脱したのだった。


 こうして、呂布軍は、棗祗軍の撃破に成功し、剡城を目の前にしたのだが、ここで沛城が曹操軍の攻撃を受けている知らせを受けたため、無念の思いで剡城攻略を諦め、急ぎ沛城へ向かったのであった。だが、時はすでに遅く、とうとう徐州は諸城による防波堤を失い、丸裸にされてしまったのである。

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