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猛虎奮迅-呂布伝-  作者: Hirotsugu Ko
第二部・曹操との死闘編
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第36話

 そのような大変な事態になっているとは露知らず、寒空の中で張飛は気持ち良さそうに、大の字になって眠っていた。

「う~ん。むにゃ、むにゃ…」

 と、そこへ、眠っている張飛に何者かが近づいて来たのだった。

「まったく、なんて無防備な…ほんと、酒癖の悪い男だぜ」

 呂布は、顔をしかめながら言うと、すぐに彼を叩き起こした。すると、彼は、飛び起きて辺りをキョロキョロと見渡したのだった。

「な、何だ…何か起こったのか!」

 その様子を見た呂布は、深くため息をついた。そして、

「何だ…ではない。こんなところで寝ていたら、風邪をひくぞ」

 張飛の目の前に、二つの首を勢いよく置くと、

「うっ…その首は、曹豹と許耽…」

 彼は、すぐに表情を強張らせた。

「この二人は、お前が眠りこけている間に反乱を起こして、城を乗っ取ろうと考えていた。ゆえに、処罰したわけだ」

 呂布の話を聞いて、張飛はしばらくぽかんと口を開けていたが、すぐにはっと我に帰り、

「なんと言うことだ。俺は徐州の守りと言う大任を忘れて酔いつぶれ、もう少しで寝首をかかれるところだったのか」

 思わず頭を抱え、後悔の念にかられたのであった。

「クーデターが起き、城を取られれば、劉備どのも帰る場所を失う…もう少し、しっかりせんといかんぞ」

「す、すまん…」

 じっと見据えてくる彼に対して、張飛は、思わず頭を垂れた。

「しかし、こう寒くちゃやっとれんのもわかるぜ。後は、俺が見廻りをやるから、お前はもう少し酒でも飲んで、屋敷に帰って寝ろよ」

 呂布は、そう言うと、酒杯を彼に渡した。すると、彼は、すぐに顔を青くして、

「いや…俺は、もう飲まねえよ。これ以上、失態をさらしたくないからな」

 酒杯を呂布に返した。そして、苦笑いしながら、

「それよりも、お前に注いでやるよ。これから、寒い中を俺の代わりに見廻りしてくれるんだからさ」

 それに酒を並々と注いだ。

「そうか…ありがたく頂くぞ」

 彼は、そう言って、一気に酒杯をあけた。すると、その飲みっぷりを見た張飛は、思わず表情を崩し、

「おお…お主も、なかなかいける口だな。ならば、もう一杯いっとけ」

 さらに酒を注いだのだった。こうして、呂布と張飛は、次第に打ち解けていったのであった。

「ほんとに、すまなかったな…俺は、お前のことを誤解していたぜ」

「構わないさ…誤解がとけて嬉しい限りだ」

「これからは、仲良くしようぜ」

「ああ…共に劉備どのを支えていこう」

 呂布と張飛は、互いに目と目が合うと、同時に大きく笑った。

「我は、終生の友を得たり…」

 こうして、張飛は、上機嫌で自分の屋敷へ戻っていったのであった。


 太守・劉備が不在の中、徐州は、犬猿の仲であった呂布と張飛が和解したことにより、大きな波乱を回避できたかのように思えたが、次の日になると、早速と言わんばかりにある事件が起きた…

「何…伯父の仇を討って欲しいだと」

 晴れ渡った道中を巡察していた張飛は、ふいに座してきた町民の一人に泣きつかれると、親身になって詳しく事情を伺った。その経緯は、次のようになる…

 彼の伯父には、とても美人な奥さんがおり、その噂は街中で持てはやされていた。ところが、その噂を耳にした笮融と名乗る和尚が、彼女に目を付け、大切な仏事があると偽って寺へ呼び寄せ、手籠めにしてしまったのである。そのことに腹を立てた伯父は、直訴しようと彼の寺へ赴いたのだが、体よく追い返された上に、その帰り道で何者かによって殺害され、その亡骸は市中のど真ん中にさらされたそうだ。その直訴の話を事前に知っていた甥は不審に思い、目撃者を捜して事実を確認すると、案の定、その犯行が笮融の放った刺客たちによるものであると判明したのだった。

「笮融の和尚には、前々より妙な噂があり、俺も疑っていたところだ。奴め、ついに尻尾を見せやがったな」

 その巡視に同行していた簡雍と名乗る男が、そう漏らすと、

「まだ、何かあるのか」

 張飛は、形相を険しくさせた。

 笮融は、徐州の近くに建つ浮雲寺と言う大きな寺院に住んでいた。その寺は、二重の楼閣を中心として二層の回廊を渡らせると言う豪奢ぶりで、さらに、それを取り囲むように大きな城郭を構えていた。場内には、3千人の僧兵を張り巡らせており、軍事的機能を十分に備えている寺院であった。

「こんな近くに、そんな物騒な寺があるとは思わなんだ」

 その話に、張飛が眉をひそめると、簡雍は、こう言葉を添えた。

「いや…以前は、ただ敷地が広いだけの寺で、信者たちは、一心不乱に仏教を崇拝し、修行を絶えず行っていた尊き場であったそうだ。最近になって、奴が和尚に就任してから、おかしくなったらしい」

 彼の手にした情報によれば、笮融は、その寺の門を叩いて修行者となった信者の一人だったが、その恩を忘れて、そこの和尚を暗殺し、その寺院を掌握したらしい…それからと言うもの、浮雲寺は、近くに立ち寄った旅の者たちを襲っては物資を奪ったり、お布施と称しては近隣に住む民衆から金品を巻き上げたりして、私腹を肥やすようになったようである。

「その寺の檀家であった者が、彼らにお布施を出さなかったことで、その者の一家全員が失踪したなど、悪い噂が後を絶たぬ状態だ」

「ぬうう…許せん!」

 その話を聞いた張飛は、烈火のごとく怒り、今すぐにでも彼の首根っこを引き千切りにいかんとばかりに駆け出そうとしたが、

「さっきも言ったように、その寺には3千の兵がいる…単身で乗り込むのは、無謀と言うものだ」

 簡雍に諭されると、

「そうだな…ならば、こちらも残っている兵士をかき集めて応戦するとしよう」

 そう言って、城内へと引き返したのだった…


 張飛は、戻るやいなや呂布に面会して、事の顛末を話した。それを聞かされた呂布は、顔を歪めながら腕組みすると、

「許し難い話だな…それに、兵士をかき集めているとなると、この城に攻め込んでくる可能性もある」

 と、答えた。だが、

「しかし、劉備どのが留守中に、城内の兵士たちを勝手に動かすことは、他の諸侯に狙われる可能性があり、とても危険極まりないと思うが…」

「ならば、どうすると言うのだ」

 そう続けると、張飛は途端に声を荒げた。しかし、

「元をたどれば、その3千人の僧兵たちは、清く正しく仏教を信仰していた者たちだったのであろう…つまり、クーデターを起こして寺院を奪い、悪行を重ねる笮融さえ、何とかすれば良いのではないだろうか。ならば、俺が使者となって彼らを説得し、彼らの目を覚まさせてやれば、大きく事を荒立てずに済むやもしれん」

 彼は、姿勢を正すと、そう真摯に答えたのだった。

「正気か…飛んで火にいる夏の虫だぞ」

「俺は、仏教を信ずる者の一人…彼らとは、同じ宗教を信仰する者同士だ。きっと、わかってくれる筈だ」

 そう残すと、彼は赤兎馬に跨って、徐州の城を出たのであった…


 徐州城より、それほど遠くにはない浮雲寺の城門にたどり着くと、呂布は大声を出して城内の僧兵たちを呼んだ。すると、城門の上に城兵が現れ、

「何の用だ」

 と、聞き返してきた。

「俺は、遠路はるばるインドの地まで経典を求めたことがある呂布と言う者だ…同じ仏教の信者として、お主たちに言いたき義がある故、文を書いて参った」

 そう言うと、呂布は、矢に文を結びつけてから弓を構え、それを難なく城門の上へと飛ばしてきた。

「一体、何を言いに来たのだ」

 その文を受け取った城兵が、それを開くと、こう記されていたのだった…


 仏教は、一人の権力者のためにあらず…

 また、それをもって、富貴を楽しむものでもあらず…

 今を生きる人々のためにあり、万民のために用いてこそ、その教えは生きるものなり…

 今、貴殿たちは、武力を用いようとしておられるが、それは無益な争いの種であり、決して民のためにはならない…

 また、それを知りながら目を背けることは、我らが崇拝する金人様への反逆となろう…

 今こそ、貴殿たちは、金人様から何を教わったのかを問うてみるべきなり…

 我は、同じ信者として、貴殿たちが道を誤らぬよう、ただ願うのみなり…


 それを読んだ城兵は、激しい後悔に襲われ、大きく項垂れたが、

「しばし、待たれよ…」

 と、応えると、すぐにその場から姿を消したのであった…


 それから間もなくして、場内はにわかに騒がしくなった…

「何か、あったのだろうか」

 赤兎馬と共に呂布は、その場で静かに待っていると、ふいに城門が、音を立てて開き始めたのだった。そして、

「呂布どの…よくぞ、浮雲寺へお越しくださいました。同門の者として、あなたを歓迎します。どうぞ、お通り下され」

 矢文を受け取った兵士が、深々と一礼したのであった。

「おお…では、遠慮なく通るぞ」

 呂布は笑顔をこぼすと、赤兎馬の腹を蹴って、場内へと向かった。すると、場内にいた僧兵たちは、一同にひざまずいて、度重なる悪行に加担したことを悔い、

「笮融と側近たちの首にございます」

 金人様の反逆者たちの首を並べた。

「そなたたちの教えに対する思いは、ようわかった。これからは、共に世のため人のために、仏教を広げていこうではないか」

 それを見て、彼は小さく頷くと、同志たちと固く握手を交わしたのだった。と、その様子を、城門から遠く離れた小高い丘から、ある男たちが眺めていた。

「とんだ、取り越し苦労でしたな」

 張飛が率いる一軍に従っていた簡雍が、小さく笑いながらこぼすと、

「けっ…うまくやりやがるもんだぜ、あの野郎はよう」

 その集団のボスは、苦笑いしながら顎をしゃくった。

 こうして、浮雲寺の一件は、大事に至ることなく静かに幕を閉じたのだった。その後、その寺の僧侶たちは、武器を捨て、城壁を取り壊した。そして、一切の私欲を投げ捨てると、厳しい仏道への修行に没頭したのであった…


 それから数日後、徐州に悲報が届いた。

「なんと…兄者たちの軍勢が、壊滅しただと!」

 その報告に、徐州の臣たちは大きく動揺した。

「兄者は…兄者たちは、無事なのか?」

 張飛は、真っ先に劉備と関羽の安否を確認した。しかし、間者が言うには、行方はわからないとのことであった。

「まずいことになったな。これは、すぐに軍勢を率いて捜索に出た方がいいかもしれん」

「そうだな。よし…」

 こうして、呂布と張飛は、徐州に高順らとわずかな手勢を残して、劉備の捜索に向かったのだった。


「しかし、まさかお前と一緒に行動することになるとは、夢にも思わなかったぞ」

 行軍中、張飛は呂布に対して、そう皮肉を言った。

「それは、こっちのセリフだ。それよりも、今は一刻も早く劉備どのを見つけることが肝要だ。先を急ごう」

「合点だ」

 彼らが、そう無駄話をしながら行軍を続けていると、徐々に目の前から袁術軍の姿が見えてきた。

「こっちに来るぞ」

 呂布は、そう言って、目を凝らした。

「奴らめ…兄者たちの軍勢を壊滅させたんで、それを機に徐州を乗っ取ろうと考えてやがるな」

 張飛は、歯ぎしりをして袁術軍を睨みつけた。

「ここは、迎え討った方がよいかもしれんな」

「ああ…逆に、痛い目に遭わせてやろうぜ」

 彼らは、互いに見合わせ、

「者ども…兄者たちの仇を討つぞ」

 張飛の号令のもと、徐州軍は袁術軍へ接近していったのだった。


 そして、両軍は激突した…

「おら、おら、おらあ!」

 張飛が、声を張り上げながら、袁術軍の兵士たちを次から次へと斬り裂くと、

「やるな、張飛…俺も負けんぞ」

 呂布も彼に続いて、徹底的に敵兵を斬り刻んだのだった。

「ぬう…あの二人は、何者だ。あいつらのせいで、我が兵士たちが恐れおののいて、戦場を逃げ惑っているではないか」

 袁術軍の総司令官である紀霊将軍は、怒りを露わにし、

「ならば、我が軍の武勇の士をぶつけるまでだ。いでよ、我らの勇者たち!」

 陳紀、李豊、梁剛、楽就らの8人の武芸者を呼び寄せ、呂布と張飛のコンビへ向かわせたのだった。

「向こうは8人で来たか、ならば一人で4人ずつ相手ってことだな…それとも、俺がもっと相手をしてやった方がいいか?」

 張飛が、向かってくる敵将を見て、再び皮肉を言うと、

「みくびるなよ…お前の方こそ、余裕をぶっこいてやられるんじゃねえぞ」

 呂布は、小さく笑いながら、そう返した。

「嗚呼、面倒くせえ。いちいち勘定をするなんざ…こうなったら、早い者勝ちだぜ!」

「言いだろう。その代り、恨みっこなしだ」

 彼らは、そう言い放つと、一斉に前へと駆け出した。すると、敵将たちは、2つのグループに分かれて、呂布たちに立ち向かってきたのであった。それに対して、

「4人がかりで、俺を倒そうってか…甘いぜ!」

 呂布は、当たると幸いと言わんばかりに陳紀と李豊らを、一気に真っ二つにし、

「おお、まとめていったか…ならば、俺も同じようにやってやるぜ!」

 張飛も負けまいと、梁剛と楽就ら4人の将を、同様に真っ二つにしたのだった。

「袁術軍とは、この程度か…あくびが出るぞ」

「弱過ぎて、痛快極まりないぜ」

 彼らは、そう言うと、

「わはははは!」

「がはははは!」

 互いに見合わせて大笑いした。こうして、袁術軍の強者たちをあっけなく倒した彼らは、武器を振り回しながら縦横無尽に戦場を暴れ回り、敵兵と言う敵兵を木っ端微塵にしたのだった。

「と、とてもかなわん…ひ、退け!」

 紀霊は、たまらず退却の命令を出し、ほうほうのていで逃げ失せたのであった。

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