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猛虎奮迅-呂布伝-  作者: Hirotsugu Ko
第二部・曹操との死闘編
36/47

第35話

 一方、曹操のもとには、呂布たちの劉備軍傘下入りの情報が伝わっていた…

「何っ…徐州の劉備のもとに呂布と陳宮が加わっただと」

 彼は、大きく見開いて唸った。そして、

「むむ…徐州は、我が戦略上で重要な要衝…天下統一を目指すためには、徐州の攻略は最重要課題なのに、ただでさえ厄介な劉備軍に呂布たちが加わるとは…」

 思わず頭を抱えた。

「おのれ、呂布に陳宮…どこまでも、余の野望を邪魔しおって…ならば、今度と言う今度は、絶対に息の根を止めてやるぞ」

 くどいようだが、先の徐州攻略戦では、呂布と陳宮らに邪魔をされ、領土を占有することができなかったため、その機会を伺っていたのだが、徐州の太守が転戦を繰り返してきた経験豊富な劉備に代わって攻めにくくなり、その直後に、呂布の加入である。曹操が、逆上するのも無理はないことだった。だが、切れ者の荀彧は、それをすかさず制した。

「それはなりません…自ら二虎競食の計にはまるようなものですぞ」

 彼の諫言を聞いて、すぐに曹操は冷静さを取り戻し、

「余と劉備が死闘を演じ、双方ともボロボロとなったところを、隣国の有力諸侯である袁紹や袁術らに狙われると申すか」

 あご髭をなでながら、ため息をついた。現状では、各地で有力な群雄が割拠し、互いに覇権を狙ってしのぎを削る様相を呈していたため、如何に曹操軍が強くても決して油断はできない状態だった。特に、袁紹は河北四州を支配するほどの大勢力を持ち、彼の勢力をはるかに凌いでいたのである。

「しかし、このまま放置していれば、次第に奴らは力をつけ、もっと厄介なことになる。何か、良い策はないか」

 曹操は、顔をしかめながら、荀彧に問いかけた。すると、彼は、眉間に指を押し立てながら、こう答えた。

「ならば、駆虎呑狼の計を仕掛けてみては、如何でしょう」

 ちなみに、この計略は、虎(君主)が用事を済ませようと縄張りを留守にしている間に、そこにある餌を飢えた狼(臣下)に狙わせるもので…即ち、野心を持つ敵国の臣下に反乱を起こさせる作戦であった。

「ほう…首尾は、どのようにする」

 曹操の目がキラリと光った。

「陛下より、劉備に対して、世間ではあまり評判の良くない袁術軍の討伐令を発して頂くのです。おそらく、忠義者の劉備のことですから、陛下の命令に従って袁術軍討伐に乗り出すことでしょう。その隙をついて、劉備を快く思っていない者たちに反乱を起こさせ、徐州を彼らに乗っ取らせては、どうでしょうか」

 荀彧の考えに、曹操は首をひねらせた。

「呂布が劉備を快く思っていないと申すのか」

「いいえ…呂布は、劉備に背かないでしょう」

 荀彧は、そう述べて、話を続けた。

「それがしの調べでは、陶謙の誘いで徐州に招かれた劉備は新参者なので、旧臣たちにねたまれているそうです。その新参者が、彼の贔屓で太守の任を継いだのですから、その憎しみは相当なものになっているとのこと…さらに、劉備は徐州では異端児扱いされている陳登を重用しているため、水面下ではいつ不満が爆発してもおかしくない状態となっております」

「むむ…舞台裏では、何が起こっているのか、わからないものよのう」

「さらに、徐州の民は、陶謙が太守の時代より袁術とよしみを結んで交流しております。劉備が袁術軍を攻めると言えば、旧臣たちはおろか民衆たちまで黙っておりますまい」

 その策を聞き終えた曹操は、

「なるほど…劉備と呂布たち厄介者をまとめて徐州から追い払ってやろうと言うことだな。これは、傑作…」

 思わず大きく笑った。そして、

「よし…すぐに、駆虎呑狼の計を実行せよ」

「かしこまりました」

 荀彧に計略の実行を指示したのであった。


 そして、数日後…

 劉備のもとに、献帝より袁術軍討伐の勅令が届いた。

「むう…帝のご命令であれば、従わなくてはなるまい。すぐに、袁術軍を倒すために、戦の準備をするぞ」

 その劉備の発言を受けて、敏感に反応した徐州の旧臣の筆頭である曹豹は、尋常でない剣幕となり、

「何を言われますか。この徐州は、昔から袁術とよしみを結び、友好関係を築いておるのですぞ」

 そう、猛反発した。だが、彼はそれに対して怯むことなく、

「しかし、帝の勅令を受けた以上、断るわけにはいくまい」

 そう言って、眉をひそめた。すると、その話に、

「勤王のために尽力することに私も賛成します。されど、現状では、どう工面しても我らの兵力は袁術に及ばない状況…今はじっと耐え、兵力の増強に力を注ぐべきでありましょう」

「うむ…王朗どのの言われることは、理にかなっております。勤王の意志を貫くためにも、ここは我慢の時ですぞ」

 王朗と趙昱の二人は、時期尚早だと声を揃えた。彼らは、前徐州太守である陶謙に見出され、彼を支えながらも、その政治手腕をふんだんに発揮した功臣であった。だが、それに対して、劉備は首を横に振ったが、

「いや、戦は数ではない…我らは少数だが、先の戦いで曹操軍が攻め入った際は、それを見事に撃退した精兵…それに対して袁術軍は、その曹操軍に連敗を繰り返した挙句、浮足立っている状態だ。我が軍が彼らに負けるはずはない」

 縦に振ることはなかった。すると、その一部始終を見ていた陳宮は、眼光を鋭くして、おもむろに口を開いた。

「劉備どの…徐州の民は、袁術との戦を快く思いますまい。無理に戦を起こしては、人心が離れてしまいましょう。それに、この勅令は何か策略じみたものを感じます。恐らく、曹操の仕業ではないかと推測しますが…」

 さらに、

「拙者も陳宮の申す通りだと思います。陛下は曹操に騙されて、このような勅令を出してしまったのだと考えます」

 陳宮の横にいた呂布も、こう言葉を添えた。だが、劉備は、その意見に対して、

「陛下の意向に背けば、我らは逆賊の汚名を着ることになる」

 首を縦に振らなかった。

「一時的には、そうなるかも知れません。しかしながら、拙者は長年に渡って陛下のお傍にいたので、陛下のことはよく存じております。陛下は間違っていると気づかれたら、真摯に受け止めてきちんと訂正をする誠実なお方です。勅令を断っても、後でその疑念は晴れると思います」

 呂布が、そう言い終わると、ふいに陳登が口を開いた。

「それがしが思うに、この乱世で生き残るためには、誰かと手を組まなければならないと考えます。袁術と曹操のどちらと手を組んだ方がよいかと考えると、それがしは曹操と手を組むべきだと思います」

「何故でござるか?」

 曹操を敵視する陳宮は、急に声を荒げた。

「最近の袁術は自分が天下を取ろうと野心を抱き、曹操軍と対抗するために、領民に厳しい賦役や重税をかけて軍備の充実を図ろうとしております。その所業に対して、領民は怨嗟の声をあげ、袁術を非難しております。このような自己中心的で民衆のことを考えない野心家は、大義のもとに誅するべきだと考えます」

 それを聞いて、

「それはおかしい…お主は、袁術の忠臣・舒邵の一件を知らぬのか。領内が飢饉に襲われた時、彼は自己判断で倉を開放して兵糧のほとんどを領民に分け与えたが、袁術はその行為に義を感じて、彼を許したことを…」

 すぐに反論したが、

「いえ、それは、舒邵の行為に彼の名声が上がり、自身の権威が失墜することを恐れたまでのこと…その彼を懐柔しようと考えるところこそ、野心の現れと言うものです」

 陳登は平然とした態度で言い返した。

「曹操こそ、稀代の野心家でござろう。傍若無人に反董卓連合軍の盟友たちの領土を次々と奪っているではないか。それでも、陳登どのは、彼の本質が見えぬと言うのか」

「袁術よりは、ましだと考えます。曹操は、確かに冷酷な一面を持つかも知れませんが、国の運営においては、間違ったことはしておりません」

「それは、いかがなものでござろうか」

 陳宮は、含みを入れると、

「曹操が正しく見えるのは、勝者の原理なり。だが、我らとて袁術と連合を組めば、奴に勝つ術は十分にある。長いものに巻かれるばかりが、正解と言うことはない」

 語尾を強めた。こうして、徐州の臣たちの論戦は、次第に白熱していったのだった。その激化する中で、劉備は眉間にしわを寄せながら、おもむろに声を上げた。

「皆の者…賛否両論はあるが、わしは素直に勅令を受けることにしようと思う。大義のもとに袁術を倒し、彼らの傘下にいる領民を開放することが大切であろうと考える」

 結局、彼は、反対派を押し切って、袁術軍の討伐へ乗り出すことにしたのであった。


 その夜、侍大将である曹豹の屋敷に、彼の取り巻きたちが集まっていた。

「まったく…何ゆえ、陶謙様はあんな新参者を太守にしたのじゃ。御子息たちが、辞退するのであれば、最古参で侍大将であるこのわしが、太守になるべきではないのか!」

 曹豹は、酔っぱらった勢いで、声を張り上げると、

「まったく、その通りでござりますな」

 取り巻きの一人である許耽は、それに同調した。

「奴が太守になった途端、我々は冷や飯食いになってしもうた。しかも、あのアホの陳登ばかりを重用する始末…たまったものではない」

「それに、昔より親交のある袁術どのと戦えと言っている。もはや、狂気の沙汰ですな」

 そして、彼らは、さらに酒をあおって、途切れることなく劉備への罵詈雑言を並べ立てたのだった。

「何とかして、奴を追い出す方法はないかのう。奴さえいなければ、徐州は我々の意のままになるのにのう」

 と、その時、曹豹は何かを思いついた。

「そうじゃ…呂布どのたちは、我らと同じ意見じゃったのう。ならば、劉備が出兵した隙に、彼らと語り合って、城を乗っ取ってやるか」

「さすが、曹豹様…相変わらず、抜け目がないですな」

 彼らは、互いに顔を見合わせると、薄気味悪くニヤリと笑った…


 かくして、戦の準備を完了した劉備は、勅令である袁術軍討伐を実行するべく、自らが総大将となり、参謀として義弟の関羽を据え置き、さらに大斧の使い手である徐晃と今回大抜擢をされた韋駄天の魏越を従えて、徐州を発っていった。徐州へ来て以来、何の働きもない呂布たちは、劉備に対して誠意を見せるため、彼らを起用して従わせたのであった…


 その知らせは、瞬く間に曹操のもとへ届いた。

「おお…劉備が袁術軍に対して兵を挙げたか」

 朝議の最中、その報告を聞いた曹操は、謀略が成功したことを悟り、軽く拳を作って表情を崩した…と、その時、朝議に参加していた華歆は、すばやく声を上げた。

「殿…ならば、すぐにこちらも兵を向かわせるべきですぞ。この戦で、どちらか弱った方を叩きのめすには、まさに絶好のチャンス」

「さすが、華歆殿…抜け目がございませんな」

 その意見に、同じく朝議に参加していた陳矯は賛同し、

「左様…敗北した側も時が経てば、何れは息を吹き返すことになりましょう。この戦を高みの見物に決め込んではなりませぬ」

 そう、杜襲が言葉を添えた。ところが、

「いや…それは、少しばかり浅慮だと存じ申す。野心家の袁術が負けたとあれば、そのまま叩き伏せるべきだが、仁君と誉れ高き劉備が負けたのであれば、潰すのではなく、むしろ生かすべきでしょう」

 傅幹が反論の狼煙を上げると、

「うむ…私も傅幹どのに同意する。私の見立てでは、この戦は兵力で劣る劉備軍が敗北すると見た…ならば、叩き伏せるのではなく、むしろ懐柔するべきです」

 傍にいた楊修は、そう淡々と続けた。そして、

「その意見に、私も賛成です。こちらは両軍に悟られないよう兵を向けて伏せておきます。そして、劉備軍が敗走し、それを追撃してきた袁術軍の方を叩くのです。劉備殿は、義に厚い人と聞きますから、そのご厚意に感謝して殿になびくことでしょう」

「その通りにございます。劉備殿には、我が君と事を構える野心を見受けることができません故、必ずや良き味方になってくれることでしょう」

 横で伺っていた劉曄や毛玠も、こぞって賛成の意を示した。さらに、

「我らは、帝を擁してから日が浅い故、朝廷においては新参者だ。古くから朝廷に使える董承、王子服、呉子蘭ら朝臣どもは、我らが開く朝議を無視し、参加を拒んでいる始末であり、漢帝国の掌握ができていないのが現状である。朝廷での我らの発言力を高めるためにも、ここで人望のある劉備殿を味方とするべきだと、私は考えます」

 孔融が、そう添えた。彼は、後漢の名士で、孔子の二十代目の子孫にあたる。少年時代から秀才の誉が高く、若くして数々の要職についた人物であった。

「うむ…確かに、劉備が味方となってくれるならば、これほど心強いものはない」

 曹操は、その意見に大きく頷くと、

「よし…その戦場に向けて兵を進軍させろ。そして、潰走した劉備軍を助け、袁術軍を討つのだ」

 両軍に気づかれぬよう、隠密に兵を差し向けたのであった…


 一方、徐州では、

「くそっ…なんで、こんな大事な戦いで、俺が居残りをさせられないといけないんだ」

 張飛が、愚痴を撒き散らしながら城内をのっしのっしと歩き回っていた。劉備は、義弟の張飛も一緒に連れて行きたかったのだが、旧臣派の動向に疑念を抱いていたので、謀反を未然に防ぐために、あえて彼を徐州の守りにつけたのであった。

「おお…そこにおられるのは、張飛どのではないか」

 張飛の姿を見つけた呂布は、大きく笑いながら彼を呼び止めた。すると、

「けっ…お前か…」

 彼は、眉間にしわを寄せながら顔を歪ませた。そして、

「浮かない顔をして、どうなされた」

「巨悪を成敗する大事な戦いから外されたんだ。面白いわけがなかろう」

「劉備どのは、お主を見込んで徐州の守りを任せたのだ。逆に、光栄なことだと思うけどな」

 呂布の意見を聞いて、きっと睨むと、

「調子に乗るなよ。言っておくが、俺はお前を認めたわけじゃないからな。元々は、俺たちは敵同士だったと言うことを忘れるなよ」

「ははは…それは、もう昔の話ではないか。今は、味方同士でござる」

「勝手に味方だとか抜かすな。不愉快極まりないぜ」

 そう怒鳴って、さっさと歩いていってしまった。

「まったく…とことん武骨な野郎だぜ」

 呂布は、顎をしゃくりながら、ボソリと口にしたのであった。


 その夜、張飛は、気晴らしも兼ねて、自ら率先して城の見廻りをしていた。と、その中で、ある城兵が、ふいに声をかけてきたのだった。

「張飛様…今日は、一段と冷え込みますね。こんな寒い日は、酒でも飲んで温まりたいものですな」

 城兵の発言を聞いた張飛は、

「そうだな…この寒い中をずっと立っているのは、かわいそうな話だ」

 頭をボリボリとかいた。

「よし、わかった。景気づけに飲んでもいいぞ。ただし、ほどほどにしとけよ」

「やった…さすが、話のわかるお方だ」

 その城兵は、すぐに他の城兵たちへ飲酒の許可を頂いたことを告げた。そして、酒の入った大きな瓶を運び出して、周りの者に配り始めたのだった。

「これで、士気も上がるってものだ。そう考えると、俺もなかなかの気配り上手だな」

 普段から「武骨者」だとか、「KY」だとか言われている張飛は、その自分が発した言葉に反応し、思わず吹き出した。と、その時、城兵の一人が彼に近寄り、こう誘ってきた。

「張飛様も、一杯どうです?」

「そうだな。俺も少し頂くか」

 城兵の言葉に、張飛は満面の笑みを見せた。そして、彼は、並々とつがれた酒を一気に飲み干したのだった。

「嗚呼、うまい…胃に浸みわたるぜ…」

 彼の豪快な飲みっぷりに、部下たちは思わず歓声を上げた。

「さすが、天下の豪傑・張飛様だ…さあ、どんどん飲んでください」

「おお…すまんな」

 その言葉に、張飛はさらに上機嫌となった。こうして、無類の酒好きである彼は歯止めが利かなくなり、次から次へと酒を飲み干していった。そして、とうとう酔いつぶれてしまい、その場でいびきをかきながら眠ってしまったのであった。と、そのありさまを見ていた曹豹と許耽は、互いに見合わせてニヤリと笑った。

「酔いつぶれて寝てしもうたわい。相変わらず、間抜けな奴よ」

「絶好のチャンスですな。すぐに、呂布どのの屋敷へ参りましょう」

 そして、彼らは、低く笑いながら、呂布の屋敷へ向かったのだった。

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