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猛虎奮迅-呂布伝-  作者: Hirotsugu Ko
第二部・曹操との死闘編
32/47

第31話

「殿…あちらより、軍勢らしきものが向かってきますぞ」

「ぬう…曹操の追手か」

 それを目にした呂布は、みるみるうちに顔を険しくさせたが、

「案ずることはありませぬ…ここは、私にお任せあれ」

 彼女は、そう涼やかに笑ってウインクをした。

「そこにいるのは、呂布か…大人しく、お縄にかかれ」

 呂布の姿を確認した追手たちが、そう声を張り上げると、彼女は一歩前に出て、

「このお方は、天下を正さんと立ち上がられた英傑であるぞ。その方たちこそ、かような無礼が許されると思ってか」

 毅然とした態度で、彼らを一喝した。すると、

「おのれ、この小娘が」

 その一人が、いきり立って彼女に迫った。だが、彼女は怯むことなく、右手の人差し指を彼に向けた。そして、

「喝!」

 と、彼女が声を出すと、その兵士は、ぴたりと立ち止まってしまった。

「どう言うことだ…まったく身動きがとれん」

「うふふ…金縛りの術よ。しばらく、そこで固まっていなさい」

 彼女は、小さく笑うと、

「さあ、他のみなさんも少しの間、眠って頂きますわね」

 その人差し指を天へ向け、呪文のようなものを唱え始めた。すると、四方八方から突如として、ありとあらゆる種類の花が咲き始めたのであった。

「なんだこれは…幻でも見ているのか」

 その光景に追手たちが唖然としていると、ふいに、その花たちから甘酸っぱい香りが立ち込めて彼らを包んでいった。そして、

「くんくん…なんて良い匂いだ」

 その香気を吸った彼らは、瞬く間にその場で安らかに眠り始めたのだった。

「し、信じられん…」

 あまりのことに、張遼が目を丸くすると、

「とんだ、手間をかけさせてしまったな…すまなかった」

 呂布は、すぐに詫びを入れ、

「いえ…これぐらいのこと、何ともありませんわ」

「お主の同行を許す。だが、部下ではなく、俺の義理の妹となれ…同じ呂姓でもあるしな」

 と、彼女の願いを叶えた。

「ありがとうございます。必ずやあなた様の悲願である漢の復興を、成し遂げられるよう精進致します」

 それを聞いた彼女が、嬉しそうに深く頭を下げると、

「香る花の姫君か…まさに、お主にぴったりの名だな」

 彼は、そう言って、大きく笑った。と、その時、

「ま…待て、お前ら」

 金縛りに遭い、眠り花の香気を吸っても尚、立ち上がってきた男が、最後の力を振り絞らんとばかりに声をあげた。

「あら、いやだ…私の術が、利かないなんて」

 その様子に、呂香姫は、思わず口に手を当てたが、

「いや…立っているのが、やっとの状態ってとこだな。だが、このままお前らを見過ごしたのであれば、それこそ武士の恥…ゆえに、不甲斐ない俺を、この場で斬ってくれ」

「ほう…お主を斬れと」

 その若武者の言葉に興味を抱いた呂布は、わざと聞き返した。そして、

「生き恥をさらしたくない…頼む」

「名は、なんと申す」

「虎紳…字は、道空だ」

「絶体絶命の危機でありながら、その振る舞い…敵ながら、あっぱれだ」

 そう称賛すると、

「ならば、虎紳よ…俺に仕えて、さらなる武士道を極める気はないのか」

 と、誘った。すると、

「二君に仕えよと申すか」

「その士道…ここで散らすには、余りにももったいない。よく考えられよ」

 その言葉に、

「パシリ同然のような俺を、そこまで買って頂けるとは」

 虎紳は、感服した。

「呂布どのの懐の深さ、十分わかりました。本日より、呂布どののために、この命を使わせて頂きます」

「仲間になってくれて、ありがとう。こちらこそ、よろしく」

 呂布が、虎紳の手を取って、ニヤリと笑うと、

「なんと、寛容なお方だ。私の目には、微塵の狂いも無かった」

 その光景に呂香姫は、命を賭けて仕えるにふさわしい人物に出会えたことを、天に向かって深く感謝したのであった。


 そして、呂布たちは、ついに泰山の近くまで迫ったのだった。

「呂布どの…あそこに見える山が、泰山となります」

 韓暹は、そう言って、指をさした。

「おお…あれが、泰山か」

 呂布が、そう感心をしていると、高順が何かの異変を察知して、ふいに声を発した。

「殿…あちらより、泰山に向かって、軍勢が押し寄せておりますぞ」

「むう…もしや、どこかの官軍が、山賊退治にやって来たのでは」

 彼らは、状況を確認するため、急ぎ泰山へ向かったのだった。


 一方、泰山では、忽然と軍勢が現れたことで、騒然となっていた。

「お頭…済北の軍勢が、我らを退治しようとこちらへ向かっております」

 泰山の副首領・昌豨が、そう報告すると、

「おのれ…ならば、あべこべに奴らを壊滅させてやるまでだ」

 首領の臧覇は、彼と共に手勢を率いて山を下り、済北軍の迎撃へ向かったのであった。

「殿…山賊たちが、山を下りてきましたぞ」

「ほう…討って出てきたか」

 配下の梁滸の報告に曹安は、高笑いをすると、

「その勇気だけは、褒めてやるぞ」

 右手を天に掲げて、全軍に合図した。そして、両軍の距離が段々と狭まっていき、まさに激突しようとした瞬間、

「その戦…ちょっと待たれい!」

 呂布は、その中に割って入り、大声を発して両軍を牽制したのであった。

「何者だ」

 曹安が、たまらず声を発すると、

「拙者は、陛下直属の部下の呂布である…両軍とも、戦をする前に、まずは拙者の話を聞け」

 彼は、公然とタンカを切った。

「呂布…奴が天下に鳴り響く、あの豪傑なのか」

 その名を聞いた臧覇たちは、目を大きく見開いた。

「陛下の直参が、一体何の用でござるか」

 曹安の声に、呂布が、

「拙者は、両軍に和睦をするよう提言する」

 ニヤリと笑うと、彼は大きく笑った。

「ははは…冗談は、止めて頂きたい。我らは、曹操閣下の命を受けて、山賊退治に参ったのだ。今更、兵を引くことなどできぬわい」

 しかし、呂布は、彼の発言に対して、毅然とした態度で反論した。

「よく聞け…この和睦は天意である。天に逆らえば、双方はそれなりの報いを受けることになるであろう」

「一体、何を根拠に天意だと申すか」

 曹安が思わず声を荒げると、呂布は、

「ならば、今からその証拠を見せてやろう」

 力を込めて大地に方天画戟を突き刺した。

「天が我にこう言っている。我に弓を持たせて、この方天画戟の小枝を狙って一矢射よと…我は天意に従い、見事それを的中させ、天意である証明をいたす」

 その話を聞いた両軍は、途端に唖然となった。

「方天画戟の小枝を、たった一本の矢で的中させるだと」

「そのような芸当、例えトリックを使っても無理だ。とても、人が成せるような技ではない」

 どよめく両軍をよそに、呂布は再びニヤリと笑うと、

「では、早速始めさせて頂くぞ」

 突き刺さった方天画戟から、お構いなしと言わんばかりにどんどん離れていった。そして、彼はその的が常人の肉眼で捉えられるかどうかの瀬戸際のところまで歩くと、ピタリと立ち止まり、力強く振り返ったのだった。

「とんでもない距離だ。果たして、矢が届くのかどうか」

 臧覇は、汗をぬぐいながら、ごくりと生唾を飲むと、

「さあ、参るぞ」

 呂布は、そう言って、力強く矢をつがえて弓を構えた。すると、両軍からにわかに、

  当たれ…、当たれ…!

  外せ…、外せ…!

  当たれ…、当たれ…!

  外せ…、外せ…!

 相反する声色が沸き起こって混じり合い、その場中にこだましていった。

「ふっ…その他大勢どもが、勝手なことを言いやがる」

 呂布は、全身から汗を滲ませながら、存分にその緊迫感を心地よさそうに味わい尽くすと、次第に無の境地へと突入したのだった。

「殿の一矢で、すべての運命は決まります。がんばってくだされ」

「いざ!」

 祈るような思いで見つめる高順たちをよそに、平然とした態度で呂布は、掛け声と同時に矢を放った。すると、放たれた矢は迷うことなく、一直線に飛んでいき、見事に方天画戟の小枝に当たったのであった。

「な…なんと…」

 臧覇は、思わずため息を漏らした。

「いかがでござる」

 呂布は、曹安を見て、そう尋ねると、

「わはははは…なんと凄いことをしでかす男だ。こんな痛快なことはないぞ」

 彼は、ふいに大きく笑い出したのだった。

「わしは、済北の地を治める曹安だ。お主に免じて、今回は兵を引いてやる。だが、次は無いと思えよ」

「有難い話だ。感謝いたすぞ、曹安どの」

 こうして、済北軍は泰山の山賊討伐を、一時休止することになったのであった。


 済北軍と停戦を結んだ呂布たちは、臧覇に連れられて泰山の山塞に入った。

「呂布どの…ここが我らの山塞でございます。長旅で、さぞお疲れでしょう。大したものはございませぬが、ごゆっくりしてくだされ」

 臧覇は、丁寧に挨拶すると、

「こちらこそ。我々のような者を受け入れて頂き、ありがとうございます」

 呂布も深くお辞儀した。

「先ほどの弓術は、もはや人知を超えたものとしか思えませぬ。さすが、天下に鳴り響く豪傑であると、改めて感じさせられました。その高名な呂布どのにお越し頂いたとあれば、それがしたちも至極ほこりでございます」

 彼の真摯な態度を見て、泰山の副首領を務める昌豨が、負けずに頭を下げると、

「ははは…今日は、なんとめでたい日だ。今夜は、皆で大いに飲み明かすぞ」

 臧覇は、豪快に笑いながら部下たちへ酒と肴をたっぷりと準備するよう指示したのだった。こうして、呂布を歓迎する盛大な宴が始まったのであった…


 その宴は、大いに盛り上がり、瓶に入った酒を一気飲みして己の強さを誇示しようとする者や肩を組んで歌い出す者、しまいには裸踊りをする者などが現れたため、泰山を震わせるぐらいの笑い声が響き渡るどんちゃん騒ぎとなった。そうした中、臧覇たちの武勇伝や苦労話を耳にしていた呂布は、次第に彼らへ強い興味を抱き始めたのであった。

「この連中は、実に合理的にできている…あの呉敦と申す男は、元々は農夫だったため、そのノウハウを活かし、段々畑を築いて山塞の食糧の確保を行っているし、刀鍛冶をやっていた孫観は、この連中たちの武器を製造している。そして、尹礼は行商人だった頃の才覚で、余った分の食糧や武器を麓の町で売りさばいて、ここの運転資金を生み出しているのだからな…まさに、この山塞そのものが一つの国家のようなものだ」

 呂布は、彼ら一人一人の顔を見ながら、

「この漢たちは、ただ者ではない」

 そう感心したが、ふと疑問が浮かんだ。

「ところで、臧覇どの…貴殿のような剛毅な漢が、何故に山賊となったのだ」

 その問いかけに、臧覇は急に真面目な顔となった。

「うむ。だいぶ昔の話となるが、県の役人ともめ事を起こしてしまってな」

「ほう…もめ事を?」

 呂布がそう相槌を打つと、彼は話を続けたのだった。

「俺の父は県の役人で、清廉潔白な男として民から慕われていた。しかし、ある日、そこの太守が不正を犯した時に、父が先頭を切って諫言したため、逆恨みをされてしまい、ついには逮捕されてしまったのだ」

「むう…なんとも、ひどい話だな」

 その話を聞いた呂布が、真摯な目で臧覇を見つめ、

「父が逮捕された話を聞いた俺は、いてもたってもいられなくなった。そこで、昌豨らと共に父を奪還するべく、俺たちは父を牢獄まで護送する集団を襲って助け出したのだ。しかし、そのおかげで俺たちはお尋ね者になってしまい、今に至る結果となった訳だ」

「そうだったのか…それは、至極大変だったな」

 静かに目を閉じると、その心情を察した臧覇は、暗い雰囲気を変えようと、ふいに破顔したのだった。

「まあ、俺はじっとしておれない性質だから、役人みたいな仕事は向かないと思っているぜ。気ままな山賊暮らしの方が、性にあっているかもな」

「それは、言えているな」

 それを聞いた昌豨たちは、思わず大笑いした。

「ははは…しかし、貴殿らは本当に気持ちの良い奴らだな。とても仲が良く、わきあいあいとやっている感じがするよ」

 その呂布の言葉に、思わず昌豨が、

「まあ、ただ一人…裏切り者はいたけどな」

 ボソリと言うと、急に臧覇は暗い顔をし、

「梁滸のことは、もう言うな」

「梁滸とは」

 呂布がそう聞き返すと、

「昔、うちの仲間に、梁滸と言う奴がいてな。俺たちの掟を背いた揚句、脱走して済北軍についてしまった男なのだ」

 彼は重い口を開いたのだった。

「俺たちは、山賊なれど、民百姓を痛めつける真似はしない。普段は自給自足で田畑を耕し、弱いものに重税をかけて苦しめる役人どもをこらしめるためだけしか、武力を用いないと決めているのだ。だが、奴は、ある村に住む美しい娘を自分の物にしようと、一味を率いて村を襲い、手向かう者を惨殺して火を放ち、金品と共に娘を略奪したのだ」

「なるほど…それは、まことにけしからんことだな」

 呂布は、眉をひそめて頷いた。

「その事を知った俺は、すぐに奴を捕らえて百叩きの計とした。しかし、それに根を持った奴は、その日の夜のうちに行方をくらましてしまった訳だ」

「そう…その奴が、いつの間にか曹安の部下になっていやがる…ほんと、嫌な話だぜ」

 臧覇の話に昌豨が、そう付け足し、

「さっき会った印象から、曹安と言う男は戦争や殺人を、あまり好まない人物のように思える。その梁滸と言う男は、そんな彼にうまく取り入ったのだろうな」

 呂布が言葉を添えた途端、高順は妙な胸騒ぎを感じた。

「果たして、このまま、済北軍は引き下がるでしょうか…曹安どのはともかく、泰山に恨みを持つ梁滸が黙っていないような気がしますが」

「むう…確かに、油断はできないかもしれん」

 その発言に、呂布は表情を厳しくさせたのであった。

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