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猛虎奮迅-呂布伝-  作者: Hirotsugu Ko
第二部・曹操との死闘編
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第30話

「殿…曹操軍の本隊が現れましたぞ」

「くっ!」

 呂布は、思わず苦悩の表情を浮かべた。そして、

「よし、追いついたぞ…一気に潰してしまえ」

 先鋒部隊と合流した曹操軍の本隊は、数万の大兵団となって、一斉に呂布軍へ襲いかかってきたのであった。

「これは、悠長に一騎打ちをしている場合ではない」

 瞬時にそれを察知した彼は、くるりと馬首を返して、押し寄せて来る本隊へと標的を変えようとした。

「まだ、決着はついておらん」

 鮑信は、チャンスとばかりに背後から呂布を串刺しにしようとしたが、

「この卑怯者が!」

 それに気づいた郝萌が、遠方より一矢を放ったため、

「うおっ!」

 それを避けようとした彼は、あえなく落馬したのだった。

「兄者!」

 それを見て管亥が声を上げると、

「俺なら大丈夫だ。それよりも余所見などをせず、戦いに集中しろ」

 鮑信は落とした武器を手に取り、襲いかかって来る敵兵に対して、果敢に応戦したのであった。

「手間をかけさせたな、郝萌よ」

「ははは…お気に召されるな」

 呂布が大きく感謝の意を発すると、郝萌は周囲に迫る敵兵をなぎ倒しながらニヤリと笑って返した。そして、次第に両軍は入り乱れて大混戦となり、その激しさはぐんぐんと増していったのだった。

「戦は数じゃない。それを、俺が教えてやるぜ」

 呂布は、そう大声を発して、曹操軍の本隊に激突し、

「この呂布の刃を受けてみよ」

 方天画戟を振り回して奮戦した。そして、強敵を前に呂布の武勇は、さらに洗練されていき、曹操軍の兵士をどんどん骸へと変えていった。すると、

「おいらたちも後れを取るな」

 呂布の人知を超えた武勇に感化された韓暹は、白波賊の手勢を率いて、彼に続いたのだった。と、その時、

「生意気な賊徒どもめ…俺が相手になってやる」

 曹操軍の勇将・伍習が立ちはだかり、彼と激しい斬り合いを演じたのであった。それを目の当たりにした楊奉は、

「助太刀をするぞ。韓暹」

 その死闘を繰り広げる伍習へ鋭い突きを繰り出したのだった。その奇襲攻撃に、

「くうお!」

 彼が槍を大地に落とすと、

「もらった!」

 楊奉は、容赦なく振りかぶって、伍習を切り落とそうとした。だが、ふいに彼の目の前に手裏剣が現れ、

「くう…危ない…」

 楊奉が、それを瞬時に弾き返す形となったため、伍習は一命を取り留めると、

「おお、張既か…助かったぜ」

 仲間の援護射撃に、安堵の息を吐き捨てた。

「下郎どもが…この張既の手裏剣をとくと味わえ」

 突然現れた刺客は、そう言い放つと、盾の中に仕込んだ手裏剣を無造作に放ったのだった。

「ちい!」

 矢継ぎ早に飛んでくる手裏剣に楊奉が、懸命に振り払っていると、

「遠くにて攻撃するとは卑怯なり…おいらが、斬り捨ててやる」

 その隙に韓暹は、馬を走らせ、張既へ一撃を放った。その攻撃を、

「舐めるなよ!」

 彼が盾で弾き返すと、両者は接近戦にて激しく打ち合い出し、それと同時に楊奉と伍習も負けまいと壮絶な一騎打ちを始めたのだった。

「恐れるな…如何に呂布軍が強くても、たかだか数千の兵しかおらぬ。勇気を持って立ち向かうのだ」

 曹操は、そう発して、味方の士気を奮い立たせた。そして、兵力差を利用して、じわりじわりと彼らを力でねじ伏せていったのだった。その戦局に、

「殿…味方が総崩れとなっております。一時、引きあげましょう」

 高順が声を荒げると、呂布は、

「洛陽に引き上げても、防ぐ手立てはない。かくなる上は、血路を開いて突破し、戦場を脱出するしかない」

 歯ぎしりした。そして、

「陛下…我らの力が足りないばかりに、またお別れをしなければ、ならなくなりました。如何に、曹操とは言え、陛下のお命を狙うことは、ございますまい。どうか、いつまでもお元気で」

 迫りくる敵兵をなぎ倒しながら、戦場からの離脱を図り、突破口が生まれると、そこから必死に逃げ失せたのであった。


 その日の夜、戦場を離脱した呂布たちは、とある山野で野宿をした。

「ここまで来れば、追っては来ないだろう」

 呂布は、疲れた体を大木に預けて、

「しかし、すまなかったな。お前たちまで、こんな目に遭わせることになって」

 楊奉と韓暹らに目を向けた。すると、楊奉は、

「なあに…俺たちは、あんたが気に入ったから一緒に付いて来たまでだ。それに、権力欲の強い冷酷な曹操とか言う男に頭を下げたくなかったからな」

 大きく笑った。

「呂布どの…我らの手で陛下を奪回するためにも、これからは共に力を合わせて曹操に立ち向かっていきましょう」

「ありがとう。楊奉どの」

 呂布は、そう言って、彼らに頭を下げた。

「殿…しかしながら、これからどうするおつもりですか」

 張遼の問いかけに、彼は、

「そうだな」

 夜空を眺めながら途方に暮れ、そうため息を漏らしたのだった。と、その時、ふいに韓暹が、

「呂布どの…おいらには、気心の知れた友がおります。名前は、臧覇と言う山賊で、泰山に縄張りを張っております。一時、彼のもとに身を寄せてはどうでしょう」

 提案した。ちなみに、泰山は、済北の地に近接する標高・1,545mの山で、歴代の皇帝が封禅の儀式を行い、庶民の間でも信仰の歴史がある霊山だ。現在は、世界遺産に登録されている。

「ほう…それは、願ったり叶ったりだな。しかし、大丈夫なのか」

「臧覇は、義を重んじる漢で、弱い者への略奪は一切せず、私腹を肥やす悪い権力者や金持ちしか襲わないことを信条としております。泰山の近くまでたどり着いたら、おいらが先に行って彼と話をつけてきましょう」

 韓暹の話を聞いて、

「すまんな。韓暹どの…恩にきますぞ」

 呂布が深く頭を下げると、それを見た高順は、ゆっくりと穏やかな顔になった。そして、

「良かったですな」

「うむ…どんな世でも、人とのつながりと言うものは大切なものだ」

 彼も、そう言って、笑顔を取り戻したのであった。


 こうして、呂布たちは山野を離れ、臧覇がねぐらとする泰山を目指した…

 一方、献帝を擁することに成功した曹操は、焦土化した洛陽では外敵の侵入を防ぐことができないと判断し、彼に許昌の都へ移って頂くよう願い出ていた。許昌は、広大な農地が広がる豊穣の地で、堅固な城郭と壮麗な宮殿を備えていたため、献帝の安全を図り、その威厳を示すには絶好の場所であった。曹操は、董卓らと違って紳士的であり、理路整然と丁寧に論ずるので、献帝は彼を次第に信頼するようになっていった。そして、この英邁な新しい指導者である彼の意見を受け入れることにした献帝は、一族と近習の者たちを連れて許昌の都へ向かったのだった。

 時は、西暦196年、建安1年のことである…

「これで、陛下の安全は図れましたな。しかも、陛下は殿をとても信頼されている様子…着々と万全な体制が築き上がっている気がしますぞ」

 曹操の参謀を務める荀彧の発言に、彼は顔をしかめた。

「うむ。陛下は、常に余の意見を重用してくださる。しかし、一つだけ厄介なことがある」

「それは、どんなことでございますか」

 荀彧が尋ねると、

「呂布のことだ。陛下は、呂布を無二の親友だと断言し、それ故にこの余も奴と仲良くするよう強く言われるのだ。一体、あのような野蛮人のどこが良いのやら」

 曹操は、眉間に指を押し当てた。

「それがしも、殿と同じ気持ちでございます。あの男は、ただ無用に天下をかき乱しているだけで、この国にとっては害悪であり、ただの厄介者にすぎません。早い段階で、始末しておくべきだと考えます」

 荀彧の意見を聞いて、曹操は大きく頷いた。

「しかし、奴はゴキブリみたいに生命力があって、すばしっこいからのう。今度は、どこへ消えていったのやら」

「ゴキブリは、エサを得るために必ず姿を現します。その内に、向こうからまた現れることでしょう。それよりも、今は奴のことばかりを考えず、当面の課題を一つずつ処理することに力を注ぐべきです」

 荀彧が、そう述べると、

「我が領土内で暴れている泰山の山賊たちのことか…確かに、治安の回復のためにも、奴らを野放しにはできぬからな」

 曹操は、顎ひげをなでた。

「しかし、所詮は山賊…奴らの退治は、余の親族で済北軍を指揮する曹安に任せておけば、問題ないであろう」

 それを聞いた荀彧は、首を横に振った。

「恐れながら、曹安様は少々お人好しなところがあります。事を確実に遂行するために、違う者を起用して頂けないでしょうか」

「むう…余には、そう思えぬが」

 山賊相手に労力を費やしたくなかった曹操は、この時ばかりは荀彧の意見を却下したのであった。


 流浪の途にあった呂布たちは、曹操の手の者に見つからぬよう注意を払いながら泰山へと向かっていた。

「あの黄河の先に見える山々の中に、泰山があります」

「おお、ついに見えてきたか」

 韓暹の話に、呂布は表情を崩すと、

「もう少しの辛抱だ…がんばってくれよ」

 たてがみを撫でながら赤兎馬を励ました。と、その時、高順が急に声を張りあげた。

「殿…あそこで、子どもが倒れておりますぞ」

「むう…それは、大変だ」

 彼は愛馬から降りると、急いで彼女に近づき、体を揺すった。

「おい、しっかりしろ」

 すると、その声に彼女は静かに目を開け、

「ああ、お侍様…これは、とんだ御無礼を」

 ゆっくりと彼に視線を合わせた。

「何も謝ることはない…さあ、まずはこれでも飲め」

 彼が竹筒に入った水を勧めると、彼女は、それを受け取るやいなや、ごくごくと飲み始めた。そして、

「ありがとうございます。これで、少し落ち着きました」

 愛らしく微笑むと、

「どうやら、賊徒に襲われた訳ではなさそうだな…まあ、何にせよ、無事で良かった」

 彼は、安堵の息を漏らした。

「しかし、どうしてこんな何もない野原にいるのだ。女一人で旅をするなど、無謀と言うものだぞ」

 その問いかけに、

「実は、あなた様が、ここに来るのを待っておりました」

 彼女が、さらりと答えると、

「俺を待っていた?」

 彼は、思わず首をかしげた。

「私の名は、呂香姫と申します。幼少の時、私の住む村が賊徒に襲われ、親兄弟を皆殺しにされました。その時に、私も殺されそうになりましたが、そこへ百華山に住む玄光老仙と言う仙人が現れ、幻術にて彼らを一掃してくれたのです。それからは、身寄りのなくなった私を拾ってくださった玄光様と共に、百華山で暮らすことになりました。しかしながら、先日、その玄光様が他界されたため、世の人のために仙術をお役に立てようと下山し、士官を考えた次第です」

 彼女が、ゆっくりと語り出すと、

「ほう…そなたは、仙術が使えるのか」

 彼は、神妙な顔をしながら聞き返した。そして、

「はい。玄光様より、しっかりと手ほどきを受けましてございます」

「そなたは、今いくつなのだ」

「齢は、18にございます」

「なんと…人は見かけによらぬものだな」

 思わず舌を巻いた。すると、彼女は、

「先日、占いをしておりますと、この世を正す豪傑に巡り合えると出ました。そこで、私は、その豪傑を見誤らぬよう、行き倒れの猿芝居をして、あなた様を試した訳です。まずは、その無礼を謝らせて下さい」

 と、言って頭を下げ、

「でも、こうして、私はその豪傑に晴れて出会うことができました。願わくは、身につけた仙術を、世のため人のために使いたく思います。どうか、末席にでも加えてやってください」

 そう嘆願したのだった。

「俺の部下になると申すか」

「若輩者ですが、あなた様のお力になりたく思います。是非とも、お願い致します」

「うむ。そうは、言われてもな…」

 その申し出に彼が困っていると、突然、怪しげな馬蹄の音が響き渡ってきた。

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