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猛虎奮迅-呂布伝-  作者: Hirotsugu Ko
第二部・曹操との死闘編
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第28話

 張邈敗死の報を受けてから数日後…

 呂布の屋敷に、再び魏越が戻ってきて、よからぬ知らせを伝えてきたのであった。

「殿…曹操が軍勢を率いて、この洛陽に迫っている模様です」

「何だと…曹操が、こっちへ向かって来ているのか」

 彼は、その話を聞いて驚愕した。

「曹操は洛陽に陛下がおられる情報を掴んだようです。そして、陛下を我が手中に収めるべく、兵を出したそうにございます」

「なんと言う野心家だ。陛下を利用して、その絶大な権力を自分の物にしようとしているのだな」

 呂布は、ぐっと唇をかみしめた。

「殿…城壁は、完全に修復できておりませぬ。野戦にて、曹操軍を撃退するしかない方法はないかと思いますが」

 傍で話を聞いていた張遼が、そう言うと、

「うむ。すぐに迎撃の準備に取り掛からねば」

 呂布は、急いで兵舎へ向かおうとした。と、その時、張遼と共に傍にいた高順が呂布に対して、声を発した。

「お待ちください」

「どうした?」

「ここは、河内に書簡を送り、援軍を出してもらってはいかがでしょうか」

 彼の意見に、呂布は大きく頷いた。

「そうだな…すぐに、張楊へ援軍の要請をしてくれ」

「かしこまりました」

 高順は、そう言って、魏越に書簡を渡し、河内に走らせたのであった。


 河内に届けられた書簡を見た張楊は、すぐに目の色を変えた。

「事は急を要する…ただちに、出陣の準備をしろ」

 張楊は、迷うことなく呂布たちに援軍を出すことを決定したのであった。だが、曹操軍と一戦を交えると言う張楊の号令に対して、部下の楊醜は、大いに行く末の不安を感じたのだった。

「最近の曹操軍は、天を突くような勢いだ。そのような強大な軍勢と戦って、我らは勝ち目があるのだろうか」

 そう心の中で思った楊醜は、日頃から曹操の才覚を称賛し、早急に彼と誼を結ぶよう献策していた董昭に相談を持ちかけた。彼は、元々は袁紹に仕えていたが、親族が敵対する諸侯に仕えたことから処罰されそうになったことで出奔し、張楊の配下となった知謀の士であった。

「貴殿の申す通り、曹操殿と事を交えるのは良策ではない。だが、現状から考えると、全面的に曹操殿を味方するのもいささか浅はかなことかと思う…故に、今回は、その成り行きを見届けることに徹するべきかもしれん」

 ”静観”の考えを聞いて不快に思った彼は、即座に反論した。

「そのような曖昧な態度では、天下から信を失うことになろう」

 それを聞いて、董昭は首を傾げた。ことは、曹操と呂布、両者の問題である…関与しなければ、自身らには何も影響が無いはずだ。

(この男…これを機に、我が主君を見限るつもりだな…)

 そう推理した彼は、未然に反乱を防ごうと、こう切り返した。

「貴殿は、ちと焦りすぎている。まずは、物事に対して、重要な着眼点が何であるかを見極めることが肝要だと思いますぞ。それを踏まえた上で、揺るぎ無い方針を立て、緻密な戦術を取るべきでござろう。軽挙な行動は、お控えなされよ」

「ならば、その着眼点とは」

「この度の一件は、我らには関係が無いこと。殿は、友を思うて発言されたが、我ら家臣が一丸となって説明すれば、ご理解されることであろう」

「では、揺るぎない方針とは」

 その質問に、董昭は少し間を置いた。それは、自軍をどうこう言う前に、まずは彼の抱く叛心を削ぎ落す必要があったからだ。

「それ以前に、もっと根本的な方針を述べれば、我が軍の発展繁栄以外に何がござろう。無論、それは我々のためでもあるのだ。それ故に、軽はずみな行動を起こすのではなく、静かに情勢を伺うべきである」

「それは違う。日の出の勢いである曹操に対して、我らの義を見せることこそが、我が軍の発展繁栄に繋がるのだ。今が、その絶好のチャンスなのだぞ」

 こうして、論争が次第にエスカレートしたが、このままでは埒が明かぬと踏んだ董昭は、

「とにかく、我が軍は、双方の痴話喧嘩に割って入る余裕などない…明日、私の口から、静観をするように諫言し申そう。それ故に、当面はしばし待たれよ」

 そう話すと、そそくさとその場から姿を消したのであった。

「ふん…うまくたぶらかそうとしても、そうはいかぬぞ」

 楊醜は、そう思い立つと、彼の助言を無視して、その夜のうちに張楊を暗殺したのだった。

「張楊は、我ら家来のことを軽んじ、勝ち目のない戦いの犠牲にしようとしたので、わしが誅殺した。これからは、わしが河内の太守だ」

 楊醜は、家臣団の前でそう公言すると、

「曹操様こそ、天下を治める者としてふさわしいお方…よって、我々はこれより曹操軍に協力し、陛下を惑わす逆臣・呂布を討つ」

 兵を率いて洛陽へ向かった。その光景を城門の上から眺めていた董昭は、

「軽率にもほどがある…もはや、ここに居るべきではない」

 同志の繆尚、薛洪と共に、野へ下ったのであった。余談になるが、後に、彼らは曹操の配下となって活躍することになる…


「何っ…張楊は暗殺され、部下の楊醜が軍を率いて洛陽に迫っているだと」

 河内から戻ってきた魏越の報告に、呂布は思わず仰天し、

「なんと言うことだ…俺が、お前に援軍を要請したばかりに、命を奪われる事態になるとは」

 思いがけない友の死に、大いに嘆き、

「しかし、その楊醜と言う男は許せん。仇は絶対に取ってやるぞ」

 楊醜軍と戦うべく、兵を率いて洛陽を出たのであった。


 そして、曹操軍より先に洛陽に到着した楊醜軍は、呂布軍と激突したのだった。この時、呂布の陣営は、自身の手勢と楊奉の手勢、韓暹が率いる白波賊を合わせて、数千足らずの軍勢であった。

「者ども…一気に蹴散らして、呂布を討ちとれ」

 楊醜は、大声を張り上げて、全軍に号令した。それに対して、呂布軍は、多勢に無勢ながらも果敢に戦い、楊醜軍を相手に大奮闘した。

「こんな小悪党どもなんざ、この成廉が見事に切り崩してやる」

 その中で、成廉は先陣を切って敵軍の中央へ突入すると、当たるや幸いと言わんばかりに敵兵を切り伏せていった。彼は呂布に類似する顔を持ち合わせていたことから、尊敬する豪傑に敬意を示さないとならぬと考えた末、自らの顔を隠すことを選んだ。

「我が主君の顔は、我らの旗印そのものだ…そして、その最強の面は、戦場に二つとあってはならない」

 勇猛果敢な上、白色の細長い布を顔に巻き付けた異様な風貌から、彼は「白面鬼」と呼ばれるようになり、恐れられたのだった。

「さすがは、「白面鬼」…この「陥陣営」も、後れを取るわけにはいかん」

 そうこぼすと、成廉の奮迅ぶりに感化された高順は、彼に負けまいと槍を振り回し、その武勇を十二分に敵兵へ披露した。「陥陣営」の異名は、彼が攻撃した敵を必ず打ち破る猛将だったことを色濃く象徴している。そして、次第に敵の軍隊が中央から真っ二つに割れていくと、最後尾に控えていた楊醜がようやく姿を現したのだった。

「そこにいるのは、楊醜と見た。友の仇を討たせてもらうぞ」

 呂布は、楊醜を見つけるやいなや怯むことなく突撃した。

「貴様の首をはねて、曹操様への手土産にしてやるわい」

 彼も果敢に、呂布に向かって馬を走らせた。そして、呂布と楊醜は、互いに武器を振りかざして、すれ違う間際にそれを振り下ろした。すると、楊醜の首が、血しぶきを上げながら空中を飛んで、地面に転がったのであった。

「総大将・楊醜を討ち取ったぞ」

 呂布の雄叫びを聞いた呂布軍は、大いに士気が上がった。逆に、総大将を失った楊醜軍は、完全に色を失い、潰走を始めた。そして、楊醜軍は追撃してくる呂布軍の餌食となり、全滅してしまったのだった。


 呂布たちが楊醜軍を殲滅させてから数時間後、洛陽に向かって来る曹操軍の偵察を終えた魏越が、慌てふためきながら彼らの下に戻ってきたのであった。

「何っ…曹操軍の先鋒は、あの青州兵だと」

 呂布は、思わず目を細めた。青州兵は、青州一帯に縄張りをはっていた元青州黄巾賊のことで、曹操の傘下に加わった歴戦の強者たちだ。

 ちなみに、黄巾賊とは、献帝の父・霊帝の健在時に大規模な反乱を引き起こした農民たちの集団で、彼らが黄色い頭巾を頭に巻いていたことから、そう呼ばれた。その後、その反乱を先導した太平道の教祖・張角が死去し、彼らの主力部隊は鎮圧されたが、残った少数派の勢力が各地で点在する形となったのである。青州黄巾賊は、その残党たちの中の一勢力であった。

「しかも、その青州兵を率いているのが曹操の従兄弟・曹純…それに、猛将と誉れ高き鮑信、管亥が従っているとは」

 高順は、思わず言葉を失った。

「そんなバカな…鮑信や管亥は、既に戦死したと聞いているぞ。何かの間違いじゃないのか」

 張遼は、ふいに声を荒げた。それは、呂布たちが入手している情報と大きく異なっていたからであった。その情報によれば、次のようになる…

 反董卓連合軍の参加後、済北を治めていた鮑信は、曹操軍の傘下に入る前の青州兵(青州黄巾賊)らが領地を狙っていると情報を入手したため、戦上手の曹操に助けを求めた。その要請に対して、曹操は快く引き受け、鮑信のもとへ馳せ参じたのであった。数日後、曹操は作戦のため、鮑信と共に戦場の下見に出たが、運が悪いことに青州黄巾賊と出くわしてしまい、激しい斬り合いとなった。その最中、囲みを突破した曹操は命からがら逃げ延びたのだが、鮑信は奮戦むなしく戦死したのだった。余談ではあるが、その後、曹操軍と青州黄巾賊との戦いが始まり、勝利を収めた曹操は、その屈強な残党たちを自軍の兵として組み入れている。

「青州黄巾賊の将の一人である管亥も北海の太守・孔融と劉備の連合軍と戦い、その最中で劉備の義弟・関羽と激しい一騎打ちを繰り広げた末に斬られたと聞いている。一体、どうなっているんだ」

 張遼は、困惑の表情を見せながら呻いた。

「これは、何かあるな。しかし、敵を前にして、あれこれと詮索している場合ではない。如何なる猛将が相手であったとしても、陛下を守るために打ち破るのみだ」

 呂布は、そう言って、動揺する自軍を鼓舞したのであった。


 その頃、曹純率いる先鋒部隊の青州兵は、着実に洛陽を目指していた。

「皆の者…もう少しで、洛陽の都だ」

 曹純は、そう言って、

「一刻も早く、陛下を逆賊の手からお救いせねばならぬ。ここが、一番のふんばりどころだ。心してかかれ」

 付き従う鮑信と管亥に目をやった。

「御意でございます。我々のような傭兵部隊に、先鋒役を命じ下された殿のご恩に報いるためにも、最善を尽くします」

 鮑信は、軽くお辞儀してから、さらに続けた。

「我ら二人は、一度は死んだようなものです。今更、命を惜しむような真似は致しません」

「うむ、心強いな。頼りにしているぞ、鮑信に管亥…そして、青州兵たちよ」

 曹純は、そう言って、不敵な笑みを浮かべた。残念なことに、呂布の放った斥候の報告通り、猛将・鮑信と管亥は生きていたのであった。なんと管亥は、孔融・劉備連合軍と戦いで、関羽との一騎打ちにて瀕死の重傷を負ったが、奇跡的に一命を取り留めたのだ。

「この右肩から左わき腹にかけわたる傷を見よ…これが、関羽から貰った俺の勲章だ」

 彼は、ことあるごとに服を脱いでは、その傷を見せて自慢した。

「そんな大怪我をして、よく死ななかったものだ」

 鮑信は、そんな彼を見ては、よく皮肉を言ったものである。

「鮑信よ…お前が、我が青州黄巾賊に加わってくれたことを、本当に感謝している。こんな大事な戦に参加することができたのは、紛れもなくお前のおかげだからな」

「なんだ、藪から棒に…ここまで来て、そんな昔話をするのか」

 急な管亥の発言に、彼は小さく笑いながら、過去を振り返ったのだった。

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