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猛虎奮迅-呂布伝-  作者: Hirotsugu Ko
第二部・曹操との死闘編
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第27話

 こうして、曹操軍は陳を攻略したのだが、数日も経たぬうちに早馬が駆け込んできた。

「殿…汝南、陽翟より袁術軍が迫ってきている模様です」

 それを聞いた曹操が、

「ふむ…どうするかな」

 そう発して、傍に控える謀将の程昱に視線を注ぐと、

「ははは…ならば、この城を捨てて逃げるしかありますまい」

 彼は笑いながら、そう発した。それを見て、曹操はきょとんとし、

「何をバカな…」

 すぐに眉間にしわを寄せたが、

「と、言った演技をなされては如何でしょう…敵にもぬけの殻となったと思わせて城内へ誘い込み、そこを狙い撃ちにするのです。それと同時に敗走の演技をさせた部隊を引き返させ、挟み撃ちにし、殲滅させましょう」

「ほほう、虚誘掩殺の計か…面白いな」

 程昱の策を聞いて、ニヤリと笑ったのだった。


 そして、汝南と陽翟の連合軍は、陳城の郊外で曹操の迎撃軍と対峙したのであった。

「陳の肥沃な土地を、易々と敵に渡すわけにはいかぬ。この戦、確実に物とするぞ」

 汝南軍を指揮する馮方が、そう発すると、

「さあ、目の前の敵を駆逐するのだ。全軍、攻撃開始!」

 陽翟軍を指揮する張勲は、槍を突き上げて号令し、袁術軍は猛然と曹操軍に襲いかかっていったのだった。

「転戦に転戦を繰り返してきた我らが、袁術軍などに後れを取ってなるものか」

 迎撃軍を指揮する夏侯惇、夏侯淵は、敵に対して怯むことなく発令すると、先陣を切って駆け出した。こうして、両軍は激突し、日が暮れるまで激しい乱戦となったが、

「そろそろ頃合いだな」

 夏侯惇は、そう判断すると、

「これはかなわん…退けえ!」

 と、発して、陳城へ向かった。すると、

「敵は総崩れになったぞ。追撃だ」

 袁術軍は、潰走する曹操軍を追い回し始めたのであった。

「さあ、我らは城へ入らずに、そのまま通過するぞ」

 夏侯惇は、夏侯淵に目配せすると、二手に分かれて陳城を通り過ぎていった。その光景を目の当たりにした張勲は、

「わはは…奴らは、城を捨てて逃げ失せたぞ。このまま、陳城に突入して奪い返せ」

 そう命令して、兵士たちを城内へ導いていったのだった。そして、袁術軍は、続々と入城し、辺りは兵士たちで溢れかえったが、

「むう…何と言う静けさだ。民草が一人もおらぬではないか」

 静まり返っている城内にある異様さを感じた。と、その時、城壁からおびただしい数の火矢が舞い、あちらこちらに転がっている油のしみ込んだ枯草の束へ突き刺さり、紅蓮の炎が上がった。そして、辺りはみるみるうちに火炎地獄と化したのだった。

「ぬう…罠だったとは」

 張勲は、思わず顔を歪めると、

「さあ、敵は袋の鼠だ。皆殺しにせえ」

 曹操の号令のもと、射撃部隊が一斉に矢を放った。

「いかん…火の手の弱いところを探して、脱出をするぞ」

 張勲が大声をあげると、袁術軍は城内から脱出を図ろうとしたが、

「大変です。夏侯惇らの軍勢が引き返して、こちらに向かって来ます」

「な、何っ!」

 その報告に、大混乱を起こした。そして、

「覚悟!」

 夏侯惇の一撃に張勲は絶命をし、馮方は夏侯淵によって真っ二つにされてしまったのだった。こうして、汝南と陽翟の連合軍は、完膚なきまで叩きのめされたのであった。


 その後、曹操は、夏侯惇と夏侯淵に軍勢を預け、汝南と陽翟の攻略に向かわせ、難なく城を陥落させて豫州のほぼ全土を掌握したのだった。だが、このまま引き下がる袁術ではなかった。

「おのれ、曹操…ならば、こちらも総力をあげて、全面戦争をするまでだ」

 雌雄を決する意を固めた袁術は、知勇兼備の将として誉れ高き楊弘に軍勢を与えて、本拠地である寿春より進発させたのであった。

「このたびの敗戦で怒りの頂点に達した袁術は、楊弘将軍を総大将に据え置き、大軍を出発させたそうです」

 それを聞いた曹操は、

「臨むところだ」

 と、小さく笑うと、

「郭嘉!」

 知将として誉れ高き郭嘉を呼んだ。この若き賢者は、荀彧によって推挙され、曹操から「わしの大業を成就させてくれるのは、まさにこの男だ」と高く評価された。また、郭嘉も「まさに我が主君だ」と言って喜んでおり、その信頼関係は絶大であった。

「はっ!」

 彼は、威勢よく応えると、

「一軍を率いて、楊弘軍を迎い討ってまいれ」

「かしこまりました」

 一礼をして、その場を退出したのであった。


 郭嘉は、敵の動向を探りながら軍を進め、城父周辺の睢水に達すると、岸辺に陣を築くよう命令を出した。そして、

「朱霊、路昭…」

 従軍していた二人の将を呼び、

「そなたらは、一軍を率いて睢水を渡り、そこで兵を伏せておけ」

 と、指示し、密かに渡河させたのであった。


 一方、楊弘軍は、少し遅れてから城父に達した。

「楊弘様…敵は、睢水の対岸に陣を築いて応戦する構えを取っております」

 それを聞き、

「河を挟んでの合戦か…ならば、我らはここで陣を敷くとしよう」

 楊弘は、城父の地に陣を敷き、対岸の陣へ攻め込む機会を伺おうとしたのだった。ところが、

「将軍…敵は、我らの姿を見るやいなや渡河を始めましたぞ」

「なんと気の早いこと…ならば、岸辺に兵を配置し、矢で応戦するぞ」

 その報告に、楊弘は兵を率いて睢水の岸辺に向かった。そして、

「撃て!」

 岸にたどり着かせぬよう、弓矢隊は一斉に射撃を開始した。すると、

「こちらも矢で応戦せい」

 郭嘉も負けまいと、船上から楊弘軍へ矢の雨を浴びせたのであった。こうして、両軍の矢の応酬は続き、半刻が過ぎようとした。と、その時、楊弘軍の背後からドラの音が大きく響き渡った。

「むう、何事だ」

 楊弘は、思わず振り返ると、朱霊、路昭の指揮する曹操軍が、前方から疾風の如く現れたのであった。

「いつの間に、我らの背後にまわった」

 この伏兵攻撃によって、挟み撃ちとなった楊弘軍は混乱を起こし、次々と将兵を失っていった。そして、郭嘉の率いる船団が、睢水を渡り切ると、彼らの被害はさらに拡大したのだった。

「いかん、一時退避せよ」

 混乱の中、楊弘は、大声を張り上げると、残った兵をかき集めて戦線を離脱したのであった。

「ちっ…逃したか」

 郭嘉は、そうぼやくと、

「だが、あの楊弘のこと…このまま、寿春に引き返しはせぬだろう」

 眼光を鋭くさせながら、逃げ失せる楊弘軍を眺めたのだった。


 次の日…

 郭嘉軍は、睢水を渡河し、大河を背に陣を築き、

「楊弘軍を壊滅させずに帰るわけにはいかぬ。手持ちの船は、全て叩き壊せ」

 船を残らず叩き壊した。そして、

「短期決戦にて討ち破るゆえ、当面の食糧のみ残して、あとは河へ捨てよ。飢えから逃れたければ、敵陣を撃破して食糧を奪うのだ」

 次々と食料の入った袋を睢水に投げ捨てたのであった。

「船を叩き壊し、背水の陣を敷いただと」

 その報告に、楊弘は首をかしげると、

「覚悟を決めたと言うことか…だが、食糧まで無いと言うことであれば、奴らを兵糧攻めにするまで…いや」

 眉をひそめ、

「敵は、短期決戦を望んでいる…今夜あたり、奇襲を仕掛けてくる可能性があるな」

 考えをよぎらせた。

「夜襲に対して、備えをしなければなるまい」

 楊弘は、算段すると、本陣を空にして周囲に伏兵を配置し、

「のこのこと本陣へ来たら、一斉に襲いかかれ…先の敗戦の汚名を晴らすぞ」

 自身も本陣の後方に身を潜めたのだった。


 そして、その日の夜…

「敵軍は、ここから十里先に陣営を張っている。今夜、夜襲を決行するぞ」

 郭嘉は、そう発すると、軍勢を率いて楊弘軍の陣を襲った。

「まんまと空の陣へ入り込んだか」

 その報告を聞いた楊弘は、ニヤリと笑うと、

「よし…一気に叩き潰せ」

 間者を使って、周囲に伏せている部下たちへ一斉攻撃の通達を出して、空の本陣へ向かわせようとしたのだった。ところが、

「大変です。曹操軍の待ち伏せを食らい、我が伏兵はことごとく討ち破られました」

「なんだと!」

 矢傷を負って逃げ帰ってきた部下の報告に、

「裏をかかれたか」

 楊弘は、思わず歯ぎしりをした。郭嘉は、背水の陣を敷いて短期決戦であることを演出し、その緊迫した状況を敵の脳裏に植え付け、夜襲の恐れがあることを連想させたのであった。そして、敵に夜襲の備えをさせ、空の本陣へ自軍が突入したところを彼らに襲わせようとさせた時に、前もって伏せさせた別働隊を駆使して、彼らをことごとく討ち果たしたのだった。

「さあ、残るは本隊のみ…総攻撃にて、壊滅させろ」

 郭嘉は、そう叫んで自軍の兵を自在に操った。

「楊弘よ…今日が、お前の命日だ」

 その最中、楊弘は、朱霊、路昭の二将の同時攻撃によって串刺しにされたのであった。

「これで、当分の間は、袁術軍も沈黙するであろう」

 味方が大勝利で酔いしれる中、郭嘉は終始冷静さを崩すことはなかった。中国全土を支配する大望を抱いていた曹操軍のブレインたちにとって、袁術軍の撃破は、その過程の一部に過ぎなかったからである。

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