第22話
陳留の太守・張邈の下には、陳宮、字は公台と言う策士がいた。彼は、曹操が都落ちをする際にその手伝いをしたが、彼の心の奥底に残虐かつ冷酷な一面があることを感じたため、彼のもとを離れて、張邈を頼って身を寄せていたのであった。
「曹操にはついてゆけぬ」
陳宮の曹操への不信感は、都落ちの時から始まる…
その際、彼らはある民家で宿を求めたのだが、あることをきっかけに曹操は、その主人が自分たちを捕縛して懸賞金を得ようと企んでいると疑い、主人とその家族を皆殺しにしたのだった。だが、すぐにそれが勘違いであると判明し、罪なき者たちを殺めたことに気づいた陳宮は、大いにその所業を悔やむことになった。しかし、曹操は罪悪感を持つどころか、「我に疑心をもたらした彼らこそ大罪なり」と言い放ち、堂々と正当化したのである。そのような経緯があってから陳宮は、疑念を抱きつつもそれを腹の中に仕舞い込み、陳留にたどり着いた後もしばらくの間は、曹操に仕えることにした。だが、それは日を追うごとに大きく膨れ上がり、ついに出奔するまでに至ったのであった。その後、陳宮は張邈と出会い、刎頸の交わりの如く意気投合をすることになり、彼の食客となったのだった。
ある日のこと、陳宮は耳寄りな情報を入手し、張邈と面会した。
「この度、曹操は徐州を攻めると言っている。徐州の太守・陶謙は、とても民百姓に優しいお方で、とても人望のある方だ。だが、その配下の者が、旅行中だった曹操の父に狼藉を働き、殺してしまったそうだ。そのため、曹操の怒りを買うことになり、その報復戦が行なわれることになったと言うわけだ」
その話に、張邈は、
「恐らく、報復戦とは大義名分で、本当の目的は要衝の地・徐州の占領なのだろうけどな」
眉をひそめると、陳宮はふいに目を光らせた。
「無論、この戦争は、曹操自身が指揮をすることになる。それゆえ、現在の曹操の本拠地である昌邑の兵士たちは、こぞって徐州に向かうため、手薄になることでしょう」
「陳宮よ…君は、私に謀反を起こせと誘うのか」
彼の問いかけに、陳宮は、
「張邈どのも私と同様、曹操に対して不信感を持つ人でありましょう」
と、聞き返し、
「これを機に昌邑を強襲すれば、彼らは路頭に迷います。さらに、陶謙と計らって挟撃すれば、奴の首を取ったのも同然…後漢を揺るがす奸臣を討ち滅ぼすことこそ、武士の本懐だと思いますが」
眉間にしわを寄せた。
「うむ…まさに、そうだな。曹操は、自らが皇帝になろうと野望の見え隠れする危険な人物…才気あふれる人間ゆえ、そのうちに頭角を現してくることだろう。ゆえに、その芽が出る前に刈り取っておく方が良いのかもしれん」
こうして、張邈は、曹操への謀反を決意したのであった。
そして、張邈は、少しでも自軍の戦力を増強させようと考え、食客となっている呂布を自室へ呼んだ。
「呂布にございます。お呼びでしょうか」
呂布は、張邈の前で一礼した。
「おお…よくお越しくだされた。さあ、中に入ってくだされ」
彼は、そう言って、呂布を部屋の中へ招き入れた。すると、部屋の奥に彼の友人である陳宮が、慎ましく待っていたのであった。
「お初でございます。私は、陳宮という者です。どうか、お見知りおきを」
陳宮は、呂布を見るやいなや頭を下げた。
「彼は、私の親友なのだ」
「そうでござりましたか」
そう言って、呂布も陳宮に対してお辞儀した。
「実は、そなたに頼みがあって呼んだわけだ」
「頼みとは」
張邈は、呂布へ曹操討伐の話を持ちかけた。その話を聞いた彼は、静かに目を閉じて頭を垂れた。
「そうでしたか…しかし、我らはしばらくの間、お暇を頂こうと考えていたところでございます」
「それは、どう言うことでござる」
呂布は、献帝の長安脱出の手引きをする話をした。
「なるほど…陛下は、かような境遇にあられるのか。なんと、おいたわしいことか」
張邈は、眉間にしわを寄せて、静かに目を閉じた。
「しかし、我々は張邈どのに大変お世話になっております。拙者としては、張邈どののお力になれるのなら、お手伝いしたく思います」
それを聞いた陳宮は、静かに口を開いた。
「陛下をお救いになることは、殊勝なお考えにござります。ならば、我が軍の初戦である昌邑攻めだけを手伝って頂ければ、宜しいかと私は考えますが」
その助言を聞いて、張邈は大きく頷き、
「うむ。そうだな。初戦だけでも手伝ってくれれば、後はこちらで算段できる。どうであろう、呂布どの」
穏やかな顔で言うと、呂布は真面目な顔をして、
「お心遣い、痛み入ります。それでは、我々は全力を尽くして、張邈どのの初戦のお手伝いをさせて頂きます」
深く頭を下げたのだった。
「なんと純粋なお方だ。献帝に対して、ここまで忠義を尽くせる者など、他にはおるまい」
陳宮は、心の中でそう思った。そして、彼は、次第に呂布と言う漢に興味を持っていくのであった。
それから、数日後…
曹操は、報復戦を行うため、軍隊を率いて徐州へ向かったのだった。
「我らは大義のため、曹操を討つ…出陣だ」
そのタイミングを見計らっていた張邈は、部下たちにそう号令し、曹操の本拠地である昌邑を襲ったのであった。
「拙者の体得した武芸…とくと披露しましょう」
呂布は、この昌邑攻めで大いに奮戦し、曹操軍を終始圧倒した。そして、あっと言う間に陥落させたのだった。
「よもや背後から突かれようとは」
本拠地を奪われ、帰る場所を失った曹操は呆然となった。
「しかし、まさかあの呂布が、反乱軍に手を貸して余に立ちはだかるとは」
こうして、彼は呂布に対して憎しみの感情を、抱くようになったのである。
一方、呂布たちは初戦のみを手伝う約束だったため、昌邑が陥落すると献帝を救い出すべく、すぐさま長安を目指して旅立っていった。
「高順…手はずは、問題なく整っておるな」
呂布たちは、旅の途中で立ち寄った宿舎で、打ち合わせを行った。
「はい。長安の都から献帝を連れて脱出する際に協力してくれる者たちへは、既に連絡を取っております。そして、脱出後、李傕の追手が来ても立ち向かえるよう、河東白波賊という義賊への要請もできておりますので、心配はございません」
高順が、そう淡々と述べると、
「うむ。それを聞いて安心したぞ」
呂布は、満面の笑みを浮かべた。すると、
「後は、陳宮どのが授けてくれた策が成功するかどうかですな」
張遼は、呂布をチラリと見て、眉をひそめた。実は、呂布たちと別れる間際で陳宮は、献帝の救出作戦が成功するよう、彼に知恵を貸していたのであった。李傕は、今や後漢の最高権力者である。圧倒的な兵力を持つ彼とまともに争っては勝ち目がないと見た陳宮は、彼らの兵力を分散させるために、ある秘策を講じたのだった。
「彼の考えた策だ。間違いあるまい」
呂布は、陳宮と語り合い、彼のあふれんばかりの知略を肌で感じた。そして、彼にとても興味を持ち、類まれなる人物として高く評価していたのであった。
「しかしながら、洛陽へたどり着いても、それからどうするおつもりですか。董卓によって焦土化した洛陽は、今でもわずかな民がひっそりと暮らす無法地帯…近隣諸国より攻められるような事態になれば、我ら手勢と長安の協力者たち、白波賊だけでは、防ぎようがありませぬ」
張遼の問いかけに、呂布はニヤリと笑った。
「実は、張邈どのが曹操を成敗された後、軍勢を率いて洛陽へ入ってもらう手筈となっているのだ」
「張邈どのが、洛陽の太守ですと」
高順と張遼は、あまりのことに仰天した。
「張邈どのは、義に厚いお方…彼ならば、董卓らと違って献帝を敬い、民のために善政をしいてくれると、俺はそう思っているのだ」
「なるほど…それならば、献帝を中心とした政権が築きあげられ、荒廃した後漢を立て直すことができるかもしれませんな」
張遼は、呂布の意見を聞いて、感銘を受けた。
「さあ、明日の出発は早い…そろそろ寝るとするか」
呂布は、そう言って、
「陛下…もう少しで、再会できますぞ」
はやる気持ちを抑えたのであった。
そして、呂布たちは、旅の途中で河東白波賊と合流した。
「おいらは、河東白波賊の頭目・韓暹と申します。この度は、呂布どのの大義にいたく感動しました。今後とも、宜しく」
「韓暹どの…こちらこそ、宜しくお願いします。共に力を合わせて、陛下をお救いしましょう」
彼らは、そう言って、握手を交わした。
「あと少し行けば長安ですが、一気に突入しますか」
韓暹が、そう尋ねると、呂布は小さく笑った。
「いや…余計な波風は立てぬ方が良い。我々はここで待ち、使いの者を出して、城内にいる協力者たちに陛下を、ここまでお連れして頂くよう働きかけることにしょう」
彼は、そう言って、したためた書簡を取り出すと、傍にいた魏越へ渡したのだった。