第18話
そして、益州平定の軍勢の出発する時が訪れたのだった…
「張燕どの、無吾どの…このたびの要請に賛同して頂き、いたく感謝しますぞ」
援軍として手勢を率いてきた張燕と無吾に、呂布が礼を言うと、
「我が国の名誉のためとあれば、指をくわえて待つ訳にはいきませぬ」
「呂布どのには、先日の恩義があります。喜んで力を貸しましょう」
二人は深く、それに応えた。
「では、総大将…下知をお願いします」
威風堂々と居並ぶ強者たちを前に、呂布が劉璋に声をかけると、
「皆の者…力を合わせて、漢に刃向う逆賊どもを退治し、天下に大義を示そうぞ。出陣じゃ」
彼は、勇ましく声を張り上げ、軍勢を出発させたのであった。
官軍進発の報は、すぐに王咸のもとに届いた…
「ぬう、官軍どもめ…そう易々と我らの領土を取られてたまるか」
王咸は、そういきり立つと、
「総大将は、劉焉の子・劉璋か…父ともども、あの世へ送ってやる」
四川盆地の玄関口である葭萌関に向けて兵を率いて守りを固めた。そして、
「南鄭の張魯軍と言う障壁がある…ここへたどり着く頃には、奴らは消耗しきった軍勢となっているゆえ、我らが負けるはずはない」
官軍がやって来るのを待ち構えることにしたのだった。張魯と親交があった彼は、まさか呂布との間で取引があったなど知る由もなかったからである。
その頃、南鄭では、官軍と張魯軍の八百長試合が繰り広げられていた。そして、張魯軍が潰走を始めると、高順の率いる官軍の一部が彼らに紛れ、一緒になって葭萌関を目指したのだった。
「張魯軍が潰走し、こちらに向かっておりますぞ」
その報を聞くやいなや王咸は、
「むむ…門を開けて、保護してやれ」
部下に命じて門を開けさせ、自ら出向いたのであった。
「すまんな、王咸どの…ものの見事に、惨敗してしまった」
張魯が、深く頭を下げると、
「随分、大変な目に遭ったようだな。だが、この難攻不落の関門で、共に守りを固めれば、何の支障はあるまい」
彼は、そう言って、中に招き入れようとした。と、その時、
「我が名は、高順…陛下の命にて、逆賊を討つ」
張魯の背後で控えていた高順が、すかさず槍を突き出し、
「ぐわあ!」
王咸は、あえなく朱に染まった。そして、
「それ…葭萌関を占拠しろ」
彼が大きく発すると、それに紛れていた官軍たちは一斉に門の中へ侵入して、残った兵士たちを襲い、あっと言う間に陥落させたのであった。
葭萌関陥落の報は、梓潼の城内で大きな反響を呼んだ。そして、
「お頭の仇を討つぞ」
王咸の配下だった趙祗、李権、任岐の三将は、雪辱戦をしようと果敢に城からうって出たのだった。
「王咸の残党たちが、こちらに向かっておりますぞ」
四川盆地に侵入し、梓潼を目指していた張遼は、それを耳にすると、
「その勇気だけは、買ってやるぜ」
目の前に現れた獲物を凝視した。そして、
「官軍の恐ろしさを見せてやれ」
その怒号のもと、官軍は残党に突撃したのだった。
「これ以上、我らの住処を犯されてなるものか」
趙祗が、そう声を張りあげながら、官軍の兵を切り刻んでいると、
「官吏を殺し、勝手に奪っておいて、何を言う…この張遼が、成敗してやるぜ」
張遼の一撃に、彼の首はあえなく飛んだのであった。
「ぬう…おのれ!」
「この腐れ官僚どもが!」
それを見て、李権、任岐がいきり立ったが、
「言っておくが、俺は腐れ官僚ではない…俺たちは、腐敗した国家を立て直そうとする義士だ」
張燕の大刀の前に、李権は真っ二つにされ、
「我が羌族は、大義の旗のもと、漢の義士たちに加勢致す」
無吾の早業に、任岐は、あえなく昇天したのだった。こうして、梓潼の軍勢は、徹底的に蹴散らされ、壊滅したのであった。
梓潼を攻略した官軍は、休むことなく行軍を続け、賈龍が根城とする雒を目指したのだった。
「官軍が王咸の軍勢を破って、こちらに向かっているだと」
王咸と同盟関係にあった賈龍は、その報を聞いて目玉をひん剥き、
「すぐに綿竹関の守りを固めねば」
諸将を集めようとした。と、その時、傍で話を伺っていた配下の郝萌が、おもむろに口を開いた。
「殿…敵は、あの難攻不落と言われた葭萌関を突破した強者ですぞ。しかも、南鄭の張魯までが、官軍の味方をしていると言うではござらぬか。とても、我が軍の歯が立つ相手ではございませぬ」
それを聞いた賈龍が、
「しかし、このまま指をくわえて待っていれば、奴らに蹂躙されるだけではないか。一体、どうしろと言うのだ」
と、聞き返すと、
「無念ではありますが、ここは官軍に降伏するしかありますまい」
彼は、そう答えた。すると、
「降伏しろだと…バカなことを言うな」
賈龍は、怒鳴り声をあげ、
「我らは、国家に反旗を翻して領土を奪った国賊だぞ。奴らが、我らを受け入れるはずがなかろう」
と、言い放った。
「しかし、現実的に考えれば、到底かなう相手ではございませぬ。一か八かではありますが、城門を開け、頭を下げるべきではないでしょうか」
「ここで降伏をすれば、盟友の馬相どのにも申し訳が立たぬわい」
その発言に腹を立てた彼は、腰に携えた剣を引き抜き、
「この臆病者めが、今すぐにでも、その首をはねてくれる」
郝萌の喉元につきつけた。すると、
「おやめくださいませ。郝萌どのは、殿の御身を考えて苦言を申しているのです。それに、強敵を前に味方を斬るなど、さらに情勢を不利にさせるだけですぞ」
配下の王楷が、血相を変えて止めに入った。
「むむ…確かに、そうだな」
賈龍が眉をひそめると、
「ならば、わし自らが綿竹関へ向かい、見事に奴らを撃破してくれる。お前らは、この城を守っていろ」
二人を城に残して、勇ましく出陣したのであった。
「あと少しで、綿竹関に着くな」
行軍を続けながら賈龍が、そう呟くと、
「あの関門も葭萌関と並ぶ要害…しっかりと守りを固めれば、勝算は必ずある」
自分を言い含めたのだった。ところが、
「殿、大変です。綿竹関に、官軍の旗が翻っております」
「なんだと!」
斥候の報告に、彼は肝をつぶした。
「なんと速い進軍だ…一体、どうやって」
実は、梓潼を占拠する際、呂布は部隊を二つに分け、その攻略を張遼に任せて、自らは綿竹関へ急行し、そこで警備していたわずかな城兵を蹴散らしていたのであった。
「くう…ここまで来て、引き返さないといけないとは」
賈龍が、そう歯ぎしりをした瞬間、ふいに周りの山間からドラの音が、大きく響き渡ったのだった。
「綿竹関さえ奪ってしまえば、悩む要素は他にはない…さあ、一気に壊滅させろ」
呂布が、先陣を切って賈龍軍に飛び込むと、彼に従っていた官軍は、続けと言わんばかりに賊軍へ襲いかかった。その伏兵攻撃にあった彼らは、綿竹関を奪われたことも手伝って、完全に戦意喪失状態となり、手に持つ武器を振るうこともできないまま、はかなく切り刻まれていったのだった。
「ひ、退けえ!」
賈龍は、そう声をあげると、まるで頼りにならない味方の将兵を見捨て、単騎で本拠地である雒に向かったのであった。
「かくなる上は、城を枕に戦うしかあるまい」
賈龍は、命からがら雒の城にたどり着くと、
「帰ったぞ」
城門に向かって、大きく吠えた。すると、城壁の上に郝萌が、目を鋭くさせながら弓を持って現れた。
「やはり、拙者の申した通りになりましたな」
「すぐに、城門を開けろ」
彼の申し出に、
「それは、できませぬ」
郝萌は、そう言い捨てると、
「無益な戦いをして多くの将兵を見殺しにし、自分一人でのこのこ帰ってくるなど大将としてあるまじき行為だ。ゆえに、今ここで貴様の首をはねる」
矢をつがえて、賈龍の喉を射抜いたのだった。
それから、数刻の時が経ってから、呂布たちは、ようやく雒城に到達したのであった。
「殿…城門が開いておりますぞ」
呂布に従軍をしていた高順が指を差して、そう発すると、
「むう、どういうことだ」
彼は、ふいに首をかしげた。すると、城内から郝萌と王楷が現れ、
「我らは、刃向う気はございませぬ。この首をもって、降伏致します」
賈龍の首を掲げながら一礼をし、跪いたのだった。
「確かに、この首は賈龍…」
呂布は、顎をしゃくると、
「貴殿の名は?」
と、尋ね、
「郝萌と申します。我が主君は、我らの諫めを聞かず、大切な部下を見殺しにしました。ゆえに、処罰した次第です」
「なるほど、そうであったか」
小さく頷いた。
「これからは、俺の部下になって働くことに嘘偽りはないのだな」
「全身全霊をもって、忠節を尽くします」
呂布の言葉に、郝萌と王楷が頭を下げると、
「わかった。降伏を認めよう」
彼は、二人の手を取って、大きく笑った。こうして、官軍は成都の目と鼻先にある雒の攻略に成功したのであった。