第14話
こうして、九死に一生を得た呂布たちは、無事に函谷関へたどり着くことができたのであった。そして、彼は、守将の徐栄と面会し、
「今回は、本当に助かりました。何とお礼を申したらよいか」
感謝の意を示すと、徐栄は、
「お互い様だ…それよりも、さすがに疲れたであろう。今日は、ゆっくり体を休められよ」
穏やかな表情をした。
「有り難いが、あの鮑信のこと…まだ、諦めてはいないでしょう」
「そうだな…では、お疲れのところ申し訳ないが、すぐに軍議を行いましょう」
徐栄は、そう言うと、函谷関を守る諸将を集めたのだった。
そして、軍議は始まった…
「斥候の情報では、この函谷関に迫っている軍勢は、鮑信軍だけとのことだ。ゆえに、このまま守りを固めていれば、十分防ぎきれると思われるが」
徐栄が、そう発すると、
「確かにおっしゃる通りですが、他の反乱軍が、後からやって来る可能性も考えた方がよろしいかと」
呂布は、そう深読みをした。
「なるべく、鮑信軍は、早めに叩き潰した方が良いと申されるか」
「合流される前に、各個撃破をするべきでしょう」
その答えに、徐栄は、首をひねった。
「だが、そうなると、この関を出て白兵戦を展開しないといけなくなる。そうなれば、こちらもある程度のダメージを受ける覚悟をせねばなるまい。そうなると、後から来た他の連合軍との戦いで、この関を盾にしても防ぎきれなくなることも考えられる」
その話を聞いて呂布は、
「兵力を損なわず、早急に敵を撃退する手か」
ふいに顔をしかめた。と、その時、急に一人の老人が、彼らの目の前に姿を現したのだった。
「やれやれ、遅れてしもうたわい…すまん、すまん」
その老人を見て、呂布はふいに声を発した。
「黄琬様では、ございませぬか…何故、こんなところに」
この黄琬と名乗る老人は、大尉の位にあったが、董卓の政策方針に反発したことで罷免された人物だった。その後、行方はわからなくなり、仲の良かった王允はたいそう彼を心配していた。
「有り難いことに、徐栄どのにかくまってもらっていたのじゃ」
「そうでしたか。ご無事で、何よりです」
呂布は、そう言って、深く頭を下げた。すると、途端に彼は、
「ところで、今後の対策なのじゃが」
と、切り出し、その頭脳を駆使してお構いなしに、
「呂布どのの申す通り、敵が少数のうちに片づけておくことが肝要であろう。ならば、今夜のうちに自軍の一部を出発させて山中に隠し、敵が函谷関に現れたところを挟撃する作戦とすれば、どうじゃろうか」
提案してきた。
「さすが、黄琬様…妙計です」
彼の作戦を聞いた呂布は、視界の霧が晴れたような感じを覚え、
「なるほど…それは、良いかもしれませんな」
徐栄は、疑念を持つことなく、それを採用したのだった。
そして、次の日の朝となり、函谷関の前に、鮑信軍が現れたのであった。
「このまま、指をくわえて引き返すことなどできん…持てる力を尽くして、函谷関を落とすぞ」
鮑信は、そう発して、味方を奮い立たせ、
「攻撃開始だ」
自軍を函谷関に向けて、突撃させた。
「矢の雨を浴びせてやる…かかれ!」
城壁の上で、呂布が声を張り上げると、弓矢隊は鮑信軍に向かって、一斉に矢を放ったのだった。
「怯むな…こんな関所など、簡単に叩き壊してしまえ」
こうして、函谷関の攻防は次第に激化していった。と、突然、鮑信の背後からドラの音が聞こえ、
「まさか…」
それに驚いた彼は、すぐにその音の聞こえてきた方向へ振り向いた。すると、徐栄率いる伏勢が、怒涛の如く、彼らを襲ってきたのだった。
「この愚か者めが…お前らは、もう袋の鼠だ」
「げえ…徐栄!」
徐栄軍によって背後を突かれた鮑信軍は、たちまち混乱状態となった。それを見た薛蘭は、
「よし…この機会を逃すな」
城門を開き、一軍を率いて鮑信軍へ突撃したのだった。こうして、鮑信軍は挟み撃ちとなり、次々と将兵が討たれ、
「退却だ…血路を開いて、この場を脱出するぞ」
全滅の危険を感じた鮑信は、たまらず大声を張り上げた。そして、彼は、9割以上の味方の兵を失いながら、命からがら逃げ失せたのであった。
一方、洛陽に到着した反董卓連合軍は、天をも焦がす勢いで燃え広がる都を目の当たりにし、愕然としたのだった。
「おお…悪夢だ。この世の物とは思えぬ」
袁紹は、その衝撃的な光景に、思わず口走ったが、すぐに気を取り直して、
「皆の者…すぐに、火を消すのだ」
消火の号令を出した。そして、その命令を受けた反董卓連合軍は、一斉に炎に包まれた洛陽へ突入したのだった。
「財物には手を出すな。逃げ遅れた老人・女子供を保護してやれ」
曹操はその号令に続けて、辺りにいる部下たちに、そう命令を発していった。そんな中、劉備の率いる軍勢は降りかかる火の粉を払いながら、臆することなく先陣を切って、炎の海へと身を投じたのであった。
「このような暴挙のために、罪のない良民を犠牲にさせてたまるか」
彼は、そう言って歯を食いしばりながら辺りを見渡した。すると、燃え盛る炎の中で、劉備は民家の前で倒れている一人の老人を見つけた。
「むう…あんなところに、行き倒れのご老人がいる」
劉備が、ためらうことなく彼に駆け寄ると、
「おお…お侍さま、お助けくだされ」
炎に包まれた家から、やっとの思いで脱出した老人は地を這いながら、彼の姿を見て大きく手を伸ばした。
「我らが来たからには、もう心配いりませんよ」
「すまんのう」
劉備は、そう言って、老人を抱きかかえた。すると、行動を共にしていた関羽は、
「兄者…俺は、こっちの方を見てくる」
と、指をさし、張飛は、
「ならば、俺はこっちへ行ってみるぜ」
別の道を指差した。
「うむ。頼んだぞ」
劉備は、そう言って、目で合図をした。反董卓連合軍の中でも、彼の率いる軍勢は民百姓から募集した義勇兵で結成されていたせいか、最も献身的に救助活動を行ったのであった。
反董卓連合軍は、救援救助および消火活動で、幾日もの時間を費やすことになった。その結果、董卓を完全に逃がしてしまうこととなり、さらに自軍の兵糧が尽きる事態となったのだった。
「総大将より、お話がある。皆の者、心して聞くがよい」
曹操は、そう言って、一歩下がった。すると、袁紹は、ずかずかと前へ出て来て、辺りを見渡しながら、おもむろに演説を始めた。
「洛陽の大半は焦土と化したが、とりあえず火は全て消すことはできた。また、逃げ遅れた住民を多く助けることもでき、我が軍は大義の旗のもとで動くことができたと思う。董卓を取り逃がしたのは残念であるが、奴らの軍事力を激減させることはでき、今回の連合軍の働きは、おおむね成功であったであろう。時は経ち、故郷へ帰りたい者もおられるだろうし、これにて連合軍を解散したいと思う」
こうして、反董卓連合軍は解散となり、諸侯たちは続々と、故郷を目指して散っていったのである。