第12話
次の瞬間、呂布と張飛の刃が大きくぶつかり合った。そして、両者は、その攻撃を払いのけて遠ざかると、再び接近して激突したのであった。
「ぬうおおお!」
「ふんぬううう!」
両者は、お互いの刃を押しあい、唸り声をあげた。と、その最中で、
「力勝負は、互角といったところか」
呂布が、眉間にしわを寄せ、歯を食いしばりながらこぼすと、
「ぬかせ!」
張飛はさっと蛇矛を下げて、すかさず突きを繰り出してきた。
「隙あり!」
「なんの!」
呂布は、その突きを受け止めて払い、
「今度は、こっちの番だ!」
すかさず攻撃に転じた。だが、
「甘いぜ!」
張飛は、その頭上からの攻撃を難なく受け止めたのだった。こうして、両者は激しい斬り合いとなり、一進一退の攻防を演じたのであった。すると、周囲の者たちは、そのすさまじい闘いに目を奪われ、固唾を呑みながらその剣劇の行方を見守ったのだった。そして、両者は、打ち合うこと数百合を越えたのである。
「はあ、はあ…」
「ふう、ふう…」
ついに、両者は息を切らし始めた。と、その刹那、突如として二人の武将が駆けこんできたのだった。
「がんばれ、張飛!」
「わしも、加勢するぞ!」
両者の前に現れたのは、反董卓連合軍で張飛の義兄弟にあたる劉備と関羽、字は雲長であった。劉備と関羽も、張飛と同様に武勇に秀でた、類まれなる実力者だ。
「ぬう…3対1とは、卑怯なり。俺もその戦いに加わるぞ」
「この高順も、加勢をいたす」
彼らの動きを察知した張遼と高順は、そう口々に言い放つと、呂布に迫り来る新手たちの前に立ちはだかった。そして、
「ぬう…邪魔をするな!」
劉備は、そう叫んで高順に一撃を食らわしたが、うまく裁かれ、
「そこをどけえ!」
関羽も続けて、立ちふさがる張遼に攻撃をしたが、難なく防がれてしまったのだった。こうして、呂布対張飛、張遼対関羽、高順対劉備の乱戦が始まったのであった。
「むう…これでは、らちがあかん」
曹操が思わず口にすると、袁紹は、
「ふむ。本日は、ここまでだな」
合図を出すよう、部下に命じた。そして、戦場一帯にドラの音が響き渡ると、
「引き上げの合図だ」
劉備は、関羽と張飛に引き上げを促した。すると、関羽が、
「いたし方あるまい」
劉備をちらりと見て頷き、張飛は、
「ちっ…運のいい奴め。だが、次は必ずその首をはねてやるぜ」
と、言い放って、味方の陣へと帰っていったのであった。
「待ちやがれ」
張遼が、彼らを追いかけようとすると、呂布は、
「もう、我が軍は疲労困憊だ。俺たちも、ここで引き上げるぞ」
と、それを制し、
「この俺をここまで苦しめるとは、なんという漢だ。張飛よ…そなたの名は決して忘れないぞ」
厳しい眼差しで、去っていく張飛の姿を見つめたのだった。
その後、汜水関の攻防は、延々と続いた…
初めは両軍とも一進一退の攻防を続けていたが、大義を掲げて勢いに乗る袁紹率いる反董卓連合軍は、じわりじわりと優勢になっていった。しかし、華雄戦死後、総大将となった呂布を擁する董卓軍は、籠城戦の構えをとり、必死に反董卓連合軍の攻撃を食い止めていたのだった。
「汜水関の戦況はどうなった」
汜水関より遠く離れた洛陽の城内で、董卓は、外の景色を眺めながら、李儒にそう尋ねた。
「はっ…あまり芳しくないとのことにござります」
「それは、いずれ汜水関を破られて、洛陽にまで兵が押し寄せて来ると言うことか」
彼は、そう言うと、
「こしゃくな奴らだ。李儒よ、何か良い策はないのか」
李儒に意見を求めたのだった。
「恐れながら、この洛陽にいては危険だと考えます。かくなる上は、長安へ遷都してはどうでしょう…さすがに長安までは距離があるため、兵糧の問題などを考えますと、奴らも追っては来ないのでは」
長安は、シルクロードの基点として西方諸国との交易が盛んな都であり、その繁栄ぶりは洛陽に次ぐものであった。戦いの最前線を部下たちに任せて御大将の安全を図り、豊富な経済力を駆使して反撃の機会を伺おうと李儒は考えた。そして、万が一、洛陽が落ちても長安に立てこもれば、十分防ぐ手立てがあるとみていたのだ。
「しかし、何の根拠もなく遷都はできぬぞ」
董卓の問いかけに、李儒はこう答えた。
「ならば、城内にいる童子たちに遷都を暗示させる歌を流行らせ、それを根拠としてはどうでしょう」
「なるほど」
彼が、あご髭をなでながら、眉をひそめると、
「うまく、やれよ」
「はっ…承知つかまつりました」
李儒は、お辞儀をして、すみやかに退席したのであった。
数日後、城内で妙な歌が流行り始めた。
東西ノ漢
西方ヘ走ル
長安ニ入レバ
斯ノ災イナカルベシ
ちなみに、「東西ノ漢」とは、西方に栄える長安を首都とした前漢と東方に栄える洛陽を首都とした後漢を指しおり、一貫した漢帝国を示している。こうして、歌が流行り始めたことを確認した董卓は、すぐに重臣たちを集め、朝議を開いたのだった。
「本日、皆に集まって頂いたのは他でもない。最近、この城内で長安への遷都をした方が良いと暗示する歌が童子たちの間で流行っているそうだ。わしが思うに、これは天から与えられた啓示であるとみている。故に、早急に遷都を行いたいと考えておるのじゃ」
董卓がそう言い終わるやいなや、たちまち司徒の王允は反対の意を表した。
「大将軍様…今は、そのような時ではございません。童子たちの歌を信じるなど、もっての他にござります。この歴史ある洛陽を捨てれば、民は路頭に迷い、天下の乱を増長させるだけですぞ」
すると、王允の諫言に、董卓が激怒し、
「わしは天意をくみ、国家のためを思って考えているのじゃ。それに、天下の計を成すのに、民百姓のことなど案じられるか」
その一喝に、諸官は静まり返った。だが、ただ一人、城門校尉の伍瓊が毅然とした態度で異論を唱えた。
「大将軍様…国は民があってこそ、成り立つものです。どうか、民草を憐れんで頂きたく思います」
彼の発言を聞いた董卓は、途端に鬼のような形相となり、
「控えろ…第一、貴様は何者だ。何故、こんなところにいる」
声を荒げた。それに対し、
「私が呼びつけました。この者は、私が可愛がっている男で、城門校尉でありますが、いささか才がありますので」
王允が、頭を下げたが、
「そのような勝手なことは許さん…城門校尉の分際で、わしに意見するとは何事だ。早く、この下衆の首をはねろ」
「大将軍…今、一度ご再考を」
伍瓊は、警護兵たちにその身を槍で突かれて、首をはねられたのであった。
「おお…なんと惨いことをなさいますか」
王允は、亡骸となった伍瓊の傍により、すすり泣きを始めた。すると、董卓は、
「黙れ…わしに逆らう奴は、みな死罪じゃ」
彼を蹴り飛ばして、
「下がれ、王允…殺されなかっただけでも、マシと思え」
語尾を強めた。その傍若無人な振る舞いに成す術の無かった王允が、伍瓊の首を手に取ってスゴスゴと退出すると、
「皆の者…異存はございませんな」
冷酷な李儒の確認に、重臣たちは目を閉じて沈黙したのだった。こうして、董卓は異論を持つ諸官を抑えつけ、強引に事を決めてしまったのであった。