第11話
それから、数日後…
華雄を総大将とした官軍は、反乱軍を鎮圧するため、大行列を成して洛陽を出発した。そして、彼らは洛陽から東方へ向かったところにある汜水関に到着し、そこで敵が現れるのを待ったのだった。ちなみに、汜水関は、周囲を山々に囲まれた壮大で強固な関門で、洛陽の都を外敵から守るために造られた要害である。
「敵は、まだ現れぬか。なんと悠長なことよ」
華雄が、高らかと笑うと、
「恐らく、急ピッチで色んな毛並を持った者を寄せ集めただけに、仲間内でうまくまとまらず、喧嘩でもしているのかも知れませぬ」
副将の呂布は、そう皮肉を言った。すると、
「所詮は、烏合の衆か…のこのこやって来たなら来たで、あっと言う間に蹴散らしてくれるわい」
華雄は、酒を持って来るよう部下に命じた。そして、
「景気づけといくか…奴らがやって来るまで、飲みながら待つとしよう」
酒杯に並々と酒が注がれると、彼は、それをぐいっと飲み干した。
「くう、うまいな」
すると、彼は調子に乗って、次から次へと酒杯を空けていったのだった。それを見た呂布は、たまらず、彼をたしなめた。
「総大将…戦の前ゆえ、ほどほどにされよ」
「堅いことを言うな。ほれ、そちも飲まれよ」
そう華雄が勧めると、呂布は大きく首を横に振った。
「いや、拙者は遠慮させて頂く」
「まったく、面白みに欠ける男よのう」
こうして、華雄は、彼の言葉に耳を貸すことなく、ひたすら酒を飲み続けたのであった。
一方、反董卓連合軍は、彼らが到着してから数刻遅れた頃に、その洛陽への道の途中にある大きな関門にたどり着いた。
「どうやら、奴らはここで我らを迎え討とうとしておるな」
曹操は、汜水関にたなびく董卓軍の旗を見て、そう声を発すると、
「よかろう…望むところだ」
袁紹は、ニヤリと笑った。すると、諸侯の一人である孫堅が、
「総大将どの…まずはそれがしがいって参ります。敵の出鼻を見事にくじいてみせましょう」
勇んで先鋒を買って出てきた。
「うむ。貴公なら、心配をする余地はない。健闘を祈るぞ」
袁紹は、彼をそう激励した。孫堅は、後漢末期に起こった農民による数々の反乱を鎮圧した功績を持つ歴戦の強者であった。
そして、両軍は激突した…
董卓軍は、華雄の指揮のもとで勇敢に戦い、次第に孫堅軍を圧倒していった。
「さあ、もう少しで奴らは根をあげるぞ。怯むことなく、果敢に攻めろ」
華雄が、そう大声を発しながら、沸いて出て来る孫堅軍の兵士を斬り刻んでいると、ただ一騎で、何者かが迫ってきたのだった。
「そこにいるのは、総大将・華雄とみた。それがしと一騎打ちの勝負をしろ」
孫堅は、果敢に挑発した。すると、彼は、
「わはははは…この俺様に喧嘩を売るとは、大した度胸だ。一太刀で、ねじ伏せてくれるわい」
孫堅に斬りかかった。
「酔えば酔うほど冴えわたる我が武芸をとくと味わえ」
「この江東の虎をなめるなよ」
孫堅は、そう発すると、華雄の大刀を片方の刀でとらえて払いのけ、もう片方の刀で彼を斬りつけた。
「ぐ…ぐおっ!」
すると、その拍子に彼は、思わず大刀を大地に落としてしまった。そして、孫堅は、大刀を払いのけた刀で、鮮やかに華雄の首をはね飛ばしたのであった。
「敵の総大将・華雄を討ち取ったぞ」
彼は、そう大声を発して、刀を天に突き上げた。その様子を見た董卓軍は、恐怖のあまり混乱状態となり、潰走を始めたのであった。
「何事だ」
乱戦のさなか、呂布は大声を発した。
「大変です。総大将が、孫堅に討たれました」
「な…何っ!」
彼は、仰天したが、
「いつも酒ばかりかっくらって、ふんぞり返っているから、こうなるのだ。だが、俺は違うぞ」
戦場から逃げ失せようとする味方の兵たちとは逆に、果敢に一騎で突進していったのだった。
「さあ、束になってかかって来い。この呂布が、相手になってやる」
呂布は、そう声を発すると、次から次へと迫りくる将兵たちを叩き伏せていった。すると、高順と張遼も、
「よし…この高順も殿に続くぞ」
「この張遼…逃げも隠れもしないぜ」
彼の勇猛果敢な立ち振る舞いに促され、やって来る将兵を見事に斬り捨てていったのであった。
「どんどん来やがれ。逆賊どもが」
彼の武勇は圧倒的で、迎え討つところ敵なしと言わんばかりに、敵の死体の山をどんどん築いていった。すると、次第に孫堅軍は、彼の武威に恐怖を抱きはじめ、逆に潰走を始めていったのだった。そして、彼の奮闘に勇気づけられ、孫堅軍の潰走状態を見た董卓軍の将兵は、逃げるのを止めて、再び孫堅軍に立ち向かい始めたのであった。
「いかん…このままでは、孫堅軍が壊滅してしまう。こちらも、全軍で総攻撃をかけろ」
戦況が不利になったことを悟った袁紹は、すばやく全軍に、そう命令を下した。そして、反董卓連合軍の将兵たちは、一斉に董卓軍へ襲いかかったのであった。
「面白い…死にたい奴から、かかってきな」
呂布は、方天画戟を振り回しながら、雨後のタケノコのように増えてくる敵兵たちを難なく斬り伏せていった。
「むう…あの漢は、何者だ」
鬼神のごとく縦横無尽に暴れまわる彼に対して、曹操は思わず唸った。すると、袁術は、
「恐らく、献帝のお気に入りの豪傑・呂布でございましょう」
眉間にしわを寄せた。それを聞いた彼は、
「あれが、呂布…なんと、恐ろしい漢だ。奴と互角に張り合えている者が一人もいないではないか」
思わず生唾をゴクリと飲んだ。だが、袁紹は、
「まあ、心配するな。ならば、こちらの屈強な武芸者たちを奴にぶつけるまでだ」
不敵な笑みを浮かべながら、6人の武芸者たちを呼んで指示したのであった。
呂布の奮闘は、さらに続いた…
「くそっ…斬っても、斬ってもキリがないぜ」
と、その時、
「そこの男…我らと戦え」
その場に駆けつけて来た反董卓連合軍の選りすぐりの武芸者たちが、タンカを切ると、
「ほう…何者だ、お前ら」
呂布は、彼らに目を向け、ガンをとばしたのだった。
「我こそは、済北の将・鮑忠」
「わしは、冀州の潘鳳だ」
「拙者の名は、南陽の愈渉」
「俺様は、河内の方悦じゃ」
「わしの名は、上党の穆順」
「俺は、北海の武安国だ」
自分たちの名を次々と吐き出す彼らの様子を見て、呂布は小さく吹き出した。
「ふっ…面倒だから、まとめてかかってきな」
「言わせておけば、図に乗りおって」
彼らは、そう発すると、呂布に対して、一斉に襲いかかった。
「どおりゃああ!」
すると、呂布は、地を揺るがすかのような大声を張り上げると同時に、一瞬にして6人の武芸者を真っ二つに斬り捨てたのであった。その様子を見た曹操は、思わず声をあげた。
「な、何っ…あの屈指の武芸者たちが、瞬殺だと」
その恐ろしい光景を目の当たりにした反董卓連合軍は、完全にすくみあがってしまったのだった。
「よし…この勢いで、一気に壊滅させるぞ」
呂布の号令を受けた董卓軍は、戦闘本能をむき出しにして、弱腰となった反董卓連合軍に襲いかかった。
「わははは…大したことのない奴らだ。もっと骨のある奴はおらぬのか」
彼は、そう言って、勇ましく追撃した。と、その時、何者かが彼を呼びとめた。
「待て…これ以上、好き勝手はさせん」
「何者だ」
呂布は、そう言って振り向くと、ぼさぼさ頭に虎髭をたくわえた漢が、蛇矛を持って駆け寄って来たのであった。
「俺の名は、張飛、字は翼徳だ。神妙に勝負せい」
張飛と名乗る漢は、ただならぬオーラを放ちながら、そう言い放った。
「この漢…ただ者ではないな」
幾多の修羅場をきり抜けて来た呂布は、その漢を一目見て、すぐに強敵であることを察知した。
「いくぞ!」
張飛が、問答無用と言わんばかりに馬の腹を蹴り、一気に襲いかかると、
「来い!」
呂布は、そう発して、方天画戟を力強く握りしめたのであった。