風鈴
令和時代。
白妙の自宅の自室にて。
小学一年生の少女、白妙は机の引き出しに仕舞っていた箱を机の上に置いた。
風鈴が入っている箱。
嘘か真か。
白妙が生まれた時にはなかったが、へその緒を切った途端に持っていた風鈴。
鬼灯の実と花の模様が彫られた竹で作られている風鈴。
竹である。
真鍮製、銅製、鉄器で作られた風鈴のように、高く響く音は出せないはずだった。
けれど、その竹の風鈴は高く澄んだ音を響かせた。
ずっとずっとずっと一緒だった。
ずっとずっとずっと。
どんなに嫌な事があってもこの竹の風鈴の音色を耳にすれば、音色を思い出せば、気持ちを楽にする事ができた。
本当は机の中に仕舞わないで、ずっと表に出していたかった。
夏の間だけとは言わずにずっと。
けれど、白妙は夏が終わると竹の風鈴を箱に収めて机の引き出しに仕舞った。
休ませたかった。
竹の風鈴を。
いや。
自分を。
おかしな話である。
竹の風鈴と自分を重ねるなんて。
(この竹の風鈴の音色を聞いていると、気持ちが楽になる。だけど。泣きたくもなる。不思議な風鈴)
「………本当はもっと違う音色を奏でるはずなのに。もっと違う。こんなきれいなものじゃなくて。もっと。誰かが手を入れた。誰か。名前。知っているような気がする。そう。名前。名前は。紫黒………なんて。あ~あ。秋はセンチメンタル空想少女になっていけませんなあ」
白妙は結局箱から出さなかった竹の風鈴を机の引き出しに仕舞うと、自室から飛び出し、居間に居る母親におやつをねだりに行ったのであった。
「まだ暫く様子を見る、か」
人間に擬態する事を覚えた二本角の鬼は人間に化けたまま、空中で呟いた。
二本角の鬼が四つの風鐸から解放されたのは、大正時代。
白妙の生まれ変わりの女性が拳銃で木っ端微塵に破壊したのである。
破壊しては颯爽と立ち去って行った。
二本角の鬼には一瞥をくれただけ。
二本角の鬼に対して何か特別な言葉はなく。
二本角の鬼は白妙に竹の風鈴を投げつけた。
二本角の鬼が手ずから作った竹の風鈴を。
二本角の鬼が覚えていたのは頭に当たった竹の風鈴を白妙が持って行ったところまで。その後は気を失っては長い間眠りに就き、そうして目覚めたのが、令和一年であった。
「結局、とらわれたまま。か。ッハ」
二本角の鬼は真っ青な空に浮かぶうろこ雲を見上げては目を眇め、口の端を上げて吐き捨てるように言った。
「合縁奇縁などと。生温い言葉で片づけてくれるなよ」
(2026.10.2)




