しじちゅう!~指示厨な同期から逃げ出す為に付き合う振りをした高嶺の花がしじちゅうだった話~
このお話はカクヨムの自主企画三段噺『逃』『形』『指示』というお題で書いたものです!
指示厨という言葉がある。
配信者などに対して、求められてもいないのに一方的に命令や指示をし続ける視聴者のこと。基本的に空気を悪くさせるし、好きな人間はいないだろう。
誰だって求めてもいない命令や指示を出すやつなんて好きじゃない。
だけど、
「あたしがそうした方がいいって言ってんだから、あんたは従えばいいの」
勇気を振り絞って先輩に渡そうとしていた俺の企画改善案。それを突然奪うと、これ見よがしに破りながら、奴は笑った。
同期の下川絵里奈。俺にとっての、指示厨。
「中原さあ~、自分の立場分かってる~?」
中原は俺の名。中原両兵というフルネームを覚えていないであろう下川は香水くさい茶髪を揺らして俺の耳元で脅す。
俺はコイツの指示に従うしかない。俺の大切なものがこいつの手の内にある以上。
むわっと匂う香水が離れ、新鮮なオフィスの空気を必死で吸い込む。これ以上コイツの空気を吸いたくないと必死に。
「鼻息荒っ、キモすぎでしょ」
お前に興奮してんじゃねえよ。むしろ、お前の匂いが気持ち悪すぎるのが原因だ!
そんな思いも飲み込んで、俺が顔を上げると、下川が笑っていた。俺の大切なものを揺らしながら。
「こ~れ、見えるよね? あんたはあたしに従えばいいの? 分かった? 分かったら、そんなことやってないで、あたしのプレゼン資料をあたしの指示通りに直せっての」
……もう疲れた。俺はこの数か月ずっとコイツに指示され、それに従い続けていた。
仕事の肩代わりで残業は当たり前、果てにはプライベートな買い物までさせられ、玩具にされた。段々と感覚が麻痺していっているのがわかる……。麻痺すればするほど、考えないで済む。ただ機械のようにコイツに従えばいいだけだから。
「わかっ……」
そう言いかけた時だった。下川が、落とした。そして、
ぱき。
「あ」
踏んで、壊した。
俺の、大切なものを……。
俺の……魔法少女プリンセスキュート(略してプリキュー)ブラックの15周年限定超絶レアストラップを!!!!
「あ、あ、ああああああああああああああああ!」
俺は膝から崩れ落ち、四つん這いのままクソ下川の足の下で無惨に壊されたプリキューブラックの元に近づく。ああ、アニメだったらこんな踏みつぶされた描写の後に絶対に持ち上げてくれるのに!
「な、なによ。そんなのまた買えば」
また、買えば……? コイツは今、なんといった? これは、プリキューブラック15周年限定で数量限定発注生産生産ナンバーの刻印入りだぞ。同志から譲ってもらう訳にはいかないしクソ転売ヤーからなんて絶対に買いたくもない! それこそ冒涜!
いや、それ以上に……
「そんなもの、だと……」
俺はゆらりと立ち上がる。コイツは……マジで自分イズジャスティスのクソ女だ。だから、自分の言う事が正しいと思っていて、こんなにも指示厨なのだ……! だったら!
「な、なによ……い、いいの? あんたの趣味みんなにバラすわよ……?」
そんなこと、どうだっていい……俺はそのストラップさえ無事でいてくれればそれでよかった! そんなことも分からないクソ女を指さし俺は叫ぶっ!
「俺はもう! お前の指示には従わん!」
「……は?」
俺はそう告げると、早歩きでオフィスを後にしようとする。
「ちょっとどこに……」
「昼休憩もとってなかったんだよ……! 休憩させろや! ぼげえ!」
「ひゃ、ひゃい! ……って、今の声どっかで聞いたような」
俺が珍しく声を張り上げたせいかざわざわと騒がしくなり始め、俺は慌てて足を動かす。
ああ、ダメだ。疲れすぎてるな……あっちの声が出てしまった。アレは俺のオアシス。アレだけは本当にバレないようにしないと……。
「……にしても、情けねえ」
結局言えたのは、指示に従わない宣言だけ。俺は、逃げるように非常階段のドアを開けた。
外の風が一気に俺にぶつかってきて思わず目をつぶる。目をつぶれば風をもろに感じ、身体を撫でて通り過ぎていく。その瞬間、俺は解放感に満たされていた。が、すぐに腹の音が鳴り、現実へと帰る。
「どう、すっかな~……」
気まずい。超絶気まずい。下川は同じ課でこれから俺を目の敵にするだろう。そして、下川はあれでも結構男性人気はある。まあ、『あの人』には負けるけど……。
非常階段の手すりに腕を置き、顔を埋める。あー、このまま寝たい。もしくは、家に帰って……。でも、逃げたくない気持ちもある。だから、俺は非常階段止まりだったんだろう。
「中原くん? おーい」
真っ暗闇に意識を預けそうになったその時、声が聞こえた。やさしくて綺麗な声。そして、ふわりと花のような香り。って、マ!? 俺は慌てて顔を上げ振り返る。そこにはビックリ顔さえも美しい、社内男性人気ナンバーワンの美女がいた。
「う、上戸先輩!?」
上戸花江先輩。俺より3つ上なだけだけど、出世街道まっしぐらのシゴデキ先輩。スタイル抜群で黒髪ロングが似合い過ぎる整った顔立ち、その上気配りも出来るので、下川みたいなひがみ女子以外の女性人気も高い。そんな先輩が風に吹かれた艶のある黒髪を掻き上げながら俺に微笑む。女神……!
「会社に戻ってきたら、いきなり君が目の前通り過ぎていくんだもの。慌てて追いかけてきちゃったわよ?」
天使、いや、大天使……! こんな冴えない一社員の俺を心配してここまで来てくれるだなんて……そんな大天使ハナエル先輩が俺の顔を覗き込む。え? この顔、本当に俺と同じ作者(神)が作りたもうたの?
「どうした? 何があったの? センパイに話してごらん」
昇天である。そして、俺は何があったかをたどたどしくも必死に話す。そのプリキューがどれだけ大事だったかも恥ずかしいが、それよりも悔しさが勝り全部話す。その間、上戸先輩は穏やかな笑みでずっと頷いてくれていた。マジ大天使。
「……なるほどね。じゃ、〇すわ」
ん? 大天使からあり得ない不穏なワードが飛び出してきたような気がしたが、俺の聞き間違いな気がして、気であれ、気にちがいないということで曖昧に微笑み頷き返した。
「それにしても、あの子は君をそんな風に使ってたなんて……待てよ……うん、そうだ……これは好機……そうにちがいない……うん」
ぶつぶつと呟く先輩。だが、さっきの不穏ワードが怖すぎて近づくことができない。そのうち、先輩がふんすと鼻息荒くし頷くと俺の方を見る。
「ねえ、中原君! 私と恋人にならない?」
…………………は?
この人は、何を言っているんだ? こ、い、びと? 俺に北海道の有名なお土産になれということか? いや、あれは白い。俺は白くない。肌はそれなりに焼けているし(イベント焼け)、心も黒い(下川程ではない)。なので、他の地域でとてもパクリ商品の多いアレになれというわけではない。ということはということは、恋人にならないかということである。
意味が分からない。何がどうなってそうなった? このクソキモオタク底辺社員と大人気清楚系シゴデキ美女が恋人同士? こうして、俺の中で混沌が生まれ、混乱しきった俺の身体が震えだすと慌てて先輩が説明を始める。
「ち、違うの! 一旦、か、形だけの恋人にならない? ってこと! だ、だって、下川さんも流石に恋人持ちにはプライベートな指示出せないだろうし、私が恋人なら下手な仕事の指示も出来ないでしょ? で、私も色んな人から『恋人になってくれ』って言われてちょっと困っていたのよね」
なるほど、理論はりかいした。俺の方は筋が通ってるし、先輩はどちゃくそモテて困っているようなので分かる。だが……。
「他に適任がいるんじゃ……それに、恋人の振りとはいえこんな美人な先輩と俺じゃ俺の方にメリットがありすぎます」
俺がそういうと先輩は驚いた表情を一瞬みせたかと思うと、背を向ける。考え直しているのだろう。それがよい。
「ふひ……びじん……? へ、へへ……であれば……」
風がすごいのでいまいちよく聞こえないが、何かぶつぶつ言っている。その背中を見ているとなんだか話しかけて顔を見てはいけないような気がして俺は動けないでいた。そして、二度目のふんすが聞こえたかと思うと、先輩が振り返る。
「そうね。なら、ちょっと中原君にお願いしたいことがあるの。それでイーブンにしない? あ、勿論いやだったら拒否していいから!」
先輩がそんな提案をしてくれる。それならやはり俺の方がメリットが大きすぎる気がするが先輩はこれ以上は譲らないととても大きな、例えるならウユニ湖のような……いや、あまりうまい例えではないがとにかく綺麗な瞳で俺を見つめくる。俺は……変えたい。こんな自分を。もしかしたら先輩の『お願い』も何か命令や指示なのかもしれない。それでも……あんなクソ下川に比べたら真っ当なことだろう。俺は頷き、先輩に応える。
「わかりました……あの、よろしくお願いします」
俺の言葉に先輩はぱあっと表情を明るくさせる。花が開いたのようなという表現があるが、流石花江先輩、まさしく花が開いたような笑顔。蚯蚓男は眩しくて目があけられぬ。と、思っていたら蚯蚓男の手に……蚯蚓男なのに手とはこれいかにと現実逃避しようとも逃げられぬほどに引っ張られ、眼前に花。
「ほんとに!? あ、あ、あありがとう!」
こちらこそおおおおおおおおお! 吹き飛びそうになるのを必死にこらえながら俺は、坂本龍馬の写真のような顔で頷く。中原の夜明けぜよ!
そして、俺と上戸先輩は形だけの恋人となった。
「あれ? 中原と、上戸先輩? どうしたんですか~? 二人でなんて珍しい」
はい、クソ女。俺の大切な大切なプリキューストラップの無惨な姿を他の男性社員に見せつけて笑っていたらしい。男性社員たちは俺一人だったら笑いものにするつもりだったのかもしれないが、隣に上戸先輩がいるので気まずそうに目を見合わせている。
天上天下唯我どクソ下川は、そんな状況にも気づかず笑っている。それを見て俺の隣におわす真の御仏が進み出る。ひれ伏せ、クソ餓鬼め。
「下川さん、それ、返してくれる……?」
びっくりするくらい美しい低音に、覇気を感じた俺はぐらつく。他の男性社員も同じだったようで、頬にたらりと汗を一筋流しながら先輩を見ている。真っ向から喰らった下川は震えていた。
「え? な、なんでですかあ? こ、これは……そこの中原のオタク趣味全開の私物なのに……」
「ああ、それね……実は私がプレゼントしてもらう予定のものだったのよ。だって、私、彼の恋人だから」
俺は天を仰いだ。先輩に考えがあるということだったが、こんな感じだったとは……。男性社員達はざわついているし、なんならその奥の課長もお口あんぐり。下川にいたっては多分顎外れてる。
「う、うそ、嘘でしょ! 上戸と中原が……こんなキモオタクと!?」
ち、顎外れてなかったか。だが、言わんとすることは分かる。俺の方は。だが、お前、先輩を呼び捨てにするな。給湯室でなんて呼んでたかばれちゃうぞ。だが、呼捨て陰口クソ女は態勢を立て直し反撃をはかる。
「い、いやいやいや、上戸、先輩……うそ吐かないでくださいよ。先輩、こんなの持ってなかったじゃないですか? なんで、そのキモオタを庇うんですか?」
正論ティーである。上戸先輩からプリキューのプの字も見たことも聞いたこともないのである。絶体絶命! こんな時プリキューなら殴って言う事聞かせるのに!
「知ってるわよ、プリンセスキュート、プリキューでしょ。これはね、15年前に放送されたW主人公の1人でブラックなのよ。ちょっと乱暴だけど根はやさしい女の子。最新のプリキューは探偵もので容疑者一人一人殴って犯人に自白させるのよねえ、中原君?」
プリキューブラック並みの輝く髪を靡かせ、俺にウィンクをぶちかます先輩。流石、先輩プリキューも知っているとは……きっとどんなジャンルでも話を合わせられるように日々勉強しているのだろう。素晴らしい。
「それはね、15周年限定のナンバリング刻印付きのレアなストラップで、しかも、販売は1店舗実売のみ。値段はまあそれなりくらいだけど、ファンにとって一品物のお宝なのよ」
あれ? 俺、ストラップの話詳しくしたっけ? びっくりするくらい先輩が知っている。まあ、恐らくしたのだろう。でなければ先輩がそんなことを知るはずがない。
「それを壊されちゃったんだから、ちょっと、ねえ……」
〇すという先ほどの幻聴がリフレイン。気のせい気のせい。だって、ちょっとって言ってるもん! リョウ、幻聴聞いたんだもん!
「とりあえず、これは返してもらうし、彼は私の恋人だからこれ以上勝手に指示するの止めてね? じゃあ、私も外から帰ってきたばかりなので二人で昼食に行ってきますね」
汗びしょびしょ目しょぼしょぼ非美女である下川から壊れたストラップを奪い取ると、更に俺の手を取り先輩は外へと向かう。みんなが先輩と俺を交互に見てるウィンブルドン。こうして、俺は、下川含む社内のみんなからあの上戸先輩の恋人と認知されることとなった。
「さっきはごめんね、強引で」
手を合わせる先輩。手を合わせ拝みたいのは俺の方だし、こんな場で止めて頂きたい。
俺は先輩に連れられて入ったお洒落なカフェーで恐縮しながらパスタを頂いていた。恋人に見せるためにといくつかシェアしているのだが、誰に見せる必要があるのか……という質問をボンゴレパスタと共に腹の中に流し込む。それに先に確認しておきたいことがある。
「あの……本当に俺の方は感謝してまして……ただ、その俺へのお願いというのは……?」
そう、『お願い』だ。先輩からのお願いというのはなんなのか。正直下川の件で命令恐怖症な俺としては早めにはっきりしておきたかった。俺の言葉をアラビアータと一緒に飲み込んだ先輩が赤い顔で口を開く。辛かったんだろう。
「あのね……恋人をしている時に、君から私に『命令』してほしいの」
………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………ん?
聞き間違いな気がする。気に違いない。気であれ。
俺は曖昧な笑みで『もう一度言ってもらえますか?』と顔面意思表示を試みる。
「だ、だから……恋人をしている時に、君から私に『命令』とか『指示』を、して」
……ん~。二回中二回同じ意味に聞こえた。三回目以降を試みても無意味な気がして俺はお洒落カフェーのソファーにオリャーと背中―を沈める。
意味が分からない。何故、そうなった?
俺は必死に脳をフル回転させ、問う。
「何故?」
二文字でせいいっぱいでした。だが、先輩はアラビアータ赤面のまま、俺にごにょごにょと説明してくれる。とってもかわいいです!
「あ、あのね……私ね、小さい頃から好きな人には指示されるのが何故か嬉しくてね。で、ね……君にもそうしてみてもらえないかなあ、と」
なるほど、わからん。俺は考えるのをやめた。
先輩がそうして欲しいのであればやってみよう。それで先輩が幸せならそれでいいじゃないか!
「わかりました……えーと、でも、何を指示すればいいか……?」
散々指示厨女に指示はされてきたが、俺が指示をしたことはない。なので、どうすればいいか分からず俺が戸惑っていると、先輩はとあるメニューをとんとんと綺麗な指で軽く叩く。
『カップル限定らぶらぶパフェ』
実在したのか……!? これを示したと言う事は食べたいということなのだろう。確かに、SNS映えするし、映えだけでなくボリュームも具材のバランスもよさそうでインバウンド狙いの価格ではなさそう。俺は頷き、店員さんに向かって手を挙げようとするといきなり先輩に服を掴まれる。
「な……!? せんぱい……!?」
慌てて先輩の方を見ると先輩は、俺を上目遣いで見つめながら何かを訴えている。そして、俺は思い出す。先ほどの言葉を。え? マジで? そういうこと?
わけがわからないのだが、至った答えは一つしかなく、俺は先輩の耳元に口を寄せる。
「ら、らぶらぶパフェを頼め、よ……!」
指示、した。ためいきのような声が聞こえ俺が慌てて顔を離すと、先輩の顔はアラビアータ赤面よりも朱に染まり、そして、目を潤ませていた。
「はい……! あの、店員さん! カップル限定らぶらぶパフェをお願いします!」
めっちゃ大声。だが、先輩はとってもしあわせそう。であれば、俺は何も言うまい……。めっちゃ周りの人に見られてるけど気にしない。心を無にするのだ。
そして、やってきたカップル限定らぶらぶパフェなる一品。手の込んだものだとよく分かる。だって、すっごく時間かかったし、その間めっちゃ見られたし、永遠のように感じられたし。
先輩は目を輝かせているので、まあ、良しとしよう。ヨシ!
「じゃ、じゃあ、先輩、思う存分食べてください」
俺が最大限のスマイルで促すと、先輩は途端に圧オーラを放ち始める。そして、ぼそっと。
「……あーん」
……おっふ。『あーん』だと!? ああああああの、古来よりカップルにしか出来ないと言われているあの連携技を俺と先輩で!? だが、先輩の命令に逆らうつもりはない。俺はパフェスプーンにピンクのマカロンののったバニラアイスを掬うと先輩の前に差し出す。だが。
「……」
先輩は圧ある笑顔で首を振る。ど、どういうことだ……? 俺は必死でヒントを探す。先輩の顔を見つめ、理解する。先輩は俺の口をめっちゃ見てる。そう、先輩はあーんを自分にしろと命令をするつもりなどない。つまり……。
「あ、あーんを俺に、しろ」
「はい!」
こういうことらしい。先輩は俺からパフェスプーンを奪うと愛溢れる笑顔で俺に差し出してくる。
「はい、あーん」
マカロンもバニラも美味しかったと思う。頭から足のつま先まで混沌で溢れ、味など分からなかった。その後も、何度も指示させられ続けたがしまいに『水を飲ませろ』といわせようとしたのはなんとか思いとどまってもらった。ていうか、これどっちの指示になるの?
その日、俺は指示厨な同期と決別した。が、指示中毒、つまりは『指示中』な先輩と形だけのお付き合いを始めることになった。
そして、数か月後。
「あ、あのー、な、中原くん? これってどうしろって話だっけ?」
下川が俺のところに指示を確認しに来る。
あのあと、下川は俺の代わりに他の男性社員に助けを求めたが、そもそも下川の指示が無茶ぶりだったので誰も応えることが出来ず彼女の評価はガタ落ち。
一方で、その無茶ぶり指示を俺がちゃんと売れる形にしていたということがどんどん明らかになっていき俺の社内評価はどんどん上がっていた。
「下川さん。ここをこうしてくれればいいだけだから、出来るだけ早くやってね」
「は、はい……」
下川はほっとした表情を浮かべ俺に深々と頭を下げると去っていく。
俺は、無理矢理指示をするつもりはない。それがどれだけイヤか身に沁みて分かっているから。だけど……。
俺のポケットの中にあるスマホが震える。そして、俺も震える。彼女からだ。
俺は、許可をとって非常階段へと向かう。
風が気持ちいい。だが、震えが止まらない。後ろから近づいてくる彼女の気配を感じるからだ。逃げれるなら逃げたい……!
「また……私以外の女に指示したわね?」
「いや、会社なんだからそれくらいするでしょ!」
俺は、振り返って指示中毒シットマシマシ残念美女にツッコミを入れる。上戸先輩は美人だ。
だが、とっても残念な人だった。
指示中毒な上に、俺が他人に指示をしている所を見ると『私が指示されたいのに!』と嫉妬する。
なにそれ? そして、隠していたがアニメもマンガも声優もVTuberも詳しいゴリゴリのオタクだった。その上、残念なことに。
「ねえ、お願い」
「あの、非常階段とはいえ、一応会社なんですけど」
「『指示に従うだけじゃなくてもっと我が儘を言え』って指示したのは君よ? それに幼い私をこんな身体にしたのも君じゃない? そして、それを思い出させたのも君の、いや、あの方の『配信』。だから、指示したじゃない」
そう、これまで色々あった。色々あったし色々明らかになったし、色々変わった。
「『私と形だけじゃなくて恋人になって』って。……だから、ね?」
そう言って、俺の彼女は唇を出してくる。
俺は意を決し、指示する。
「ハグだけにしろ、花江」
そして、指示中な彼女はほっぺたを膨らませ、指示に逆らった。
ぷしゅうという音が聞こえる中、俺は思った。
『しじちゅうって何?』と。
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