表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦国バタフライ・エフェクト ~帰蝶(わたし)のマネジメントが強すぎて、ロジハラ魔王織田信長が「ホワイト天下人」になってしまった件~  作者: 六坂


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/18

第4話:筆頭家老のメンタルケア ~自害フラグへし折り大作戦~

那古野城の夜は、昨日までとは見違えるほど静かだった。  廊下を塞いでいたガラクタが消え、風が淀みなく吹き抜けていく。


 だが、その清潔な静寂の中で、一人だけ『深刻な不全(メンタルダウン)』に陥っている人物がいた。


「……わしの役目は、終わったのだな」


 織田家筆頭家老、平手政秀。  彼は自室で、震える手で筆を握っていた。


 机の上には、殿への最後の忠言を記した――歴史に名高い「諫死(かんし)の書」が置かれようとしている。


 ◆◆◆


(……見つけた。平手政秀の、『自害フラグ(死亡イベント)』)


 私は襖の影から、その様子を冷静に、だが心臓を鳴らしながら観察していた。


 歴史では、政秀は信長様の奇行を正すために自ら命を絶つ。  だが、現代の組織心理学の目で見れば、その本質は「諫言」ではない。


 急激な変化(イノベーション)に置き去りにされたベテランの、『自己有用感の喪失』。  自分の信じた価値観が全否定され、居場所を失ったことによる絶望だ。


(ここで彼を救えるかどうかは、私にとっての最大の検証ポイント。歴史上の『確定事項』を上書きできれば、本能寺を回避できる証明になるはずよね……!)


 私は意を決して、政秀様の部屋の敷居を跨いだ。


「夜分に失礼いたします。政秀様、少し……二人でお話しできませんか?」


 ◆◆◆


その声が鼓膜を震わせた瞬間、政秀の背筋を冷たい悪寒が走り抜けた。  深夜の静寂に紛れ、音もなく現れたその影。  政秀は手元の書状を握りしめた。指先が微かに震えているのを、必死に膝の上で隠す。


(……来たか。蝮の娘が)


 斎藤道三。  美濃の国盗り、恩人を追い落とし、冷酷無比な謀略で近隣諸国を震え上がらせる「蝮」。  その血を引くこの女が織田家に輿入れしてからというもの、家中は目に見えて変質していった。


 これまで政秀が必死に守り、積み上げてきた織田の秩序。  若君・信長の破天荒さを補い、辛うじて保ってきた均衡。  それらが、この女のひと振りの袖、ひとつの微笑みによって、音を立てて崩れ去っていく。  家臣たちは疑心暗鬼に陥り、古き者たちは居場所を失い、まるで目に見えない毒が城内に回っているかのようだった。


 政秀は、自分の中に芽生えた感情を「恐怖」だと理解していた。  それは死への恐怖ではない。  自分が心血を注いできた「織田」という家が、内側から食い破られ、全く別の何かに塗り替えられてしまうことへの、根源的な恐怖だ。


 ゆっくりと、首を動かす。  視界の端に映る、闇に溶けるような美しい着物の裾。  逃げ場のない密室で、自分は何を試されるのか。あるいは、ここで消されるのか。  老いた心臓が、痛いほどにその拍動を速めていた。


 ◆◆◆


 政秀様が、驚いたように顔を上げた。その瞳には、私への「恐怖」がはっきりと浮かんでいる。  彼にとって、私は昨日までの織田家を壊した「美濃の魔女(マムシの娘)」なのだ。


「……濃姫様。老い先短い老臣に、何のご用でしょうか。……掃除の足りぬ場所でもございましたか?」


 自虐的な笑み。机の上の書状。  それを見ただけで、私の胸が痛んだ。


「政秀様。……殿の新しい方針に、ご自分の居場所がないとお嘆きですね?」


「……。殿は、合理という刃で那古野を研ぎ澄まされました。情けや伝統を重んじるわしのような老兵は、もはや殿の歩みを止める『澱み』。……それゆえ、あの錆びた槍と共に捨てられるのが道理かと」


 自分を、今日廃棄された武具と重ね合わせている。  私はあえて、政秀様の目の前に座り、静かに首を振った。


「それは、政秀様の『大きな思い違い』です」


「……思い違い、でございますか?」


「殿は天才です。ですが、天才の弱点をご存知ですか? それは、『自分以外の人間が、なぜ理解できないのかが理解できない』ことです。今日、小島様もお松様も、殿の言葉に震えるだけでした。……なぜか分かりますか?」


 政秀様は、答えられず私を見つめる。


「殿の言葉が『高次元(ハイレベル)』すぎて、現場がついていけないからです。殿の言葉を噛み砕き、家臣たちが納得できる形に直せる人間が、今の織田家には絶望的に足りない。……そして、私一人では、到底手が足りないのです」


「濃姫様でも、でございますか?」


「ええ。私は新参者。私が知らない『これまでの織田家』、その伝統と絆を知る貴方にしか救えない心が、この城にはたくさんあります。殿が『()』なら、私はそれを振るうための『(ロジック)』。そして政秀様、貴方はそれらを優しく収める『(さや)』なのです」


 政秀様の目が、大きく見開かれた。


「貴方がいなくなれば、殿の刃は味方すら切り刻み、この織田家は自壊します。……政秀様。お願いです。私と共に、殿の孤独を救い、家臣たちを守る『防波堤(クッション)』になっていただけませんか? 二人で力を合わせ、この織田家を支えたいのです」


 政秀様の震える手が、机の上の遺書から離れた。  冷徹な魔女だと思っていた女が、自分を「不要なゴミ」としてではなく、組織に不可欠な『パートナー(共闘者)』として必要としている。


「わしは……捨てられるのではなく、まだ……お役に立てるのか。姫様と共に、殿を……」


「もちろんです。政秀様、その書状は、どうか火鉢に。……貴方に死なれては、私が一番困るのです」


 政秀様は震える手で、書きかけの遺書を丸め、火の中へと投じた。  その瞬間、私の視界の中で、歴史の歯車が「ガチリ」と音を立てて外れた気がした。


(やった……。私の手で平手政秀の諫死を、歴史を変えらるかも。……なら、いけるわ。本能寺の変だって、絶対に上書きしてみせる!)


 ◆◆◆


 翌朝。  那古野城の廊下には、昨日までよりもずっと柔和な顔で、侍女や武士たちに細やかに声をかける平手政秀の姿があった。


「お松。昨日は急な指示で苦労をかけたな。だが、お主が道を拓いたおかげで、殿もいたくお喜びであったぞ。……これからは、何事もまずわしに相談せよ。わしが姫様と共に、良きように計らってやろう」


「政秀様……! はい、それならば安心でございます!」


 現場の『信頼(エンゲージメント)』が劇的に向上していく。  それを見守る信長様は、相変わらず無愛想だったが、政秀様が差し出した茶を一口飲み、短く言った。


「……政秀。無駄口が増えたな。……だが、不味くない」


「ははっ。もったいなきお言葉」


 信長様も、政秀様の「変化」に気づいている。  そしてそれを、拒絶していない。


 私は城壁から空を見上げ、独りごちた。


(歴史の修正、成功。……でも、これは始まりに過ぎないわね。私のような『翻訳者』を、もっと増やして組織を厚くしなきゃ。……織田信長を死なせない経営、本気で完遂させてみせるわ)


【業務報告】 ・平手政秀:自害フラグ折却に成功。 ・役割変更:筆頭家老 兼 最高人事責任者(CHRO)。 ・中長期目標:マネジメント層の育成(翻訳者の増員)。

お読みいただきありがとうございます!


次回、第5話。斎藤道三が、ついに動き出します。


「帰蝶よ。貴様、那古野で何をやらかしている……?」


【読者の皆様へお願い】 「続きが気になる!」と思っていただけましたら、 ブックマーク登録や、ページ下の評価(☆☆☆☆☆) をいただけると執筆の励みになります。




(評価はモチベーションに直結しますので、何卒よろしくお願いいたします!)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ