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第二の朗読/ヴィルフリートの物語:急

 しばらくして、ヴィルフリート様は暴力事件を起こしてしまいます。

 無責任なウワサを流す集団を見てしまったのです。

 

「オルタンシアは外国に消えたらしい」

「いやいや、隣国の王子にかどかわされたとか」

「あれだけの美貌だ。きっと駆け落ちだ」

「辺境で金持ちに溺愛されている彼女を見た者がいる」

「違うぞ、ぼくが聞いたのは見世物小屋の水槽で」


 その中には、クロヴィス様。

 あなたの姿もあったそうですね?

 殴られたのでしょう? ヴィルフリート様に。

 まあ、あなただけではなく、全員に見境なく襲いかかったそうですが。


――ふざけるな。

 言うに事欠いて、あいつが男と消えただと?

 それだけは絶対にありえねえんだよ!

 お前らのせい――お前らのせいで――

 あいつがどんな気持ちでいたのか、知りもしねえくせに――


 結果、彼は謹慎処分となりました。

 学院に戻ってからも、もう誰も近づきませんでした。

 危険きわまる怪人族(オルク)としかみなされない。

 復学後も、無気力な日々を過ごされていました。


 けれどもある日、耳の奥に、彼女の声がよみがえったそうです。


――「簡単にはあきらめない。地方領主として天災や不作に立ち向かう、ラヴォワ家の心得です」


 この言葉で、ヴィルフリート様の人生は変わりました。

 学院卒業後の道を定めたのです。


 おりしも、ちょうどこの頃、王都には新しい治安維持組織、『警察』が誕生していました。ここならば、伝統や格式などでは勝ち目のない男爵家の自分でも、権力を手に入れられるのではないか。そう考えた彼は、猛烈に勉学に打ち込みました。


 最高位の大学に進学し、

 法学を修め、

 父デュラランド男爵の縁をたどり、

 後見人を確保し、

 王都警察に見習いとして出仕し、

 下働きや調査、警備に明け暮れました。


 やがて、学院を卒業してわずか四年でありながら、彼は魔法犯罪を専門とする特命捜査官に任命されました。


 これは男爵令息としては異例のこと。

 まして怪人族(オルク)としては、異常と呼んでも差し支えないほどの早さでした。



   ❖――♔――❖



 さて、陛下。お待たせいたしました。

 疑問にお答えいたしましょう。


 私が本件について知るきっかけは、王都警察特命捜査官、ヴィルフリート・デュラランド様からの打診でございました。『愚か者が破滅する物語』にふさわしい題材があるのだと、寝物語朗読係レクトリス・デュ・ソワールの権限に目をつけ、接触してきたのです。

 私は護衛の騎士とともに、会談の場を設けました。


「どう思う? 私の騎士」


 ヴィルフリート様――いえ、ここからはデュラランド様とお呼びしましょう。ひととおり彼からお話をうかがった私は、かたわらの黒髪黒目の騎士に問いかけました。 彼は、私が自ら見出した一代騎士です。齢二十にも満たぬ身ながら、推理において右に出る者はいない。私の切り札たる『探偵騎士』でございます。


「魔法が使われたのは間違いないでしょう」


 騎士は細指を口元に添え、静かに続けました。


「デュラランド様。今回の消失トリックについて、あなたには仮説があったのでは? だからこそ捜査官の地位を志されたのですよね。王国において、すべての魔道具は本来、女王陛下の所有物とされています。僕たち臣民には貸し与えられているだけです。この建前に従い、魔道具の持ち主は全員、その情報を王室に提出する義務を負っています。正当な手続きなしには王族でさえ閲覧(えつらん)できない秘匿情報ですが――王都警察は、陛下の勅令(ちょくれい)に基づき、開示を求めることが可能です」


 デュラランド様は「話が早い」とでも言いたげに、感心したように目を見開かれました。


「かくしてあなたは、〈砕石の魔法〉の正確な情報を手に入れられた」


 かつてデュラランド様は、クロヴィス様の練習に立ち会ったことがありました。けれど、本質を詳しく聞かされたことは一度もなかった。軽々しく説明を受ける性質のものでもありませんからね。しかし、ついに確認できたのです。〈砕石の魔法〉が『石をすり抜けられる魔法』であるという事実を。


 おや、クロヴィス様。

 いよいよ顔色が面白いことになってきましたね。

 お止めにならないのですか? 一か八か、ここで私たちを相手に暴れてみるのもまた一興。

 こちらとしても手間が省けてありがたいのですが……そんな度胸もないようですね。

 では、続けましょうか。


「探偵騎士。おめェさんの言う通りだ」


 低く押し殺した声で、デュラランド様は続けました。


「貴族学院の礼拝堂は石造りだった。〈砕石の魔法〉なら、二階の階段を登っていくオルタンシアを、真下の地下倉庫にまで落とせる」


「ええ。人間ひとりを殺すには、十分な高さです」


「当時の証言を集めたが、事件の日、倉庫に近づいた人間は誰もいなかった」


「つまり、クロヴィス様がそこにいても、気づかれることはなかった」


「あァ。だが、そこで手詰まりだ。オルタンシアが誘拐されたにしても、殺されたにしても、その後どこへ行ったのか、まったくわからねェ」


「地下倉庫の床下、あるいは壁の中などに死体は埋まっていませんでしたか?」


「それはねェ。〈砕石の魔法〉は、物体を埋め込んだまま魔法を解くと、石が内部から破裂しちまうんだ。床や壁に死体を隠すことはできねェし、特別な空洞があるわけでもない。掘ったり埋めたりした痕跡も一切なかった」


「……空洞、か」


 騎士は短くつぶやきました。場が一瞬、静まり返ります。

 私も耳を傾けながら、不思議に思いました。クロヴィス様は朝、何事もなかったように寄宿舎へ戻られたと聞いています。残された時間は長くても一時間。

 死体を運ぶ余裕などあるはずがない。いったい、どうやって。


 けれど、私の騎士にかかれば、それも難題ではありません。

 しばらく考える様子を見せたあと、静かに口を開きました。


「残念ながら、もしクロヴィス様が犯人だったのなら、オルタンシア様はすでに殺されている可能性が高い。そして彼は臆病(おくびょう)な人物。ならば、誰かに見つかるかもしれない場所ではなく、自分にしか使えない場所を『死体の隠し場所』にしたと考えるのが自然でしょう。例えば、侯爵家が関わった建造物です」


 騎士は手帳から折りたたんだ地図を取り出し、私たちに広げて見せました。


「寄宿舎からもっとも近いものだと……ここ。貴族街の一角にある石橋です。運河の支流にかかっていて人通りも少なく、詰所なども置かれていない。もしクロヴィス様が図面を見て、死体を隠せる『空白』の存在に気づいていたとしたら」


「待て。そんなことありえンのか? 運河をまたぐ石橋だぞ。人間を隠せるような場所なんて」


「あくまで可能性の話です。他の橋も含めて調べ直す必要はあります。ただ、まったくの絵空事ではない。時期的に、この石橋は納期優先で造られたはずです。石灰や充填材を詰める工程で、何らかの不備があれば、人ひとり隠せるくらいの空間はできたかもしれません」


 そして騎士は私を見やり、言いました。


「アルア様。ロートレック侯爵――クロヴィス様のお父上につないでいただけませんか」


 クロヴィス様。私の騎士、なかなかのものでしょう?

 褒めていただいてもよろしいのですよ?


 あとは力技です。私、こう見えて女王直参の公爵令嬢ですから。あちこちに言うことを聞かせつつ、配下のものどもを動かし、ロートレック侯爵をはじめ、関係者への取材を重ねました。


 元学友の令息や令嬢たち。学院の先生方。礼拝堂の司祭たち。寄宿舎の使用人たち。オルタンシア様の侍女たち。証言と記録を組み合わせ、こうして一つの物語に仕立て上げたのです。

 ちなみに、今日あなたと一緒にいた御者は、何もご存じありません。あなたに期待なさっていたのに、かわいそうなことです。


 すべてが証拠で裏づけられているわけではありません。探偵騎士による推理の域を出ない部分もございます。

 ですが、クロヴィス様。

 あなたのその顔を見るに。


 大きく外れてはいないようですね。

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― 新着の感想 ―
「褒めていただいてもよろしいのですよ?」←ドヤ顔が目に浮かびました。 女王陛下、お話は当然おもしろいでしょうが、今回の見どころは、クロヴィス氏よりも、こちらの女性の表情だと思います!
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