幕間
「決めつけだ。全部ただの作り話じゃないか!」
朗読を終えたアルアリエルに向かって、クロヴィスは言い放った。顔は赤く、声は震えていた。
「よくも、こんな長ったらしく、べらべらと! 寄宿舎での暮らしだとか、ぼくの気持ちだとか……全部でたらめだ!」
声は次第に荒れ、必死さがあらわになる。
「オルタンシアは、家出か何かでいなくなったんだ! 陛下、お聞きください。これは全部、妄想です。ぼくを陥れるための――」
けれど、その必死さの裏にあるのは怒りではなかった。
――どうやって。
なぜ自分しか知り得ないはずのできごとを、この妖女は語れるのか。
まるで説明のないまま突きつけられる真実が、恐怖をさらに深めていった。
寝台のブランシュは長い足をぐっと伸ばし、寝間着のすそを指先で直した。
「面白くなってきたではないか。そなたの言うことも一理ある。いまのところ証拠を示したわけでもないからな」
「陛下っ……!」
クロヴィスは思わず声を張り上げた。女王に、アルアリエルを疑う気配はまったくない。こんな言い逃れなど、さらなる転落への前振りにすぎない、舞台を盛り上げる合図にすぎない――そう告げられたも同然だった。
「どうなのだアルアリエル。五年前に失踪事件があったのは、おぼろげに思い出した。当時、ラヴォワ家の連中は調べなかったのか」
悪役令嬢は深く一礼し、澄んだ声で答えた。
「調査は行われましたが、犯人は分からずじまいでした。推測くらいは立ちましたけれどね。高位の令息や令嬢のうち、誰かが魔法を使ったのではないかと。ただ、犯罪となれば家の威信に関わります。そう簡単に捜査はできません」
ブランシュは足を組み、片肘をつきながら、いまいましげに唇をとがらせた。
「だろうな。暗殺にしろ誘拐にしろ、起きてしまったことについて、あとから犯人を突き止めるのは困難だ。まして相手が貴族となれば」
「ええ。しかも上級貴族のみなさまは、危険な魔道具を平気で持ち歩いている。『すべての魔道具は女王の所有物である』という建前こそあるものの、身分による特権には、なかなか制限をかけられません。『高位の貴族ほど魔法を乱用しないものだ』という性善説に頼るしかないのです」
「不愉快なことだ。であるがゆえに、個人を狙った犯罪については、それぞれの家で対策を立てるより他にない。アルアリエル、お前に『探偵騎士』を名乗る、出自のよく分からぬ護衛がついているようにな」
「はい。ただしオルタンシア様は地方の子爵家の生まれ。雇える人材には限界がありました。ラヴォワ家の方々も懸命に動かれましたが、長期の捜索は難しく、やがて泣き寝入り。事件は迷宮入りとなりました。学院も責任を問われ、何名かの教授が職を追われました。とりわけ悲惨なのはオルタンシア様の侍女たちです。地方へ戻され、立場を失い……。ご想像できますかクロヴィス様。あなたのしでかした行いで、何人の人生が狂ってしまったのか」
「だから! 作り話だって言っている!」
やり取りの最中、クロヴィスは顔を真っ赤にし、声を荒げた。
「だいたいオルタンシアなんて、なぜ今さら蒸し返すんだ! 卒業生たちだってもう誰も話題にしちゃいない! みんな忘れたんだ! ぼくにはアレットという恋人がいる。今夜、結婚を申し込むつもりだったんだぞ! これ以上くだらない難癖をつけるなら、考えがある!」
「うるさいぞ。少し黙れ」ブランシュがさえぎる。「アルアリエル。そもそもなぜ、五年前の事件になど興味を持ったのだ。お前、その頃は王都にいなかっただろう。新聞記事でも読んだのか?」
「実は、今回のお話は『持ち込み案件』なのですよ。クロヴィス様、あなたもよくご存知のお方からです」
アルアリエルは、唇にかすかな笑みを浮かべた。
「ヴィルフリート・デュラランド。このお名前、聞き覚えがあるでしょう?」
クロヴィスの心臓が不快な音を立てた。
学友だった怪人族の男。
人並み外れた体躯の、怪力自慢の男。
〈砕石の魔法〉の練習につきあってくれた男。
クロヴィスの学生時代を、誰よりも近くで見てきた男。
「あいつが言ったのか……ぼくについて、あることないことを! あんなやつの作り話を真に受けるなんてどうかしている、これは侮辱だ!」
「お言葉が過ぎますわよ、クロヴィス様。確かに爵位はあなたのほうが上。しかし今の発言は、王権への挑戦ととらえられかねません」
クロヴィスは言葉を失った。「王権への挑戦」。その意味がすぐには呑み込めなかった。
「あの方は学院をご卒業後、法の道に進まれました。数年前に産声を挙げたばかりの王都警察に入り込み、魔法による犯罪を追う特命捜査官の一人になられましたの。近年の王都では迷宮入り事件を再調査する気風も生まれていますからね。五年をかけて、ようやく彼には好機がめぐってきたのです」
――再調査。
「バカじゃないのか。む、むちゃくちゃだ。ありえない」
クロヴィスの声を無視し、アルアリエルはゆるやかに一礼し、女王へと向き直った。
「すぐにわかりますとも。ここからは、第二幕。破滅をもたらす者の物語。クロヴィス様にはまだまだ、たぁっぷりと、自分の罪の重さをかみ締めていただきますわよ――」




