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後日談/悪役令嬢の書斎

 十日後。


 黒髪の探偵騎士ミル・アシノがアルアリエルの書斎に戻ると、彼女はちょうど書きものを終えたところだった。

 机上には題材のストック――何人もの『愚か者』に関わる草稿が、几帳面に積み重ねられている。


「オルタンシア・ド・ラヴォワ様の埋葬が完了したとのことです」


 報告に、アルアリエルは一瞬だけ視線を宙にさまよわせ、思い出したようにうなずいた。


「故郷に送られたのだっけ。クロヴィス捕縛の三日後に」


「ええ。デュラランド様が手配されました。残論点もなかったので、速やかに」


「例の対応は?」


「問題なく。デュラランド様の従者に手を貸していただきました。かつてオルタンシア様の侍女だった、幼なじみの方です」


 この国では、遺体を整える修復技術が発達している。ミルは従者に腕の立つ医師を紹介し、できるかぎりかつての姿に近い形に再現してもらった。五年間、石の中に閉じ込められていた少女。面影だけでも遺族に返すべきだと望んだのは、アルアリエルだった。


「葬儀には出られないのね、あの人は」


「残念ながら。家同士のつながりもない、学生時代の非公式な友人関係にすぎません。失踪にともない、駆け落ちなどの風評がついてしまった以上、彼女の尊厳を少しでも守るためならば……」


 ミルは言葉を切った。

 数日前、教会で偶然、ロウソクを一本捧げるデュラランドの背を見かけた。

 祈りの言葉もなく、ただ長く、長く立ち尽くす姿だった。

 胸中を推し量るつもりはない。

 語ることでもない。


「もう一つご報告が。クロヴィスへの判決も出ました。彼が作った水門の近くに吊るすそうです。平民の死刑囚何人かと一緒に、まとめて。陛下らしい意趣返しです」 


 アルアリエルは反応を返さないが、ミルは淡々と続けた。


「獄中の様子や関係者の反応、および数日後に催されるだろう見世物についても、手のものに調べさせています。後日談としてお使いください」


「……気が進まないわね」


「ですが、女王は好まれます」


「わかってる。ありがとう」


 彼女は椅子の背に身を預け、白い指先を軽く振った。

 かたわらには、魔法を仕込んだ片眼鏡(モノクル)が放置されている。

 ミルは目を伏せ、深く息をついた。


 アルアリエル・ド・ラ・ルミエール。公爵令嬢にして、寝物語朗読係レクトリス・デュ・ソワール

 女王直参として絶大な権勢を誇り、彼女個人に与えられた居室(ロジュマン)も、身にまとう衣装も、机に置かれた飲み物や調度品も、最上級の逸品ばかり。本人もまた「この大宮殿で誰よりもワガママに暮らす」と公言してはばからない。

 だが同時に、危うい立場でもある。女王を飽きさせれば即座に失脚し、王都を追われる。この宮殿にしか生活基盤のないアルアリエルにとって、追放は死に等しい。ミルは自身のある特殊な出自から、似たようなシチュエーションには心当たりがあった。


――要するに僕の()()でいうシェヘラザードだ。もう二年。千夜一夜物語には終わりがある。アルア様は……。


 ミルは一代騎士にすぎず、『就寝の儀』には出席できない。彼にできるのは、王都に張り巡らせた情報網で、彼女を支えることだけ。


――しばらくは大丈夫だろう。『クロヴィスの物語』は女王に大変好評だったという。こぼれ話や後日談なども愉しんでいただけるはずだ。


「……やっぱり言うべきよね」


 ミルの考えを断ち切るように、アルアリエルが顔を上げ、強い調子で言った。


「さっき、女王陛下から提案を受けたの。打診というか、揺さぶりというか、意地悪というか、もう、クソみたいな暴言なのだけれど」


「どうしたんですか。あのお方の暴言なんていつものことじゃないですか、落ちついてください」


「あなたをデュラランド様の部下として、王都警察へ引き抜きたいって」


「何と?」ミルは目をしばたかせた。


「どうせ、本気じゃないわよ。私の反応を試しただけに決まってるわ」


 言うと、アルアリエルは立ち上がり、両腕を広げて大げさに笑い出す。


「『デュラランドもお前の騎士をいたく気に入ったようだからなぁ。知っての通り、この国の犯罪捜査は未熟にすぎる。防犯はおのおのの家任せ。警察を作ったはいいがてんで人材不足。悪意ある魔法使いの前には、下級貴族や平民などひとたまりもない。私はこの国をもっと、みなが安心して暮らせる国にしたいのよ。まあ無理にとは言わないさ、くくく、無理にとはな。ところであの騎士、名前は何と言ったかな?』――ああくそ思い出しただけで腹が立つ!」


 女王の口調を真似し終えると、じたんだを踏み、ふいにかがみこんで上目づかいで見つめてきた。


「……どうなの。本気で興味があるなら相談してみる。今後私がどうかなっても、あなたの将来は守れるかもしれない」


「一つ、いいですか」


「何?」


「アルア様ってたまにすごくおバカになりますよね」


「はぁ!?」


 いきりたつ彼女の鼻先に、ミルはぴっと指先をつきつけた。


「僕が、あなたから離れるわけないでしょう」


 彼女の顔が停止する。


「二年前に誓ったんです。あなたの味方になると。僕は探偵であり、同時に騎士なのですから」


 アルアリエルは、しばらく言葉を失った。

 唇を噛み、白い指先で口を押さえ、落ち着かない様子で視線を泳がせる。長いまつ毛がふるえ、吐息がかすかに胸元を揺らす。言葉を出そうとしては飲み込み、顔は伏せられた。

 やがて耐えきれなくなったように、ヒールを鳴らして歩み寄ると、勢いよくミルにぶつかった。細い両腕を彼の背に回して、ぎゅぅっとしがみつく。胸元がつぶれて形を変えるほど強く。ようやく顔を上げると――頬を染めて見上げた。


「……誰がおバカですって。あなたこそ、歯の浮くようなことを、あっさりと」


 濡れた光沢を帯びた青い瞳。声はかすれ、叱るよりも甘えに近い響きだった。


――いや実際、だいぶクサいセリフだったよな。


 そう口にしかけた瞬間、ミルの足元がすくわれた。


「うわっ――」


 床の敷物に転がされ、起き上がろうとした途端、全身を押さえつけられる。アルアリエルが華奢(きゃしゃ)な身体で馬乗りになり、覆いかぶさってきたのだ。


 純白の前髪がさらりとかかり、青紫の瞳が至近距離に迫る。吐息は熱く、甘い香りが漂う。


「もう、お仕事はおしまい。許さないから」


 ささやきは震えていたが、押さえる手は揺るがない。


「その澄ました顔が、ドロドロのバカ(ヅラ)になるまで、止めてやらないから」


「ちょ、ちょっとアルア様――!?」


 言い逃れようと開いた口はふさがれた。

 全身を抑えられ、抗う術はどこにもない。


――公爵令嬢としてどうなんですか、なんて言っても無駄だ。


 ミルの諦めは早かった。


――「私は悪役令嬢。悪い子が悪いことして何が悪いの?」


 どうせ、そう返されるに決まっているのである。





本作をお読みいただき、ありがとうございました。

アルアリエルやミルが登場する別エピソードも公開しております。ご興味があれば、こちらよりぜひご覧ください。

https://ncode.syosetu.com/s3656j/

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