8話 喧嘩祭り
あれから二日間、ぎこちなくも、楽しそうなカナンを連れて、僕たちは楽園の国を回った。日本にも存在する物も多くあり、一時ではあったが、龍族の一味と戦う不安感も拭えられていた。
そんな折、一際目立つ賑いを見せる場所があった。
「なんだろう? ステージ……?」
ステージ上には、赤い髪の女性が立っていた。一目見て分かった。
「控えろ!! 炎の神 ゴーエンだぜ!!」
キィンとハウリングする声量でマイクを手に持つ。
マイク要らないだろ……と思ったが、国民たちからの人気は壮絶で、誰もかもが大きな声を上げていた。
包み隠そうとしないオーラ、立ち振る舞い。そして、自らの炎の神宣言。嘘偽りない、きっとこの人が、炎の神 ゴーエンだと、誰しもに思わせる魅力があった。
「野郎共!! 今年もやって来たぜ!! 漢と漢の熱き血潮が宿る最強の祭りが!!」
そう、楽園の国を回っている際、何度も聞いた。楽園の国とは真逆なタイトルのはずなのに、活気があり誰からも人気のこの祭り。
「『喧嘩祭り』だぁ!!!」
ドォン! と大きな音でドラが鳴らされる。それだけ告げてゴーエンはステージから降りた。次第に、周囲は騒然とし始める。
「俺、出場してみようかな!」
「やめとけ、お前なんか一発でノックアウトだ」
「今年も出るらしいぞ、あのジジイ」
「ダンさんと爺さんの試合見てえなぁ!」
どうやら注目株は、ダンさんと老人らしい。当然だが、神は監督役で出場はしないそうだ。
「よう、お前たちだな」
すると、僕らの元に炎の神 ゴーエンが現れた。神がこんなところにいるのに、誰もその姿を前に平伏さないのは、この人の人徳、性格を模したお国柄なのだろう。
「ダンから話は聞いてるぜ。特に黒髪のお前、喧嘩祭り出場決定な。炎の神からの命令だ!」
「え、え!? 僕がそんな物騒な……」
「なんだ? ダンからは漢気の溢れる奴と聞いていたが、それじゃ、出場して準決勝まで勝ち残ったら加護を与えてやると言ったらどうする?」
「加護は、この世界を救う為に必要な……」
「だからこそだ。この世界を救うんだろ? ちょっと祭りを盛り上げるくらいなモンだぜ」
そう言うと、ゴーエンは藪から棒に僕の腕を引き、受付へと参加表明の記載をさせた。
「ハハハっ、ヒーロー様も大変ですね」
「うるせぇやい」
アゲルもいつもの調子に戻っていた。
翌日、喧嘩祭り出場者と、観戦人を乗せた五隻の船が出航し、ゴーエンが貸し切っているらしい小さな島へと着陸した。
「まさか離島で行われるなんて……流石は大イベント……」
「住民や国へ被害を出さないようにする為らしいです。魔法攻撃ダメだなんて、尚更ヤマトには勝つ術が無くなっちゃいましたね。こりゃ『炎の加護』はまたの機会かな〜」
「ふっふっふ……」
僕も、最初に魔法攻撃禁止の話を聞いた時は焦ったが、僕には勝つ算段があった。
それはルールの隙を突くこと。
「魔法攻撃はダメでも、魔法移動がダメとは言われてないもんね〜!」
「卑怯者! と言いたいところですが、見てください、他の出場者の装備。ハナから皆さんそのつもりですね」
僕は再び焦ることとなる。
が、まあ、風の神からの加護だし、と、少し余裕風を吹かせていた。
「対戦表、もう表示されてますね。最初の相手は……『旅人VS海兵』。海兵が相手みたいです」
「うわっ、海のモンスターとかと戦ってる人かな……勝てるかなぁ……」
「武器はこちらから借りるみたいです。海兵ですから、相手は槍とか長物で来そうですけど……」
そうして、僕は第一試合の会場に足を踏み入れた。
「まあ、光剣しか使ったことないし、木剣だよね……」
やはり海兵は木槍を携え、足元にはゴム製のなんだか仕込みのありそうな靴を装着していた。
「あのガキがダンさん一押しの旅人か?」
「あんな図体の差じゃあ勝負は決まったモンだろう」
と、このようにダンさんの熱い吹聴のお陰で、僕はゴーエンの狙い通り良い注目株の一人になっていた。
「それでは、旅人VS海兵 勝負開始!」
MCの合図で大きなドラがゴォン! と鳴らされた。
「すまないな、旅人よ。ダンさんから熱い支持を得ているようだが、海兵として負けるわけにはいかない!」
そう言うと、海兵のゴム製の靴から水が吹き出した。
「水魔法・アクアダッシュ!」
「うぇえ!? そんなのアリ!?」
海兵の靴から勢い良く水が放射され、海兵は瞬く間に僕の目前へと長い槍を突き立てた。
しかし、
「なんだ……?」
僕はスルリとその槍を避けた。そして、魔法を使わずとも木剣を振り下ろし、海兵の木槍をへし折った。
「つ……強い……!」
一瞬の静寂の後、観客席は大きな賑わいを見せた。
「しょ、勝負アリ!! 勝者! 旅人!!」
MCも慌ててアナウンスをした。
「す、すげえ……あの海兵を一瞬だぜ!」
「流石はダンさんの見込んだ男だ!!」
「あのしなやかで無駄のない動き、あの若さにして相当数の修羅場を乗り越えて来たと見える……」
観客席の賑わいは一向に静まることがなかった。
しかし、一番困惑していたのは僕だ。相手の動きが、とてもゆっくりに見えたんだ。
「始まりましたね。覚醒が……」
「アゲル、なんか言ったー?」
「ヤマト流石ですね、って言ったんですよ」
「うん! ヤマト流石! つよ!」
第二試合、第三試合と、円滑に行われていく。次第にダンさんの姿も見えたが、ダンさんの大きな掛け声とは裏腹に、相手を一瞬にして場外させていた。なんだか物足りなさそうに苦い顔を浮かべるダンさんが逆に面白く見えた。
「続きまして、こちらも旅人……な、なんと、狼村からわざわざ出場しに来た若手の冒険者です!」
今まで忘れていた嫌な予感が脳裏を駆け巡る。僕は急いで観客席まで駆けた。
「狼村って、ここから何日掛かるんだよ……」
「わざわざ喧嘩祭りの為に来るなんて、余程腕に自信でもあるのか、余程のバカだな」
違う……。絶対に、前者だ……!
「流石、直感は働くみたいだね」
いつの間にか、僕の横にはルークが立っていた。
「大丈夫。ルールは則るように伝えてあるよ」
現れたのは、狼の耳を生やした少年だった。
「彼の名はヴォルフ。見ての通りだけど、狼と人間のハーフなんだ。使う魔法は……」
試合開始直後、ヴォルフは四つん這いになると、会場は全て水浸しになった。
「水魔法。水龍の加護を受けている」
そして、次の瞬間には相手の懐に入り、一撃を喰らわせると相手を即座に気絶させた。
「加護の内容は、彼のプライバシーだから秘密かな」
またも大歓声が巻き起こる。ヴォルフは愛想悪く会場から去って行った。
「うーん。愛想の無い子だけど、観客に危害を加えないだけ大人しい子とも言えるのかな……」
「なんでわざわざ伝えに来たんですか……?」
「言ったよね、腕試しに来たって。ヴォルフはきっと君の姿を見れば本気で挑むと思う。君も、今ある最大の力で迎え討たないと、本当に殺されるよ?」
祭りだと思って油断していた……。コイツらの本当の目的は、守護神のダンさんすら出場する、喧嘩祭りでの腕試しだったんだ。
ゴーエンやダンさんは自分の正体を隠さない。それを逆手に取られて、逆に利用されたんだ。祭りという場を使って。
「負けないですよ」
「ん?」
「龍族の一味を止めるまで、負けないです」
ルークは一度キョトン顔を見せ、微笑んだ。
「そうしてくれると助かるよ」
そして、ルークは去って行った。暫くして、アゲルが駆けて来た。
「ヤマト、探しましたよ。出場者控え室にいないから」
「ごめん。アイツの戦いを直に見たくて……」
「どうです? 勝てそうですか? まだ龍の加護を隠しています。実力は計り知れないですよ」
僕は、久々の緊張感に少しだけ身体が震える。殺されるかも知れない恐怖だ。純粋悪――――。それが向けられている恐怖だ。
「そう言えば、炎魔法、試してないですよね?」
「そうなんだよ。僕も使おうと思った時があったんだけど、風魔法の時みたいに使えなくて……」
そう、自然の国では、国に入った途端に、感覚的に魔法のエネルギーを感じ、発動魔法なんかも、昔から知っていたかのように思い出すような感覚で脳裏に浮かんだが、楽園の国で炎魔法を発動する感覚は感じられなかった。
「発動条件があるってことですかね……」
「何か分からないの? アゲル、自然の国では知った風に僕に命じてたじゃんか」
「知らないですよ。アレ、適当ですもん。国に入ったら使えるようになるのは知ってましたけどね」
「適当って……。もし今回みたいに発動条件があったら、すごい危なかったじゃん……」
「その時は、僕の三秒止めがありましたので」
アゲルはニヤッと手を差し出した。
そして、直ぐに真面目な顔に切り替える。
「死なないでください」
アゲルの真剣な表情には、毎度困らされる。
「ダイジョーヴイ」
そして僕はピースサインを向けた。「古っ」と笑われたが、なんとなく、龍族の話になるとアゲルが真剣な顔付きになる理由が伝わった気がした。
この世界で繁栄している七国には、それぞれを統治する七人の神がおり、特別な力を宿す。
世界を治めるのは世界の唯一神。七国の神と契約し、神々に力をもたらした人物。
ヤマト(主人公):光剣
◇風魔法 フラッシュ
◇風神魔法 ウィングストーム
アゲル(大天使ミカエル):光属性
◇光魔法 オーバー:対象を三秒間停止させる
カナン:炎属性+爆破/弓
◇炎魔法×爆破
〇楽園の国
年中お祭り騒ぎで、観光客が後を絶たない国。神の方針から神を「様付け」で呼ぶことを禁止しており、皆呼び捨てでその名を呼ぶ。
主に漁を盛んに行い、モンスター退治などは極小数精鋭で行う。牢などはなく、罪人は追放という処置を取る。
ゴーエン(楽園の国の神)
ダン(守護神):岩属性/棍棒
◇岩魔法 ダダンラッシュ:強力な岩魔法の範囲攻撃を振るう
○龍族の一味
ルーク
ヴォルフ:水魔法