61話 暴発開始
守護の国の黒い沼から、ガンマは顔を出す。ルシフェルは少し暇そうにしていた。
「ルシフェル……」
「なんだ、やっとか」
「あぁ……水の神が……。暴発する……!」
「さっさとやってしまおう。なんだか、悪い予感がする」
ルシフェルの暗い顔を最後に、気絶させられている水の神ラーチは、黒い沼からズルズルと出された。ずっと、ガンマにより魔力吸引をされていたのだ。
そして、他の神たちも一斉に出される。
「始まるぞ……! 暴発だ……!!」
そしてラーチを中心に、七神の身体は光り輝く。
「うはっ! すげえ、何が起きてんだ……!」
目を輝かせるルシフェル。この世の終焉が始まろうとしていた。
次第に、光に包まれた七神は浮遊し、ゆっくりと上空へ登って行った。
「あれがどうなるんだ? 爆発とかすんの?」
「いや、七神はそれぞれ与えられた土地に還る。そこから本当の暴発が始まる……」
「へぇ〜。暴発のことなんて分からないけど、やっと、もう少しでこの世界は終わるんだな……」
そして、ルシフェルは灰色に変わる空を眺めた。
*
記憶を取り戻したアズマとセーカは、目を瞑ったまま涙を溢していた。
「思い出したね、二人とも……」
「あぁ……。俺が記憶喪失だった理由も、こんな魔法しか使えないことも、思い出した……」
「私の本当の家族が、みんなだったなんて……」
「え、えっと……。バベルって呼んだ方がいいのか……?」
僕は二人を背にし、扉に向かって歩み出す。
「僕はヤマトだよ。この先もずっと、ヤマトだ」
二人は少しだけ微笑んだ。そして、四人は僕に続いて扉を潜った。
「おかえり、ヤマトくん。バベルは……」
問い掛けたカエンさんは、僕の姿を見て声を失った。
「え……? ヤマトくん……?」
ルークさんも目を丸くしていた。
「お察しの通りです。どうやら、僕がバベル本人だったみたいです」
「アハハ……。まさかミカエルが、バベル本人を異郷者として召喚するとは思わなかった。でも、それなら色々な辻褄が合うよ。ヤマトくん、気分はどうかな」
僕は、カエンさんの目を見遣る。
「ミカエルも、七神も、この世界も守ります」
「どうやら、姿は変わっても心は依然として、ヤマトくんの様だね」
そして、僕たちは光龍ライトの元へ向かった。
「バベル……復活したか……」
僕を見ると、光龍 ライトは懐かしい笑みを浮かべた。
「復活……。そういう事になるのかな。僕としては、あまり変わっていないような気分だけどね」
「どちらにせよ、この世界の創造主、バベルが未だ抗うのであれば、我に施した禁を祓うがよい」
「ああ、もう少し抗ってみようと思うんだ」
そして、僕は光龍 ライトに手を掲げる。
-光神魔法・エイレス-
光龍 ライトは光に包まれていく。それに鼓動するように、グレイスさんの身体も脈打つ。風龍 リューダが反応しているのだ。
ドクン、ドクン、と、龍たちが鼓動を示している中、僕たちは少しの静寂が訪れる。
その瞬間だった。
「ちょちょちょちょ! ヤマトくん!!?」
いきなり、ルークさんは声を荒げる。
「どうしたんですか……?」
慌ててルークさんの視線の先を見遣ると、今まで大人しく着いて来ていた闇神 アゲルが宙に浮き始めた。
「ど、どうなってるのさ! あれは……!」
「暴発が……始まってしまったようです……!」
「七神の暴発が……!? 闇神はどうなるの!?」
すかさず、僕はアゲルの元に飛び立つ。
「光神魔法・エイレス!!」
僕の詠唱と同時に、アゲルは再び、静かに着陸した。
「もう……大丈夫なのかい……?」
「ひとまず、アゲルは大丈夫です。僕の闇神魔法もあって、物質化したまま冥界の国へは還れないのもあり、アゲルの暴発だけなら、ひとまず防げるでしょう」
ルークさんは安堵の顔を示す。
「ただ……」
四方守神のみんなも分かっていた。
「地上界の七神の暴発は止められません……」
「じ、じゃあ……」
「はい……。急がなければ、僕たちがこうしている間に、この世界は崩壊します」
「ヤバいじゃんか! 七龍のその力ってのはどれくらい掛かるの!?」
鼓動が始まり、光龍ライトも、グレイスさんも、瞳を閉じたまま動かなくなってしまっている。
「恐らくは、数時間は掛かるかと……」
カエンさんは、何も言わなくても分かっているようだ。今、僕たちがすべきことが。
「ガロウさん、もう一度力を貸して頂けますか?」
「もちろんだ。この世界が消えてしまえば、私の命もなくなってしまうからな」
「そしたら、アズマ、セーカ、カナン、ホクトの四人を、それぞれ東西南北にある社へ連れて行ってください。彼らにしか行えない特殊な結界を張ります」
「うむ、分かった」
「カエンさん、ルークさん、そしてアゲル」
「えぇ」
「お、おう……」
「うん……!」
僕は三人の眼をゆっくりと見渡す。
「僕と共に、ルシフェルの元に行きます……!」
「それがいいだろう。ルシフェルとガンマを止めるのは、私とルーク。悪魔ルインは闇神の仕事ですよね」
やっぱり、カエンさんは分かってる……!
「事は一刻を争います! 直ぐに向かいます!」
-仙術魔法・神威-
僕とガロウさんは、それぞれ神威で飛んだ。
「え……バベル……?」
やはり、三人は守護の国に鎮座していた。僕の姿を見るなり、ルシフェルは目を丸くしている。
「やあ、久しぶりだね。ルシフェル」
「レオが抵抗してくる事は予想してたけど、まさかバベルを再び封印から解いてくるとはね……」
「違いますよ、ルシフェル。彼は自分自身で封印を解いてここに来たのです」
そして、ルシフェルは苦い顔を浮かべた。
「今更、もう遅い……! 暴発は既に始まった!! バベルが何をしようと、もう手遅れなんだよ!!」
そして、ルシフェルはボロボロの翼で羽ばたく。
「光魔法・ブラックヘル!!」
ルシフェルの背後から広大な光が照らされる。
「ルーク!」
「分かってますよ! カエンさん……! 光龍魔法・アゲート!!」
そして、光は一瞬にして消滅した。
「光龍の加護か……! 厄介だな……!」
「厄介なのはそれだけじゃないですよ、ルシフェル」
次の瞬間、カエンさんはルシフェルの背後にいた。
「な!? お前……いつの間に!? 光である僕が追えない速度で移動なんてできるわけが……」
そしてまた次の瞬間、ルシフェルは地割れと共に地に落とされていた。
「どうなってんだ……」
「バベルの力を借りるまでもありません。ルークの光龍魔法は全ての魔法を掻き消す。そして私の仙術魔法は、自身と他人の時間を少しだけ止める事ができる。それだけの用途であれば、世界に干渉はしません」
「仙術魔法……?」
「ああ、ルシフェルに追放された後に得た魔法なので、ルシフェルが知らないのも無理はありませんね」
そう言うと、カエンさんはニコリと微笑んだ。
「今更、何の用? 君は、僕なんか眼中になかった」
一方、悪魔 ルインと闇神 アゲルは相対していた。
「ごめんね、ルイン……。僕は、自分の寂しさばかりで、側に居てくれていた人たちを見ていなかった……。いつもバベルのことばかりで、ドールも、ルインも、一生懸命仕事をしてくれていたのに……」
「今更なんなんだ!! お前が仕事を放棄して僕のことを生み出して、僕が魂の管理者になって、今更この力が惜しくなったのか!? 振り回すのもいい加減にしろ!!」
声を荒げ、次第にルインは涙を溢した。
「もううんざりだ……死んだ人の苦しそうな顔を見るのは……僕はこんな仕事したくなかったんだ……」
魂の管理、輪廻転生の役はとても重い。アゲルに生み出されただけのルインにとっては、負担で仕方なかったのだろう。
「ルシフェルがやられるなら……僕一人ででもこの世界を終わらせてやる……!」
そして、悪魔ルインの背からは大きな黒い羽が生えた。
◆守護の国
ヤマト・エイレス(唯一神バベル):全属性・神威・神無
カエン(龍長):神螺
ルーク(天使族):光・光龍の加護
アゲル(闇神):闇
ドール(冥界の国 守護神):闇
ルシフェル(天使の国 守護神):光・闇
ルイン(悪魔):闇
ガンマ(ダークスライム):闇・闇龍の加護
◇四方守神
カナン:炎・爆破/弓
セーカ:雷/グローブ
アズマ:水/治癒
ホクト:氷/大剣
ガロウ(仙人):風・炎・水・神威




