5話 風の神
グレイスは、立ち上がるとアゲルを見遣った。
「遅かったですね」
「やはりバレちゃっていたようですね」
二人のやり取りに、僕は追い付けなかった。
「えっと……どういう……」
すると、アゲルは珍しく従順に、こちらを振り返ってグレイスを手で指し示し紹介した。
「彼が……いや、彼女こそが『風の神 ヒーラ』です」
グレイスの姿は、みるみる内に長髪で豊かな緑を思わせるドレス服の女性の身体へと変貌した。
「ヤマトさん、今まで騙してしまっていて申し訳ありませんでした。自然の国 風の神 ヒーラです。巻き込んでしまったあなた方にはちゃんと全てをご説明します」
そう言うと、ヒーラは岩肌に腰を掛けた。
「グレイスさんは守護神で、でもいなくて、あれ……?」
「混乱されるのも無理ないでしょう。ただ、グレイスは私が創り出した幻想の人物ではなく、過去にちゃんと実在していた人物なのです」
「どうして成り変わっていたんですか……?」
ヒーラは空気中に茶葉を集め、昨日のように器用にお茶を注ぎ、僕らの手元へ差し出した。
「自然の国には元々、自然街を守る緑服の兵士、荒野地帯を守る茶色い服の兵士たちがいました。自然街の兵士長を務めるのは、今戦っている水魔法のバルトス。そして、荒野地帯の兵士長がグレイス。二人はとても仲が良く、流通がうまく行われていたのも、そんな二人の仲の良さが、周りの支えになっていたのです。五年ほど前になりますか……。私の、神の加護を持っても気付けない程の早さで、グレイスはとある人物に殺されてしまいました。私の任は自然の国の人間を守ることなのに、グレイスのことを守れなかった。グレイスが死んでしまったことはバルトスも知っています。何故なら、彼こそが本当の『風の神の守護神』なのです。バルトスはなんとか流通を円滑に進めようとしましたが、荒野地帯の兵士たちを宥めるグレイスの存在はあまりにも大きく、グレイスの存在無しでは成り立ちませんでした。私も、すぐに現状を危惧し、それからずっと、グレイスに成り変わっていたのです。しかしやはり、中身が違えば変わっていくものですね。そんな折、私は思ったのです。どうして、一人の人間だけが全てを担ってしまっていたのか。他の人たちは、他の全ての住民は何故協力しないのだろうか……と」
「だから、内乱をここで黙って見ているんですか……?」
「そうです。アゲルさんも仰っていましたよね。どちらかを完全に滅ぼすか、内乱を起こさせるしかない、と」
「そんな……」
「バルトスが言っていました。『僕が彼ら全員の捌け口になってみせる』と。だから私も約束しました。『誰一人として死傷者は出さない』と」
「死傷者を出さない……? 戦争ですよ……?」
いつの間にか、激しい戦いの音は止んでいた。立っていたのは、バルトスただ一人だけだった。
「さて、ここからが私の仕事ですね」
負傷兵たちは、バルトスの水球に閉じ込められていると思いきや、他の攻撃から守られていたのだった。バルトスは部隊長たちを相手にしながら、他の兵士全てをその手で守っていたのだ。
「お疲れ様です、バルトス。あなたの責務と意志、しっかりと見届けました」
「ありがとうございます。我らが神ヒーラ様……。僕は少し休ませて頂きます。流石に、少し疲れました……」
バルトスは、ヒーラと相対するや否や、その場にバタリと寝転がってしまった。
「ヤマト、よく見ててください。『神の力』です」
-風神魔法 フルフィール=フルヒール-
ヒーラが目を瞑り、両手を空に上げると、見渡す全ての負傷兵たちが浮き上がった。
そして、彼らの傷はみるみる内に治癒されていった。
「これが風の神 ヒーラの『風神魔法』。一瞬にして、どんな数だろうと治癒させられる力です」
「魔法だけでこんな凄いのに、バルトスさんにも、ヒーラ様にも、まだ加護の力があるんでしょ……?」
「そうですね。バルトスさんであれば、本来は武器経由でしか発動できない魔法ですが、守護の加護の力で、風のある場所全てから守る為の水球を出現させられる。それから、その街全てを覆うほどの膨大な魔力量でしょうか」
やがて、治癒が終わると兵士たちは再び、静かに地面へと降ろされた。
「そして、ヒーラ様の受けた加護『疾風』は、風の速度でこの国のどこへでも駆け巡ることができる」
「はい。しかし、グレイスを殺されてしまった……」
俯きながらも、ヒーラは僕に近付いた。
「旅人ヤマト様、貴方に、風の加護を」
「えっ……僕は何も……」
「そう、何も出来ないんです。神も、人も、天使も。一人では何も出来ないんですよ」
そう言いながら、ヒーラは一粒の涙を落とした。
こうして僕たちは、自然の国を発つことになった。カナンの母親をヒーラに尋ねたが、全く見たことも聞いたこともないらしい為、カナンの母親探しも兼ねて同行させることになった。
「で、風の加護を受けたわけだけど、どんな力なんだろう?」
「実際に使ってみたらどうですか?」
-風神魔法・ウィングストーム-
「うわっ!!」
足元に陣形が現れ、考えていた目の前の木まで一瞬で移動してしまった。
「凄いですね〜! 風神魔法! これで近距離戦闘も両手が使えますね! ま、ヤマト、人殺せないですけど!」
「う、うるさいな!」
「それで次の国まで乗せてってくださいよ!」
「無理だよ! 僕は二人も担げない!」
次の目的地は『楽園の国』。
炎の神がいると言うが、観光地として有名な自然の国ですらこの有様だ。どんな波乱が待ち受けているのか、不安ではある。でも、案外楽しいと感じている自分もいた。
この世界で繁栄している七国には、それぞれを統治する七人の神がおり、特別な力を宿す。
世界を治めるのは世界の唯一神。七国の神と契約し、神々に力をもたらした人物。
ヤマト(主人公):光剣
◇風魔法 フラッシュ
◇風神魔法 ウィングストーム
アゲル(大天使ミカエル):光属性
◇光魔法:光の剣を生み出す
◇光魔法:空中へ浮かび上がる
◇光魔法 オーバー:対象を三秒間停止させる
カナン:炎属性+爆破/弓
◇炎魔法:矢が着弾した場所を爆発させる
○自然の国
森林の栄えた街と、自然の全くない土地に二分化された国。森林街は繁栄を見せ、年中祭りのような賑わいを見せるが、荒野地帯の資源は枯渇し、兵士が守りを固めている。
ヒーラ(自然の国の神):風の加護『疾風』
◇風神魔法 フルフィール=フルヒール
バルトス(守護神/自然街 兵士長):水属性
グレイス(荒野地帯 兵士長):槍
ランガン(襲撃隊長/荒野地帯 元第二部隊長):岩属性
リューク(荒野地帯 元第三部隊長):炎属性/砲撃
レーラン(荒野地帯 元第四部隊長):雷属性/双剣