44話 疾風
楽園の国のいつもの景色、ゴーエンが演説を開いていた場所には変わらず人々の往来が伺えた。
「ルークさんは明日か……? それにしても、なんで避難誘導とかさせてないんだ……?」
妙な不安感を胸に、僕は意気消沈している風の神 ヒーラさんの肩にそっと手を触れた。
その時だった――――。
*
「なんだ……ここは……?」
岩の神 カズハさん、雷の神 ロズさんの時にも見た記憶の中……だと思うが、情景がいつもと違った。いつもなら、目の前にはその神がいて、バベルと会話をしていて、他は真っ白な空間が広がっていた。
僕の目の前には、広大な大地のみが写されていた。
「おー、気持ちのいい風だ」
背後から声が聞こえる。あの白髪は……唯一神バベル。
「この風に魂を宿そう! いいよな、ミカエル!」
そして、横には当時のアゲルがいた。アゲルの背には、大きくて白い翼が生えていた。
「この風にですか……? 魂を注げるのは七人まで。龍の時も言いましたが、計画性をですね……」
「大丈夫だって! この風ならいい奴が生まれる!」
不安感を出すアゲルと、笑いながら意気揚々と手を広げて、風を浴びるバベルの姿。
「な、なんだ……!?」
そして、ふわっと空気中の風が巻き上がる。
「さあ、廻れ! 君は一つの人間だ!」
そして、バベルは天を仰いだ。
「光魔法・魂投廻生!」
日本語で詠唱……それに光魔法……? バベルが光魔法を扱えることは別段おかしなことではないけど、日本語で詠唱……。
暫くすると、巻き上がった風は徐々に人の形を帯び、僕たちの知っている風の神 ヒーラの姿に変わった。
「あなたは……」
「僕の名前はバベル。君を生み出したんだ」
「どうして……?」
すると、バベルは腰を下ろして目線を向き合わせる。
「君には国を創って貰いたいんだ。君の楽しい国。君が大切にしたいと思える国を創って欲しい」
「私が……大切にしたいと思える国……」
「そう。君が大切にしたいと思うことが大切なんだ」
暫く悩むと、ヒーラさんは微笑んだ。
「私はただの風の一部です。いいのでしょうか……? そんな恵まれたようなことを望んでも……」
そんなヒーラさんに、バベルは微笑んだ。
「いいんだ。君には風の神となって貰う。そうだな、風から生まれたわけだし、この【疾風】の加護を与えよう」
「【疾風】の加護ですか……?」
「この加護は何よりも早く移動できる。風の君にピッタリの加護だ。風のように生きて欲しい」
「ありがとう……。大切にします」
そうして、胸に手を当ててぎゅっと掴んだ。
「さあ、人となった君は魔法が使えるはずだ。ちょっと試してみてくれ」
「わ、分かりました……。でもどうすれば……?」
困惑するヒーラさんに、バベルは手を差し伸べる。
「まずは体の中のエネルギーを感じる。それが魔力だ。そして願う」
「願う……?」
「そう、どんなことをしたいか願うんだ。そうすれば、君の魔法はその通りに発現してくれるはずだ」
そして、ヒーラさんは静かに目を閉じだ。
「風神魔法・フルフィール=フルヒール」
「お、お、おお!?」
辺り一面の砂利が浮かび上がり、バベルは動揺した声を上げた。
そして、砂利は次第に一つの岩となった。
「す、すごい! これ、再生したってことだよな!?」
「再生……?」
「ああ! きっと治癒魔法だ! 人の傷を治せる魔法ってことだよ! 君はどんな願いをしたんだ?」
ふと俯いた後に、ヒーラさんは答えた。
「私のように命ある者がこれから作られて、大切にしたい国の中で生きるのであれば、誰にも傷付いて欲しくはない、と願いました」
「そうか……! その願いが治癒魔法に発現したんだ! 君は優しい人だね。名前を付けなきゃな! ヒール……だと安直すぎるから……ヒーラなんてどうだ?」
ヒーラさんは少し微笑んで、コクリと頷いた。
「よーし、じゃあ君はヒーラだ! 優しい君にピッタリの国を創って欲しい!」
「わかりました。ありがとうございます」
ニコニコと笑うヒーラさんの顔を最後に、僕の意識は現実世界へと引き戻された。
*
「ヒーラさん……」
「ヤマトさん、今、私と共鳴しましたね」
「共鳴……? 記憶を見たことですか……?」
「そうです。本来であれば、七神が加護を与えた守護神の記憶を見ることなのですが、ヤマトさんはバベルと同じくらい力が強いようですね。私の中に入られるとは……」
少し俯くと、僕に鋭い眼差しを向ける。
「ヤマトさんには以前、風神の加護を授けました。しかしヤマトさんの風神魔法は未だ完成形ではなかった。この共鳴をすることで相手の深層心理を知り、更にあなたの魔法は強化されたはずです」
「風神魔法が……強化された……?」
「ヤマトさん、お願いがあります。この【疾風】で、この争い、誰一人として死者を出さないで欲しいのです」
緑色の、澄んだ瞳で僕を見つめるヒーラさん。
誰一人として、死者を出さない。龍族の一味は、頑なに七神以外を殺さないはず。と言うことは、この願いは『七神を守る』と言うこと。
「分かりました」
僕はヒーラさんの眼差しに応えた。
「見つけたぞ……!」
やはり、来た。
上空をとんでもない速度で飛んできたフーリン。風龍を取り込んでいる、予測はしていた。
「邪魔しやがって異郷者……! 僕がどれ程……」
-風神魔法・ウィンドストーム-
僕は勢い良く、フーリンの背後に回り込む。
「何……!? この風龍そのものである僕が目で追えないなんて……! 防御が間に合わ……」
-炎魔法・ラグマ × 風魔法・フラッシュ-
「グハッ!!」
僕は暴風壁を張らせる前に、素早くフーリンの首を思い切り強打し、地面に叩き落とした。流石のフーリンも、一瞬の出来事に防御が間に合わず、気絶させることに成功した。
「風神魔法の強化……速度が上がったのか……」
あれ……。いや、それだけじゃない。フーリンの襲撃で考える頭がなかったけど……。
「今、空飛んでるじゃん!?」
風神魔法は、移動浮遊魔法へと昇格していた。
ゆっくりと降下し、ヒーラさんから魔力の治癒をしてもらい、僕たちは気絶したフーリンを抱えゴーエンの元へ向かった。
「ハハハ! ヒーラ、お前も禁忌を犯したな! 力が弱くなるぜ!」
ゴーエンは笑っていたが、まずはフーリンを倒せたことへのヒーラへの慰めのように感じた。
「あの、ゴーエン。他のみんなは……?」
ゴーエンの元には、守護神 ダンさんを始め、アゲルの作戦通りなら、雷の神 ロズさん、それに、ゴーエンに鍛えられていた仲間たちがいるはずだ。
「龍族の一人くらい、私一人で相手できる。それよりも厄介なのは、闇の洗脳魔法を使うガンマと龍長だ。ダンに船を出させてラーチの元に向かわせて、ロズには雷神魔法でカズハの元へ向かわせたぜ」
流石はゴーエン……。戦闘の指揮が凄いのと、一人で相手できると豪語できる風格たるや……。
「じゃあ、俺たちは例の闘技場でタイマンでもしましょうか……? 炎の神……」
そこにふらりと現れたのは、ルークさんだった。
「ルークさん……!」
「なんだ、ウチによく出入りしていた商人じゃないか! 貴様が攻めてくるとはな!」
ルークさんは、気絶しているフーリンを見遣る。
「まさか、フーリンがやられているとは。戦闘能力だけでは龍族でもトップクラスなのにね。流石ヤマトくんだ」
「それじゃあ、覚悟はいいな? 龍族!!」
ゴーエンはメラメラと燃えている。
「待ってください、炎の神。あなたも国内では力を出し切れないでしょう。折角だし、喧嘩祭りに使用した島で戦いませんか?」
「ほほう、気が利くようだな。いいだろう、着いてこい」
そして、ゴーエンは、ルークさんを連れてどこかへと去っていってしまった。
◆VS 衛兵 フーリン:風・岩(強化された風神魔法の速度に着いて行けず、敗北)
ヤマト:風・炎・水・岩・雷・神威/光剣・グローブ
ヒーラ(風神):風 (楽園の国へ逃亡)
バルトス(風の守護神):水 (戦闘不能)
ブルーノ(雷の守護神):風 (戦闘不能)
ガドラ:フーリンにより殺された岩の龍族の一味。 (フーリンにより死亡)
ホクト:ヤマトの頼みにより楽園の国へ向かう。
リューダ:風龍。フーリン曰く、フーリンと友達。




