40話 正義執行
ルビーは、動揺しながらも笑みを浮かべさせた。
「やる気になったみたいだな……クイナ……!」
「この国はもう、正義の国なんかじゃない。本当に正義であると誇れる神に戻って欲しいから……!」
そしてルビーは武器を上げ、声を上げた。
「海洋隊全兵士に告ぐ! 今この時を持って、私たち海洋隊以外の全ての兵士たちを反乱者とし、正義の名の下に全員捕えろ!!」
その合図と共に、バラバラに兵士たちは武器を構えて突撃しに行った。
「どうする!! 異郷者……剣豪……!! これを放ってでも、お前達は神の元に行くか……!!」
クソっ……! 確かにこんな状況、見過ごせるわけない……!
「大丈夫だよ、ヤマトくん」
「ヴェンドさん……!」
「剣豪さんが色々荒らしてくれている間に、縄はクイナちゃんに解いてもらった」
少し後退するが、まだルビーは声を上げる。
「お、お前が私を止めたって、コイツらはここに留まるしかないんだ! こんな人数が乱闘して……。って、あれ……?」
しかし、乱闘は全く起きていなかった。
「君が相手にしているのは誰か分かってるかい?」
中央にただ一人、立っていたのは、
「正義執行……!」
守護神 ブルーノさんだった。
「僕の雷神の加護の魔法は、剣豪さんには効かなかったみたいだけど、相手を気絶させる風を放つんだ」
そして、全兵士はその場に気絶させられていた。
「僕の魔法はただの気絶に過ぎない。暫くしたら起き上がり、再び乱戦の火蓋が上がってしまうだろう……。ロズ……雷の神を頼んだよ……。ヤマトくん」
いつになく真剣な顔を浮かべ、僕をまっすぐ見遣る。
「そう言うことだから、俺の大切な妹の足止めは、俺一人に任せておいてくれ」
ニッコリと笑みを浮かべ、ルビーに近寄った。ルビーは既に諦めた姿を見せていた。
「剣豪さん……。雷の神の元へ、連れて行ってください……!」
僕が言葉を掛けた瞬間、目を合わせたと同時に、
ブオッ!!
「うわぁ!!!」
僕の腕を掴み、遥か上空に飛び上がり、五重の塔の最上階の部屋をぶち壊して中へと入った。
「ちょちょちょちょ!! えぇ!? 連れてってって行ったけど、行き方があるでしょ!?」
「だって、この行き方が一番早い」
そこには、誰にされたのか、鋼の岩盤に両手両足、そして首までも固く拘束された大柄の男がいた。
「あなたが……雷の神、ロズさんですね……」
すると、大柄の男は笑う。
「ふっ……随分と乱暴な侵入だな、ホクト……。異郷者を殺すんじゃなかったのか……?」
「死にたくないって言った。だから殺さない」
「そうか……お前は単純でいいな……」
この乱戦を引き起こした張本人である雷の神は、大柄な男なのに、どこからも恐怖心は感じなかった。
僕は近付き、ラグマの熱で拘束を全て解いた。
「これは、自分への戒めですか?」
「そうだ……。異郷者にはなんでも分かるのか……?」
「違いますよ。あなたが、悲しい顔をしているから……」
雷の神ロズさんは、全く動きはしなかった。
「ロズさんにとって、正義とはなんですか?」
ロズさんは何も答えなかった。
「ふふ、ここまで来られた褒美だ。雷の加護を授ける」
諦めた様な顔で、僕の腕に手を当てる。このビリビリ流れるエネルギーは、間違いない。雷神魔法のエネルギーだ。
そして、ふわっと意識が飛ぶ。
この感覚は……カズハさんの時と同じ…………。
*
目の前には、笑顔のロズさんがいた。
「なあなあ、バベル! 俺も岩の神みたいにかっこいい名前にしてくれよ!」
「うーん、君は臆病で優しい男だからなあ。固苦しい名前より綺麗な名前を付けたかったんだが……」
白髪の男、前に見たあの男が唯一神 バベル。バベルは、赤い薔薇の花を持っていた。
「ローズ……これじゃあ気に食わないか?」
「女みたいで嫌だ!」
「じゃあローズを少し変えて、ロズなんかどうだ? ゴツくてかっこいい名前じゃないか?」
「まあそれなら……かっこいい? かも……?」
ロズさんは大柄な男だが、バベルと話している時は純真無垢で、笑顔を絶やす様子は見られない。
「君は雷の神になる。雷は尖ってしまうイメージだから敢えて臆病な君にしてみたんだけど、君は考え過ぎてしまうから、薔薇の棘になってしまわないか心配だ」
「大丈夫だ、バベル! 俺は正義の国を作って、人に優しく、悪を許さない国にするんだ!」
「そう言うところが危ういんだよ」
そう言うと、バベルに鼻先を小突かれていた。
「君は優しい男だ。優しくあるべきは他人だけじゃない。自分にも優しく出来る人を指すんだ。君にはそう言う神になって欲しい。一途……それが薔薇という花の花言葉だからね」
その言葉を幕切れに、僕の視界は薄れた。
*
「優しくあるべきは……他人だけじゃなく、自分にも優しく出来る人を指す……」
僕は、バベルの言っていたことを復唱していた。素直に、その通りだと思ったからだ。
「どうして……その言葉を知っているんだ……?」
やはり……。今見ていたのはロズさんの記憶。
「僕は、七神から加護を渡される時、少しだけ記憶を覗けるみたいです。最初は出来なかったんですけど……」
すると、ロズさんはボロボロと泣き出した。
「バベル……正義ってどうすればいいんだ……?」
この人は本当に優しくて、危うい人なんだ。僕の身体は自然と動いていた――――。
「自分にも優しくしてあげてください」
そうして座り込むロズさんの肩に手を置いた。
「君の手は……バベルに似ている……」
「どうやらバベルさんとは同じ星の出身らしいので、似ているのかも知れませんね」
僕はロズさんの手を取り、立ち上がる。
「さあ、ブルーノさんがずっと待っています。あなたが授けた力で、今もこの国を守っています。今度は……あなたが彼に返す番じゃないですか?」
ロズさんはまたも泣き出してしまう。
「ブルーノ……ごめん……ごめんよ……」
そう言うと、剣豪ホクトの開けた穴から飛び上がり、雷の様な光を放ち、戦場に降り立った。
僕たちもそれに続く。
「おかえり、ロズ……。泣き虫は相変わらずみたいだな」
ブルーノさんは優しく微笑み掛けた。暫くすると兵士たちは立ち上がり始める。
「ロズ……様……?」
「おい……ロズ様がいるぞ……!!」
これで一安心…………だと思った。
「神の前で恥を晒すな!! 正義執行ー!!」
雷の神 ロズさんの姿に、海洋隊は更に活気付き、更なる戦闘を巻き起こし始めてしまった。
動揺するロズさん。きっと他の神たちと同様に、たくさんの人を巻き込んでしまうような力しかないのだろう。
正義執行……危うい言葉だと思った。ロズさんから託された想い……。信じたい――――。
-雷神魔法・サンスプリード-
僕の詠唱と同時に、僕の身体全体から細い雷の光がバチバチと広がった。
「今度は……何魔法なんだ……?」
活気付いていた兵士たちも、構える兵士たちも、ルビーやヴェンドさん、クイナさんまでもが静止していた。
そして、全員が一斉に武器を下ろし、泣き崩れた。
「な、何が起きてるんだ……?」
「それは一種の洗脳魔法です。雷が伝播し、周囲の人間に想いを強制的に伝えることが出来るみたいですね」
僕にも分からない中、背後から聞き覚えのある声。
「アゲル……!?」
「ヤマトは、何を考えていたんですか?」
「沢山だよ……。ロズさんが自分を戒めて悩んでいたこととか、クイナさんの気持ちとか、本当は戦いなんてしたくないルビーさんの気持ちとか……! 本当に沢山だよ!! 僕にだって正義なんか分からない! 何を伝えればいいのかなんて分からないよ!!」
「その沢山の想いが、沢山の人に届き、沢山の感情を揺さぶったのかもしれないですね」
そう言うと、アゲルはニコッと笑みを浮かべた。
この世界で繁栄している七国には、それぞれを統治する七人の神がおり、特別な力を宿す。
世界を治めるのは世界の唯一神。七国の神と契約し、神々に力をもたらした人物。
ヤマト(主人公):風・炎・水・岩・雷・神威/光剣・グローブ
アゲル(大天使ミカエル):光
カナン:炎+爆破/弓
セーカ:雷/拳+炎
アズマ:水/治癒+岩
〇正義の国
三大名家を筆頭に、少しでも禁を犯す者を取り締まらせ、犯罪者をより多く捕まえるように示唆している。
三大名家は争うように犯罪者探しに躍起になり、次第に協力関係ではなく敵対関係を持つようになった。
ロズ(雷の神):紛争状態になってしまった国を見て、自分自身で自分を戒め続けてきた。
ホクト(氷の剣士):氷/大剣
◆海洋隊
ルビー:水/海洋隊 隊長
◇雷鳴隊
クイナ:雷鳴隊隊長
ヴェンド:岩/クイナの専属医師・海洋隊元隊長
◇風漂隊
ブルーノ(守護神):風/物書き・風漂隊隊長




