37話 氷の剣士
大剣を構えた少女は、そのまま大振りで僕に躊躇なく大剣をぶん回した。
「 待て待て待て待て待て!!! 」
-風魔法・フラッシュ-
僕は急いで、少女の開けた穴から脱出。
「うわ……結構深かったんだな……。こりゃ、アゲルの言う通りラグマで破壊しても捕まってたかも……」
まあでも、この深さならあの子も追って来れない。僕一人ででも、先に雷の神に会うべきか……。
「逃がさない」
しかし、その少女は、穴が深いにも関わらず、ゆっくりと這い上がって来た。
その足下には、
「氷……?」
氷結した大地の上に少女は立っていた。
氷魔法……? そんなの七属性にないぞ……?
しかし、僕に考えてる余裕など与えてはくれない。その少女は猛スピードで眼前まで押し寄せる。
-岩魔法・ブレイク-
しかし、
「なんっ……!」
岩の防御壁はボロボロに砕かれてしまった。
「私の氷、岩より硬い」
そう言うと、また大振りの構えを取った。
風魔法で逃げても追われるだけ……。炎魔法で防いでも大剣まで破壊は出来ない……。水魔法の遠距離攻撃はこの間合いの速さじゃ意味がない……。岩魔法は砕かれる……。
それに何より、今、僕の武器は腕の盾しかない……。
「ヤマト! 雷魔法です!!」
地下からアゲルが声を上げる。
雷魔法……雷撃で気絶させるってことか……? どんな魔法か分からないのに……。
そして、少女は眼前に迫る。
いや、迷ってる場合じゃない……! やるしかない……!
-雷魔法・サンランド-
僕の手から黄色い雷光が放たれる。
やはり攻撃魔法……この子、大丈夫か……!?
しかし、その雷光は少女を包むだけだった。
「あれ……? ダメージ喰らってない……?」
「卑怯ですね」
卑怯……? どう言うことだ……?
「まさか、雷の拘束魔法が使えるとは」
拘束魔法……!? 雷魔法は激しい火力が欲しかったが……。まあこの状況じゃ九死に一生を得たか……。
「で、なんで僕を襲ったの? 初めましてだよね?」
「それが望み。叶えるだけ」
そう言うと、大剣を静かに背中に戻した。
やはり大剣そのものは武器、その周囲に氷魔法を張り巡らせて強固にさせていたんだ。
無表情で、クールで寡黙な女の子だった。
「逃亡者がいたぞー!!」
そこに、何人もの兵士たちが駆け付けてきた。
「や、ヤバい……! 僕は逃げるけど、君、もう僕のこと襲ってこないでよ! 人違いだから!!」
そう言い残し、僕は姿を眩ませることに成功した。
「ハァ……。あと五日……どうすればいいんだ……」
アゲルは捕まったまま。
派手に動いても、もしかしたらまたあの少女に狙われるかも知れない。それに、逃亡者として兵士たちには僕の情報は漏れているらしく、もう表の道はほとんど歩けない……。
「お困りのご様子ですね……」
路地裏に密かに座っていたのは、根暗そうな不気味な雰囲気を醸し出す男性だった。
「えっと……貴方は……?」
「僕はブルーノと言います。一応、物書きでして……。へへ……結構、僕の作品、人気なんですよ」
なりたくない大人ランキング上位に上がりそうな人だけど、こんな裏路地裏にいる物書きさんなら大丈夫そうだ。
しのごの言っている暇はない――――。
僕は、ゴクリと息を飲み込んだ。
「どうか……ご飯を恵んでください!!」
綺麗な九十度のお辞儀だ。……まさか、こんな場面でこの技を使うことになるとは……。
「ぜ、全然いいですけど……」
ブルーノさんは、さっきまで不穏そうな雰囲気を醸し出していたのに、困った顔を浮かべていた。
「ここの屋敷に住んでるんです。どうぞ上がってください」
その屋敷は、どう見ても周りの屋敷とは一味違う、大きな役人のような家だった。
「あら? ブルーノさん、帰宅されました?」
中から出て来たのは、煌びやかな和装を着た、僕より少し年上くらいの女性だった。
「あら! お客さんじゃないですか! 先に仰ってくださいよ!」
「あ、初めまして……。旅人のヤマトと言います……」
威厳のある佇まいに圧倒され、仰々しく頭をペコペコと下げた。
「彼女はクイナ。この国の三大名家の一人娘さんだ」
やっぱり偉い人だった……。
「持ち上げないでください! ブルーノさんも、この国では有名な物書きさんなのです。三大名家とは言いますが、そのどこにでも雇われてるベテラン冒険者さんでもあるんですよ」
「す、すごい人なんですね……」
「いやぁ……まぁ……」
そう言うと、ニヤニヤと笑い出した。
「なーんか騒がしいね」
すると、また中から一人、オレンジの髪をした白衣の男の人が現れた。
「あ、ヤマトさん! こちらは私の専属医師のヴェンドさんです!」
「どーも! お医者さんでーす」
ちょっと雰囲気がカズハさんに似ている人だった。
そして、僕はそのまま夕食を頂くことになった。
「え!? 氷の剣士に襲われた!?」
「はい……いきなり……。顔も知らないのに……」
三人は徐に俯いた。
やっぱり、何か問題のある子なんだ……。
「彼女はこの国では三大名家よりも有名でしょう。氷の剣士、剣豪ホクト。雷の神に仕えている訳ではないのですが、思想が同じで手を組んでるとか……」
思想が同じで手を組んでる……。
嫌な予感が頭を過ぎる。
「その、雷の神の思想ってなんなんですか……?」
クイナさんは少し俯いた後、僕を見遣る。
「勝者こそが正義だと、私たち三大名家を競わせ、神に一番恩恵をもたらせた者を一番の名家にすると……」
正義の国……段々と見えて来たような気がする。
取り締まりの厳しい兵士たち。三大名家の存在。そして、雷の神の強い思想――――。
この正義の国は、少しでも多くの犯罪者を見つけ、神に証を見せる為に躍起になっているんだ。
「きっとあなた方を捕らえたのは、この国で一番躍起となっている海洋隊でしょう。頭に藁の傘を被ってませんでしたか?」
「藁の傘……全員被ってました!!」
「やはり……海洋隊の兵士さんたちも、みんな報酬欲しさに躍起になって取り締まっているのです」
この困った表情を見るに、きっとクイナさんのこの家は乗り気ではないのだろう。
「取り敢えず、ヤマトくんはその海洋隊に捕まった仲間を救出に行くんだろ? 手伝うよ」
そう言ったのは、医師のヴェンドさんだった。
「俺は岩魔法の使い手でな、変身することができる」
「へ、変身!? 凄いですね!」
「フハハ、そうだろ! 明日見せてやるよ!」
そうして、僕はこのまま、この家、雷鳴隊本部にしてクイナさんの家に寝かせてもらえることになった。
*
「ロズ」
コトン、と小さな足音がする。
「ホクトか、何の用だ」
「異郷者を見つけた。正義の国に来た」
ロズと呼ばれた大柄の男はホクトを睨む。
「ならば……殺せ……」
ホクトは背を向ける。
「私に命令するな。殺しはする」
そして、ホクトは去って行った。
「いいのですか!? ロズ様!! 神に対してあの様な不遜な態度!!」
「まあ良い……。彼女は機械みたいなモノだ。それより、海洋隊には期待しているぞ……?」
「も、もちろんです!! 海洋隊、ルビーの名に置いて、必ずやその異郷者を再び捕えてみせます!」
そして、青髪の女性は去って行った。
「異郷者……遂に来たか……待っていた……」
雷の神 ロズ。
正義の国で三大名家を競わせ、絶対正義を重んじる男。
そして、ヤマトの命を狙う者――――。
この世界で繁栄している七国には、それぞれを統治する七人の神がおり、特別な力を宿す。
世界を治めるのは世界の唯一神。七国の神と契約し、神々に力をもたらした人物。
ヤマト(主人公):風・炎・水・岩・雷・神威/光剣・グローブ
アゲル(大天使ミカエル):光
カナン:炎+爆破/弓
セーカ:雷/拳+炎
アズマ:水/治癒+岩
〇正義の国
三大名家を筆頭に、少しでも禁を犯す者を取り締まらせ、犯罪者をより多く捕まえるように示唆している。
三大名家は争うように犯罪者探しに躍起になり、次第に協力関係ではなく敵対関係を持つようになった。
ロズ(雷の神)
ホクト(氷の剣士):氷/大剣
◆海洋隊
ルビー:海洋隊 隊長
◇雷鳴隊
クイナ:雷鳴隊の屋敷に住む跡取り娘
ヴェンド:クイナの専属医師
ブルーノ:物書き




