④ 上水路を配備するには
工事を開始してから、数日は宿と工事現場を往復するだけの日々が続き、仕事の後はくたくたに疲れて、夕食後は部屋で寝てと、まるで日雇い労働者のような生活だったが、身体が慣れてからは、自分の時間が取れるようになって、散策する余裕も出来てこの街の様子がわかってきた。
今現在工事している現場は都市の東側にあたり、川は北から南側に向かって流れている。
川向こうの左側は森林が連なり、右側には湿地帯が拡がって葦が一面生えている。
都市の南側には広大な平野があり、柵で囲った畑と牧草地が見える。
牧草地には沢山の野性の牛や、山羊のような動物が飼われていて、畑とは柵で区切られている。
都市の西側には山と切り立った高い崖があって、そこの岩肌から層になった花崗岩が露出して取り出しやすい為に、石材として多く使用されている事や、石切場が城壁の替わりとしての役割を果している。
石造りの家が多いので、採石場が近くにあるのは容易に想像出来たが、作業員に尋ねてみると『鉄などを扱う鍛冶場は北の城壁に近い場所にあり、木材を扱う材木商もその近くにあるよ。』と教えてくれた。
都市北側の城壁の外には森林が見渡す限り拡がっていて、此処から材木を伐採している。
今後工事が進むに従って、色々な場面でそれらの材料が必要になるので、様々な資材を加工する商店の所在を把握していれば、資材手配するのに便利だと思い、昼休みに暇を見つけては街中を見て廻った。
此処での暮らしにも少しずつ慣れて、宿で会った人達とも言葉を交わすようになり、街の様子や、人々の暮らしについての事などについて理解するのに参考になった。
住民の衣類の多くは鞣し革を使った物が一般的で、布を素材とした衣類は高級品の部類として存在している。エルフの衣類の多くは、シルクのような糸を紡いで織った衣装なので、種族の判別が分かり易い。
洗濯物は洗濯かごに入れて朝に宿の女将さんに預けると、夕食時には洗濯してきれいになって届き、洗濯代行の料金は銅貨2枚で下着上下を洗ってくれるので助かる。
女将さんに料理や洗濯の水はどうしているのか、ふと疑問に思って聞くと、この街には水を汲んで宿まで荷車で運ぶ業者がいて、その業者と定期契約して、必要な水を確保していると教えてくれた。
料金を尋ねたら、1樽で小銀貨1枚というのが相場のようだ。樽の容量はどうやら100リットル程度あり、毎日沢山の水樽を荷車に載せて川から汲んで、街迄運んでいる。
水の運搬車はこの国の兵士に守られていて、その様子を想像したら不謹慎だが、まるで被災地に給水車で水を配給するのと同じようだと思ってしまった。
川から水を引く工事は予想より順調に進み、大きな野獣の襲来もなく、城壁の20m手前迄施工する事が出来た。
川から都市の高低差から、水路の深さは更に深く掘っていかなければ水が到達しないため、掘削の手間が掛かり工事の進捗は少しずつ遅れている。
次は城壁の石積の一部に開口を設け、都市中心部迄の水路を建設して、浄化設備を建設する段階となると、いくつか解決しなければならない問題があった。
1. 都市中心部迄の上水路ルート
2. 都市の各地への給水方法
3. 給水した水の浄化手段
4. 各家庭への水道配管敷設
これらの事柄については、ミーシャと、各行政官を交えて協議していかなければ纏まらない為、後日会合を開いて打合せの場を設ける事とし、それから二日後、迎えが来て神殿がある宮殿の一室に案内された。
会議の参加者は、私、ミーシャ、財政担当で人間のザルツ、行政官補佐でエルフのサーシャ、衛生管理官でエルフのターシャ、それと資材調達官で獸人のガルーダの6人で、今後の資材調達と資材加工の手順の説明、資材搬送方法、住民への通達方法、水質管理、工事費の概算要求を含めた予算承認などについて議論する事になった。
1 まずの中心部迄の上水路をどのようなルートで工事するか?、最短ルートが望ましいが、既存の建物を避けて通すならば、中心部から放射状に延びた道路に沿って地中に上水路を設け、汚水や雨水が混入しないよう対策する必要がある。『此処では石材で水路を囲む施工方法が用いられているが、接合部からの漏水が無いよう石材の接合部を平滑に研磨して組み立て時に隙間が無いように加工したら、それらの石材を石切場から運び出す人員の手配などをガルーダ氏にお願いしたい』と告げると、渋い顔をされた。
『石切場から運ぶのは出来るが、滑らかに石材加工するための道具はない』とガルーダ氏に反論され、
『それなら替わりに粘土が有れば接合部の隙間を埋め、加熱して固めると漏水しなくなる。』と返答すると、ようやく納得してくれた。
用水路を通すルートについては道路に沿って宮殿迄引くことで全員一致し、『道路沿いの住人への工事周知はミーシャとサーシャにお願いする。』と伝えて了承された。
2. 都市の各地への給水方法について、他の参加メンバーの要望としては都市の各所に水汲み場を設けるという案が最も多く、現状と比べ格段に安全に水の入手が簡単になって良いとの事だった。
もっとも新たな水汲み場は、雨水や汚水で汚染されないよう周囲を囲む石段と、屋根付きの小屋の中に設ける事で決着した。
3. 給水した水の浄化手段についてだが、
飲料水と料理に使う水については簡易式の浄水器を各家庭に置くか?、それとも各水汲み場に浄水器を設置するか?で意見が別れた。ターシャは各家庭に浄水器を設置するのが望ましいと主張したが、他のメンバーは浄水器の設置費と、維持管理する手間と管理費が増えてしまうとの観点から、当面は水汲み場のみの設置とすることで決着した。浄水器は私が作業員に指導して整備することになった。
4. 各家庭への水道配管敷設 については見送りになった。理由としては、今回の依頼内容にはそこまで含まれないことからと費用の面で、次回の機会に検討することになった。
会議を済ませて宿に帰ろうとしたら、ミーシャとサーシャに呼び止められた。
『先程の住民への工事説明と周知方法ですが、何か良い方法とかあればお訊きしたいのですが?』と聞かれたので、『私の経験談で良ければお話しします。』と答えたので、二人は安心したような態度で、更にその方法について尋ねてきた。
そこで『工事前、付近の住民に工事概要と工事期間、緊急時の連絡先や、通行止めがある場合の迂回路の地図などを記載したビラや掲示板などを配布し、事前に周辺住民の理解を得られるよう訪問して説明しては?』と答えた。
更に、『この工事をする事で、街の住民が安全に安価に水を手に入れることは、住民にとってメリットがあると伝えたら受け入れられると思います。』と言うと、二人は納得した様子であった。