③ 仕事始め
昨日は早く就寝したからか、窓から射し込む朝日が眩しくて朝早くから目覚めてしまった。
歳と共に、早起きするようになったと改めて実感する。
最近は朝6時前後に目が覚めてしまい、トイレに行く頻度が増え、頻尿傾向で困って泌尿器科で診てもらったが、医者の診断によると加齢で膀胱筋が衰えているせいで、頻尿を改善するには下半身の筋肉を鍛えないといけないようだ。
情けないけど、夜中に何度も一階の離れのトイレに行くのは面倒で、尿瓶のような容器があればとつくづく思った。
そんな事を考えながらベッドから起き、身仕度してトイレを済ませてから食堂に向かうことにした。
今朝の朝食は、硬いパンのような物と、牛乳のような乳飲料、それにベーコンのような肉だった。
宿屋の奥さんに内訳を聞いたら、麦によく似た穀物のパンと山羊の乳、野獣の塩漬け肉だと告げられた。硬いパンを乳に浸して柔らかくして、肉をよく焼いてもらって食べてみたら、少し臭みはあるが案外イケる味だと思う。
よくみると宿の裏庭には家畜小屋があって、山羊のような動物が数頭、顔を出していて、どうやらこれが先程の乳の正体のようだ。
朝食を終え、宿の前で待っていると、ミーシャが迎えに来たので合流して作業現場に向かった。
壁の門前には数十人の獸人が集まっていて、その内の数人は槍や剣などの武器を持っている。どうやら護衛の獸人のようだ。荷車には石材が積まれ、出発を持っている状況であった。
出発する前に、川の位置と都市迄の距離、川から都市周辺の高低差が判る地図が無いと、作業計画が立てられないので、資料が在れば準備してもらえないかミーシャに尋ねてみたが、簡易な地図しかないとのこと。
仕方ないので、今日の作業は川から水路を通す位置を決めるための測量図を作成する事にして、距離を測るロープと真っ直ぐな棒を幾つか手配して、印しを付ける染料を持って来てもらってから作業する事にした。
準備出来る迄の間、城壁の上から川を見渡して見た限り、あまり高低差はなく、川まで100メートル程と意外に近い事に気付いた。
そこで城壁迄の水路を掘って、壁の一部を加工して都市内部に水を引き込む事にした。
先ず準備した棒に1メートルの長さと、2メートルの長さの位置に印しを付ける。同じように、何本かの棒に印しを付けて、メジャーの替わりにして作業員に配る。次にロープも同様に1メートル毎に印しを付けていく。
水路幅と深さは、先ほど作業員に配った棒を目安にして掘り進むよう、作業する獸人達に指導した。そうこうしているうちに昼食時になり、一旦全員解散して昼食後また此処に集合する事にした。
昼食はミーシャの案内で街の露店を巡り、煮物や黒パンを適当に摘まんで済ませた。
食事代はミーシャから当面の生活費として、金貨10枚を支給されたので、無駄遣いしなければ1ヵ月は不自由せずに暮らす事が出来るそうだ。
貨幣の単位だか、銅貨1枚は100円程度で、小銀貨1枚は銅貨10枚に相当し、大銀貨は小銀貨10枚で約1万円相当になり、金貨一枚は大銀貨10枚に相当する事から、金貨10枚なら日本円に換算すると約100万円になる。此処では一般的な庶民の月収は金貨1~3枚程度であり、それと比べて金貨10枚は高額だったので、協力隊員はかなり優遇されている事が分かった。
ついでにミーシャの待遇について聞いてみたが、彼女は政府高官の娘で今は秘書官なので、『月に金貨5枚と仕事の業績に応じて追加される』と語った。
今回の仕事が無事成功したら昇進する事から、『どうかこの仕事が無事に成功するよう、貴方に期待していますので宜しくお願いします。』と上目遣いでお願いされてしまった。
美人の彼女からお願いしますと言われたら、断れないなと思ったおっさんであった。
昼食後に先ほど解散した場所に戻ると、作業準備が出来ていたので、作業員と護衛を連れて川まで行き、川縁の一部を幅2メートル、深さ1メートル掘って、取水口を石材で囲み、水路が崩れないようにして、止水板を取付け、其所から城壁迄の水路を日が暮れるまで掘っていった。
水路の幅は2m,深さ2mで川の取水口から都市迄の高低差を考慮して深く掘っている。
作業初日であったが猛獣の姿もなくて、予想を上回り約10メートル程掘り進む事が出来、獸人作業員のパワーに感心したので『この調子ならば城壁迄の水路は最短10日程で出来ると思いますよ』とミーシャに告げるとかなり驚いていた。
水路の保持と漏水対策するのに、此処では簡単に採取可能な大理石で囲う事で対処するが、『石材の加工が必要になるので、資材を加工する手配をしたい』とミーシャに問うと、『資材担当者を後日呼ぶので、その者と協議して進めて欲しい。』と言われた。
次なる問題は城壁内に設けた水路から、都市内部の各所に、飲み水をどのように供給するか、それと下水道の整備についてもこれから思案する事になった。