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砂の城  作者: F
9/60

特別

毎日の日課の検品作業をしていると、倉庫には似合わない、見慣れない人から声をかけられた。


「向井さんですか?」

「はい…」


彼女は、サヤをじっと見るとまた一歩近付いてきた。


「営業事務やってる、麻生美玖です」とペコリとお辞儀する。

サヤも瞬間的に、頭を下げる。

「向井サヤです」


奈緒が言ってたように、透き通るような白い肌のとても可愛い子だ。

キレイに入ったアイラインが、意志の強さを表している。


「何か御用ですか?」

ずっと見つめられたままだと、どうしていいかわからない。


「お会い、したかったんです」

「…どうして?」


麻生さんがやっと目線を外した。

「課長と秀人がかばう人はどんな人かなって」


悟に話を聞いてなければ、全然ピンとこなかった。

なんて答えればいいのか分からず、目線を材料に戻し、作業を再開させた。


「向井さんは、川島先輩と同期なんですよね」

「えぇ」

「この休みに一緒に映画に行った同期って向井さんですか?」


「どうしてそんな事聞くの?」

「川島先輩がすごくうれしそうだったから」

「…そう」

サヤは手を止めずに返事にならない返事を返す。


「他に何か聞きたい事があるの?」


麻生さんは、改めてまっすぐ向き直った。

「秀人は私に譲ってもらえませんか?」


予想していたとはいえ、あまりにストレートで言葉が詰まってしまう。


「私は秀人が好きだから、目で追ってしまうんです。

材料の在庫や入荷する予定は、パソコンで分かるのにわざわざここへ来たり、社内スケジュールで資材課の予定を確認したり、出勤すれば誰かの車を探してる。

それは全部あなたの事ですよね」

作業をしていたサヤの手が止まる。


「それでも、私は秀人が好きなんです。誰よりも」

「麻生さん…」


サヤが口を開こうとした時、彼女越しに秀人が入ってくるのが見えた。


「麻生!お前課長が探してるぞ。今日の会議の資料が揃ってないって」


秀人とサヤを交互に見た後、サヤに向かって頭を下げた。


秀人の腕を掴んで、言う。

「資料作り手伝って」

「お前、まだ出来てなかったのか」


秀人は、サヤに目配せし麻生さんを促す。

2人で小走りで戻っていく後ろ姿を見ると、お似合いだと思ってしまうサヤが居た。




遠くでゴロゴロと不穏な音が響く。


入荷材料が多くて検品作業が終わらず、まだ倉庫内に入り切らない材料が外に出ている。

濡れたら材料がダメになるのを知っているので、みんなで必死にビニールを被せ、リフト運搬を待つ。

そのうち、暗くなったと思ったら大粒の雨が降ってきた。


なんとか作業を終えたが、簡易的なカッパでは間に合わず、サヤの髪からポタポタと雫が落ちた。

バケツの水をひっくり返した様な雨に、近くの現場事務所でさえ霞んでみえる。


屋根のない所を通るので、事務所に戻るにはもう少し止むまで待つしかない

倉庫出入り口付近で同僚と顔を見合わせ、苦笑し、ただ行く末を見守った。


現場事務所に戻ると、ロッカーに保管してある大判タオルを出し、すぐに髪を乾かす。

そのまま机に戻ると、ふと缶コーヒーが置かれているのに気付いた。


温かくて、冷え切った体にはすごく嬉しい。

早速、手を温めながら周りを見てみるが、思い当たる人はそこには居ない。

気付くと、缶コーヒーに三日月のマークが描かれていた。

サヤは愛おしそうに、そのマークを撫でた。



雨は、そのままシトシトとザーザーを繰り返し帰宅時間まで残る。


悪寒がしたサヤは、定時で終わらせてもらい帰り支度をすると、置き傘がない事に気付いた。

そういえばこの前使って車に入れっぱなしだった、と思い出し、駐車場まで走る覚悟を決めタオルを頭から被った。

意を決して走り出す所に、前から秀人が傘を差しながら走ってきた。 


「サヤさん、車までおくるよ」

「助かる、ちょうど良かった」

「今、麻生に言われてアイツも車まで送った所。

行こう」

秀人と並んで歩きだす。


雨脚が急に強くなり、傘に寄せるよう自然に肩を抱き寄せられた時、急に秀人が止まった。


「サヤさん、ちょっと触らせて」

向かい合ってサヤのおでこに手を当てる。


「サヤさん熱あるよ」

「そんな気はしてた」

「家まで送る。オレの車に移動して」

でも、とサヤは躊躇する。


「秀人仕事忙しいんじゃない?ウチまで往復したら、1時間位かかっちゃう」

「そんな事言ってる場合じゃないし。早く、早く」


秀人の車の助手席に座り、濡れた所を拭く。


「秀人は?風邪ひいちゃうよ」

タオルを差し出すと、そのタオルを取ってサヤの頭を拭いた。


「ちゃんと乾かさないから風邪ひくんだよ」

「うん…」


秀人がふふっと笑う。

「なんか、弱ってるサヤさん可愛いなぁ」

「どういう意味?いつもは可愛くないってこと?」


熱からか、頭がボーっとする。


秀人は質問には答えず、「出発するよ」と言った。

車がゆっくり動きだす。


「秀人こそ、こんなにみんなに優しくしてたら大変…」

「1人だけは特別扱いしてるつもりだけど?」

「そう…」


頭が重くなってすごく眠い。


「着いたら起こすから少しでも寝て」

「うん…ありがとう」


声にならない声で、スッと意識が遠くなった。




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