特別
毎日の日課の検品作業をしていると、倉庫には似合わない、見慣れない人から声をかけられた。
「向井さんですか?」
「はい…」
彼女は、サヤをじっと見るとまた一歩近付いてきた。
「営業事務やってる、麻生美玖です」とペコリとお辞儀する。
サヤも瞬間的に、頭を下げる。
「向井サヤです」
奈緒が言ってたように、透き通るような白い肌のとても可愛い子だ。
キレイに入ったアイラインが、意志の強さを表している。
「何か御用ですか?」
ずっと見つめられたままだと、どうしていいかわからない。
「お会い、したかったんです」
「…どうして?」
麻生さんがやっと目線を外した。
「課長と秀人がかばう人はどんな人かなって」
悟に話を聞いてなければ、全然ピンとこなかった。
なんて答えればいいのか分からず、目線を材料に戻し、作業を再開させた。
「向井さんは、川島先輩と同期なんですよね」
「えぇ」
「この休みに一緒に映画に行った同期って向井さんですか?」
「どうしてそんな事聞くの?」
「川島先輩がすごくうれしそうだったから」
「…そう」
サヤは手を止めずに返事にならない返事を返す。
「他に何か聞きたい事があるの?」
麻生さんは、改めてまっすぐ向き直った。
「秀人は私に譲ってもらえませんか?」
予想していたとはいえ、あまりにストレートで言葉が詰まってしまう。
「私は秀人が好きだから、目で追ってしまうんです。
材料の在庫や入荷する予定は、パソコンで分かるのにわざわざここへ来たり、社内スケジュールで資材課の予定を確認したり、出勤すれば誰かの車を探してる。
それは全部あなたの事ですよね」
作業をしていたサヤの手が止まる。
「それでも、私は秀人が好きなんです。誰よりも」
「麻生さん…」
サヤが口を開こうとした時、彼女越しに秀人が入ってくるのが見えた。
「麻生!お前課長が探してるぞ。今日の会議の資料が揃ってないって」
秀人とサヤを交互に見た後、サヤに向かって頭を下げた。
秀人の腕を掴んで、言う。
「資料作り手伝って」
「お前、まだ出来てなかったのか」
秀人は、サヤに目配せし麻生さんを促す。
2人で小走りで戻っていく後ろ姿を見ると、お似合いだと思ってしまうサヤが居た。
遠くでゴロゴロと不穏な音が響く。
入荷材料が多くて検品作業が終わらず、まだ倉庫内に入り切らない材料が外に出ている。
濡れたら材料がダメになるのを知っているので、みんなで必死にビニールを被せ、リフト運搬を待つ。
そのうち、暗くなったと思ったら大粒の雨が降ってきた。
なんとか作業を終えたが、簡易的なカッパでは間に合わず、サヤの髪からポタポタと雫が落ちた。
バケツの水をひっくり返した様な雨に、近くの現場事務所でさえ霞んでみえる。
屋根のない所を通るので、事務所に戻るにはもう少し止むまで待つしかない
倉庫出入り口付近で同僚と顔を見合わせ、苦笑し、ただ行く末を見守った。
現場事務所に戻ると、ロッカーに保管してある大判タオルを出し、すぐに髪を乾かす。
そのまま机に戻ると、ふと缶コーヒーが置かれているのに気付いた。
温かくて、冷え切った体にはすごく嬉しい。
早速、手を温めながら周りを見てみるが、思い当たる人はそこには居ない。
気付くと、缶コーヒーに三日月のマークが描かれていた。
サヤは愛おしそうに、そのマークを撫でた。
雨は、そのままシトシトとザーザーを繰り返し帰宅時間まで残る。
悪寒がしたサヤは、定時で終わらせてもらい帰り支度をすると、置き傘がない事に気付いた。
そういえばこの前使って車に入れっぱなしだった、と思い出し、駐車場まで走る覚悟を決めタオルを頭から被った。
意を決して走り出す所に、前から秀人が傘を差しながら走ってきた。
「サヤさん、車までおくるよ」
「助かる、ちょうど良かった」
「今、麻生に言われてアイツも車まで送った所。
行こう」
秀人と並んで歩きだす。
雨脚が急に強くなり、傘に寄せるよう自然に肩を抱き寄せられた時、急に秀人が止まった。
「サヤさん、ちょっと触らせて」
向かい合ってサヤのおでこに手を当てる。
「サヤさん熱あるよ」
「そんな気はしてた」
「家まで送る。オレの車に移動して」
でも、とサヤは躊躇する。
「秀人仕事忙しいんじゃない?ウチまで往復したら、1時間位かかっちゃう」
「そんな事言ってる場合じゃないし。早く、早く」
秀人の車の助手席に座り、濡れた所を拭く。
「秀人は?風邪ひいちゃうよ」
タオルを差し出すと、そのタオルを取ってサヤの頭を拭いた。
「ちゃんと乾かさないから風邪ひくんだよ」
「うん…」
秀人がふふっと笑う。
「なんか、弱ってるサヤさん可愛いなぁ」
「どういう意味?いつもは可愛くないってこと?」
熱からか、頭がボーっとする。
秀人は質問には答えず、「出発するよ」と言った。
車がゆっくり動きだす。
「秀人こそ、こんなにみんなに優しくしてたら大変…」
「1人だけは特別扱いしてるつもりだけど?」
「そう…」
頭が重くなってすごく眠い。
「着いたら起こすから少しでも寝て」
「うん…ありがとう」
声にならない声で、スッと意識が遠くなった。