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砂の城  作者: F
8/60

考え方

「いや、韓国映画も面白いな」

人波に押されながら、悟は感心したように言う。


「見たかった映画なんじゃないの?」

「見たかったさ。でもこれ程だとは思ってなかった」

「ふぅん」


ポップコーンの空き箱を捨てると、悟は「ちょっと待っていて」と売店へ向かった。

どうやら、パンフレットを買ってるみたいだ。


映画館が苦手だと聞いていたから心配してたけど、

悟なりに楽しんだみたい。

サヤも好きな俳優の映画を、初日に見れて嬉しかった。


「サヤ、メシ食って帰ろうぜ」

「うん」

ちょうどお腹も空いている。


「何が食べたい?」

「前にみんなで行った、餃子が美味しい中華屋さんどう?」


あそこなら、お酒も飲めるし、食事の量も多い。


「お前、オレに合わせてない?」

「別にそんな事ないけど」

そういえば、何気に悟と2人きりで出掛けるのは初めてかもしれない。


映画館から、少し歩いて場所を移動する。

ちょうど夕食の時間帯だったから、店内は混雑していた。


「サヤお酒どうする?」

今日は2人とも電車なので、気兼ねなく飲める。


「じゃ、一杯だけ頼もうかな」

「オレはいつも通り飲んじゃうから、食べ物はお前に任せる」

「分かったよ」

悟とはもう何度も食事をしているから、好みは分かっている。

サヤは、悟も好きそうなやつを選んで注文した。


会話の中身は、ほぼ同期の事と、会社の身近な人の話になる。


「同期会、今回珍しくみんなの予定が揃わなくてさ」

すでに、2杯目のビールを飲んでいる悟は続ける。


「年末前の来月になりそうなんだ」


社員旅行が9月だった事を思うと、確かに遅いかもしれない。

いつもなら、話が出て1ヶ月以内には集まっている。


「それに、信吾が転職を考えてるらしくてさ」

「えっ、なんで?」

「あいつ、地元が遠いだろ。家は弟が継いでくれる事になったからこっちに就職したんだけど、事情が変わったらしいな」


同期5人のうち、男性は2人だから、悟も寂しくなると思う。


「悟はいつ聞いたのよ」

「先月末くらいかな」

まだまだ同期の5人の仲は続くと思っていたから、サヤもショックを隠せない。


「まぁ、もし辞めてもさ、同期会だけは声かけようぜ」

「うん」


「そういえば、サヤ、お前伊藤主任と最近、絡んでないか?」

「絡まれたって言えば絡まれたね」

「やっぱりな」


「何かウワサが耳に入った?」

「あの人、オレ達の隣の管理課にいるんだけどさ、管理課とお前のとこの課長の資材課で近くにまとまってるだろ」


資材課は現場事務所で働く人と、発注に携わる管理課側で働く人と2箇所に作業場が別れている。

それだけ材料の発注業務と深くかかわるからだ。


「伊藤主任が、サヤを辞めさせろと資材課長に突っかかっててさ。変な趣味を持ってるとかなんとか言って、管理課としてそんな人に材料管理は任せられないって」


この前の事をよっぽど根にもってるらしい。

課長に余計な迷惑かけてしまったな、と思う。


「お前の課長は、もちろんお前を擁護してるんだけど、伊藤主任がなかなか引き下がらなくてさ」

そんな感じがする。


「だんだん、周りも気付いてザワザワしだしたら、ウチの課長と秀人がサヤには世話になってる、と。勝手な判断で優秀な人材を辞めさせるなと一喝してくれてさ。

話を聞きつけた、奈緒を始めとする経理課の女の子達が、この前の社員旅行の一件で、迷惑かけたのは伊藤主任の方じゃないか、

言うような趣味があるなんて聞いた事ないし、第一先に調教したいと言ったのは伊藤主任の方だ、

サヤはそれを逆手にとっただけだから、公私混同するな、とまぁサヤ本人が居ない所で騒ぎになってた」

「…全然知らなかった」


「サヤに気を使わせない為に、この事は内緒にしておこうと奈緒や秀人と話したからな、もう時間経ったからオレが言っちゃったけど」

「ありがとう。伊藤主任の事はなんとも思ってないから大丈夫」


「まぁ、オレが言いたいのは、みんなサヤの味方だったって事だ。伊藤主任の話は誰も信じてなかったし。特に今回の事で、サヤを知らない人にもサヤの事を知ってもらえたかもな」

「そっか…」


自分の知らない所でとはいえ、周りに迷惑かけた事が申し訳なく、心が痛む。


「サヤ、大丈夫か?」

「ごめん、大丈夫だよ」

サヤは、悟に心配かけまいと、話題を変えた。


最近あった面白いことを話してるのに、頭の中は冷静で、まるで自分が腹話術師の人形になったみたいだった。

ただ言わされている、そんな感じで。


心の奥底では、不安が渦巻いている。

秀人ならなんて言っただろう。

会って「大丈夫だよ」って言ってもらえたなら、この暗黒はキレイに一掃されるのに。




家まで送ろうか?と悟が言ってくれたが、駅から15分で着くんだから、とやんわり断った。

最寄り駅で先に降りるサヤに、悟はさっき買ったパンフレットをくれた。


改札から出て、自宅方向へ歩く。

今日の月は、半分位欠けている。


電話が鳴った。

おそらく、駅に着いた悟が心配してかけてきてるんだろう。


画面もあまり確認せず、電話に出る。

「もしもし」

「サヤさん?」

「えっ、秀人?」


画面を再確認する。秀人だ。


「オレからの電話って分かってとったんじゃないの?」

「いや、さっき別れた悟からだと思い込んでた」

「同期で会ってたんだ」

「いや違う、違う。私の推しの映画が今日から公開でね、悟も観たいって言うから一緒に行ってきて今帰り」


「歩いてるの?」

「うん」

「迎え行こうか?」

「秀人が車に乗り込むまでに、家に着く自信ある」

「じゃ、防犯対策で家に着くまで話してていい?」


お互い話をし出せば、家に着く間だけで終わるはずもなく、サヤは庭の縁側に腰掛けた。


顔は見えないけれど、秀人の声が落ち着かせてくれる。


「サヤさん、さすがにもう家着いたよね」

「庭の縁側で話してるよ」

「今日の月はまん丸じゃないけど、この月もいいね」

「そうだね」


サヤは言わなければいけないとずっと思っていた事を口にだした。

「伊藤主任の事、ありがとう。坂本課長にも迷惑かけちゃたよね」

「聞いたんだ」

「さっき悟からね」


「サヤさんは、まったく悪くないんだから堂々としてればいいんだよ。オレに対してもその他の人に対しても悪く思う必要ない。

これがもし奈緒さんだったらサヤさんどう言ってた?」


「奈緒は被害者なんだから、何も悪くないよって言ってたかな」


「おんなじ事だよ。奈緒さんには言ってあげれるのに、自分には言ってあげられないのはおかしいよ」


秀人には負けてしまう。

自分の凝り固まった感情が流れ出した気がした。


「ありがとう、秀人」

サヤはもう一度月を見上げた。



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